side フェン・リージュン ~食事~
【リーゼア大陸 首都ゼアル】
今までに感動したことがある?と聞かれたら昔は答えることはできなかっただろう。
あの灰色の世界ではなにもかもが苦痛で食べ物なんて味のあるものといえば腐った物でしかなかった。
だからだろうか、この世界に来て何もかもが生まれ変わったかのように輝いて見えるのは。
肌を撫でるように吹き抜ける優しい風や、楽しげな笑い声を耳にするとそれだけで心が弾んでしまう。
夢にまで望んでいた光景、きっとこれは神様がくれたご褒美と思っていいんだよね。
「ちょっと待てよ! アインの方が量が多いじゃねぇか!!」
「なぁに言ってんだ! 同じだ同じ!! 文句言うんだったら飯抜きだぞ!」
「カインは日頃の行いが悪いからね、いっただきまぁす!」
「あっ! ずるいぞ! アイン!」
「すまねぇな、五月蠅くてよ」
アルテアの勇者である黒人のマーキスさんは苦笑いを浮かべテーブルの上に料理を運んでいく。
「い、いえ。 賑やかな食事は私も楽しいです」
私の前にことりと置かれたのは、具材がふんだんに入った白いスープと酵母の香りがする柔らかな白いパン。 チラリと視線を左へ移すとケンカしながらも楽しそうに食事をする銀色毛並みの獣人少年。
本当によく似ている姿は双子だからなのだろうか、私にも兄弟のような家族がいたら楽しかったんだろうなと考えてしまう。
「そうか、遠慮しないで食べてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
爽やかな笑顔を向け、マーキスさんは他の方の料理を取りに戻っていく。
すっかりアルテアから来た人達もこの街に溶け込んだようで、見渡しても前に比べて様々な種族がこの場に集まっている。
その中でもマーキスさんが振る舞う食事処は今日も大盛況で、賑やかな笑い声が響いている。
冷めないうちにスープをスプーンですくい上げ、軽く息を吹きかけ熱を冷ますとパクリと口の中へと放り込む。
柔らかな肉のうま味、野菜の深い味わい、それを整えてくれる香辛料の風味、見た目からは想像もつかないような味に次々と手が進んでいく。
美味しい、初めて飲んだスープだけど、しつこくなくてさっぱりしてるのに味がはっきりと伝わる深い味わい。 噛みしめるたびにその魅力に取り憑かれそうになる。
「美味しいだろマーキスの料理は?」
「うん、こんなに美味しいスープは初めて」
「だろぅ! ほらほらこれなんか俺のおすすめだぜ」
隣の、たしかカインと呼ばれていた獣人の少年は徐に私の器にごろっとした肉をのせる。
「あ、ありがとう」
一口その肉の塊を噛めば、ほろほろと口の中で溶け、あっという間に口の中に広がっていく。
「んんん!!!」
そのあまりの感動に思わず手をばたつかせ、この感動を伝えようと試みた。
「そうだろう、そうだろう!」
カインは大きく頷き、得意げに胸を張る。
「何やってんのさカイン、フェンさん嫌だったら断ってね、カイン強引だからさ。 あ、ちなみに僕のお勧めはこの丸いオレンジ色の野菜」
そういってアインと呼ばれていた、カインとそっくりな顔の獣人の少年は私の器にオレンジ色の野菜を乗せる。
「同じ事してるじゃねぇか! アインもお勧めを伝えたかったんだろ? わからないことでもないがあの肉の方が上だね」
「何言ってんのさ、女性に勧めるんだったら野菜だよ! 野菜!」
器に入れられたオレンジ色の野菜を口へと運ぶ、こちらは噛むと中に詰まった野菜のうま味とスープが染み込んでいてホクホクとした食感に思わずほふぅと声を漏らす。
「どう?」
「その、どちらもとても美味しいですよ。 マーキスさんはとても料理上手なんですね」
「引き分けだな」
「仕方ないね」
そう言って二人は椅子に座り直すと再び食事に夢中になっていった。
私も残っている食事を食べ進めていく。
「隣いいかい?」
声を掛けられた方へ振り向けば、食事を手にしている犬のような耳をした獣人の男性。
がっちりとした体型ではあるが話し方は実に丁寧だった。
「はい。 どうぞ」
少し寄って、その男性が座るスペースを作る。
「ありがとう。 フェン様」
「どうして私の名前を?」
「ああ、リーゼアの勇者の名前は広く知れ渡っているよ。 名乗らなくてすまなかったね、私はアルテアの王族群に所属しているホーソンという者です」
深く頭を下げるホーソンさん。
「勇者様に少しご挨拶をと思いましてね。 これからは共に戦う仲間として仲良くしていただきたい」
空になっていたグラスに水が注がれていく。
「あ、ありがとうございます。 フェン・リージュンです。 勇者なんて私が名乗っていいほど強くなんてありませんよ…… それに、私はマーキスさんのように戦えませんから」
噂に聞く勇者という存在は、この世界における英雄のようなもので私には到底たどり着けない境地だ。
人が傷つくのを見るのはとても心が痛くなると同時にあの時の記憶が蘇ってしまうのだ。
万能の力を持つ勇者、たとえ力を持っていても使いこなせなければ意味がないのを知っている。
私にはあまりにも過ぎた力だ。
「フェン様、私達は貴方を守るために戦います。 だからそんな顔をなさらないでください。 ここには頼もしい仲間達がいるのですから」
見渡せば皆が食べる手を止め、大きく頷いている。
「おうよ、俺らがついてるぜぇ! こんな美人を泣かせるわけにはいかねぇ! そうだろみんな!!」
「ああ!! 俺ら連合軍の力がありゃあガルディアなんて一ひねりさぁ!!」
「何のための同盟だ! 俺らアルテアの実力を見せてやろうじゃねぇか!!」
「「「「「おおおぉおおお!!!」」」」
ガヤガヤと盛り上がりを見せるのは皆がアルコールというものを口にしているからだろうか。
ホーソンさんが私へと笑いかける。
「そう、今も頼もしい仲間達がここを拠点に集おうとしているのですから」
勢いよく扉は開かれ、この場所に新たな風が吹き込んでくる。
「へぇ、随分といい匂いがするじゃねぇか」
「お腹…… すいた」
「ミーンはいつも言っている気がするんだが」
入ってきたのは四メートル程の巨人族、至る所に傷があり、背には巨大な二刀を背負う。
強面な顔は周囲を伺う。
もう一人は眠そうな瞳、背の高い布面積の少ない服を着ている褐色のエルフ女性。
その隣にはこれといって特徴の少ないヒューマンの男性。
周囲が口々に声を上げ始める。
「Sランク冒険者がどうしてこんな場所に……」
「ヴァンスター、ミーン、後は…… 誰だ?」
周囲が騒然とする中、状況を飲み込めていない人達に巨人族の男が答える。
「俺達がここにいることが不思議でたまらないって感じだな。 俺達も今回同盟に参加することになったんだよ」
「そう…… ガルディアは禁忌を犯した」
「冒険者組合が管理する街を襲い、さらに管理者であるフォルスを襲った。 明らかな反逆行為、よって、冒険者組合は正式にガルディアを敵対関係とみなしたのだ」
ざわめきは広がっていく。
「あ、思い出したぞあのヒューマン。 いただろ影が薄いSランク冒険者、ジェイキッドだ」
褐色のエルフであるミーンは同情的な瞳でジェイキッドの肩を叩く。
「相変わらずの…… 認知度」
「今回は思い出して貰っただけまだマシだから……」
騒然とする中、彼らが私の姿を目にすると足を止めた。
いったいどうしたのだろうか……




