side カナリア=ファンネル ~半刻時~
月明かりが夜道を照らす。
リーゼア大陸における夜の街並みはガルディアのものとはまるで違う。
明るく照らし出すのがガルディアであるのならばリーゼアはその真逆、街灯は僅かな場所にしかなく、静かに揺らめくその光はまるで眠気を誘うようだ。
元々リーゼア大陸に住むメアン族は夜に活動をしない種族であり、今もその文化が深く根付いているのである。
だからこそ反刻を回った現在、外に出ている人は見られない。
静かな街並みは幻想的でもあり、同時にすごく不安に駆られるのだ。
私のヒールのある靴音だけが嫌に響いているようで不気味さは増していく。
いったいこんな時間にアリアは何の用なのかしら……
トリシアさんに言われた場所である大きな水車はもう目の前だ。
手に持っていた篝火を少し上に掲げれば仄かな光は今も休むことなく動き続ける巨大な水車を映し出す。
それにしても大きな水車……
「カナリア」
「ひゃう!?」
突然暗がりから現れたアリアに思わずはしたない声が出てしまう。
「ゴメン、驚かせた」
「だ、大丈夫よ。 それにしても灯りも持たずに何してるのよ」
アリアの姿は暗がりにいれば溶け込めてしまいそうなフード付きの黒いコートを羽織っている。
だからこそ気づくのに遅れ、声がかけられるまで辺りを見渡してしまっていたのだ。
「できれば人に見つかりたくなくてね」
「何をしようというの? そもそも私を呼んだ理由が聞きたいのだけれど」
「少しカナリアと話がしたくて」
アリアは複雑そうな笑みを浮かべる。
その笑みは何かを誤魔化しているというのが私にはバレバレ。
そんな小さな癖は長く見てればわかること、それくらいアリアも理解してると思うのだけれど。
じと目で見上げているとアリアは観念したのか、ため息を吐き出し話し始める。
「わかったよ。 本当だったらカナリアにはサイレンスの魔法だけ掛けて貰いたかったんだが、納得しないだろ?」
「もちろん」
「このリーゼアの監獄に捕らわれているある人を助けに行きたいんだ」
アリアの目はまっすぐ私を捉える。
この目は嘘をついていない。 ほんと変わらずお人好しなんだから。
「いいわ。 リーゼアの監獄よね、たしか名はゼアルバーチ。 これで脱獄の手助けは二回目ね」
「いいのか? 理由も聞かなくてすぐに決めるなんて」
「私が断ったとしてもアリアは一人で行くつもりだったでしょ? なら、見つからない可能性をあげるためにも私がついて行った方が安心だっていう話よ」
「ありがとう、カナリア」
そう言って差し出されたのはアリアが来ているのと似た黒いコート。
確かにこの薄暗い夜道であればこの黒いコートは姿を大いに隠してくれることだろう。
だが……
「ちょっとサイズが大きすぎない?」
袖を通せば裾に当たる部分は地面につくかつかないかのギリギリであり、腕の部分はぶかぶかだ。
まるで子供がカーテンに巻き付いて遊ぶ姿を昔に見たことがあったが、今の状況はまさにそれ。
「それが一番小さいサイズなんだが」
「……」
無言でアリアを見れば、瞬時に目をそらした。
このっ!! 気にしてるって言ってたのに!!
「くっ、百歩譲ってこの件は不問とするわ。 それで監獄であるゼアルバーチの場所は?」
「あ、ああ。 この水車のある場所からさらに西にある民家に似せた建物だ」
恐らくこういった襲撃を避けるために犯罪者を閉じ込める監獄は擬態させてあるのだと思うんだけど、どうしてアリアがそのことを知っているの?
私が視線を向けるとその意図を理解したのか、アリアは答える。
「少しだけ仲良くなった人がいてね、地図を貰っていたんだ」
アリアが次元収納から取り出したのは、リーゼア王国の印が入った高価そうな地図。
この地図は王族しか所有できないはずだけど……
アリアがネア様に修行をつけて貰っているのはトリシアさんに聞いていたけど、それでもそう簡単に国宝級のこの地図をアリアに手渡すなんてするかしら……
丸くなっている地図を広げれば、この都市の詳しい配置図とどこに何があるのかを記入された文字が見て取れる。
手元の灯りを近づけるとさらにはっきりと見えるようになった。
「ん?」
広げられた地図に長くて黒い髪の毛が落ちている。
この黒髪の持ち主がこの地図の所有者?
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもないわ。 それよりも時間が多くあるわけじゃないし急ぎましょう」
■ ■ ■ ■ ■
やはりいくら夜に活動はしない種族とはいえ、犯罪者等を収監している場所に見張りがいないなんて事はないみたい。
壁から顔を少し出して周囲を伺う。
常に入り口を見張っている者が一人、巡回しながら周囲を警戒する者が一人ね。
あくまでも民家を装いたいんだろうけど、こうも執着しているところを見るとここが監獄の場所で間違いなさそうね。
すでにサイレンスの魔法を掛け、足音や息づかいを消しているためこうも至近距離まで近づけた。
問題なのはどうやって中に入るかよね。
見れば、入り口は強固な扉、恐らく鍵が何重にも掛けられているはず。 なのでこの場合違う場所からの侵入を余儀なくされる。
民家を模しているだけあって外観や作りは周りの建物との大差はないように見える。
ならば構造が似ている窓からならば侵入は可能かしら……
どちらにしても近くで見ないとわからないか。
「アリアは巡回している人を警戒しておいて」
「わかった」
「行くわよ。 スリープ」
扉の前に座っているメアン族の男は私が放った昏睡魔法により、一気に眠りへと落ちていった。
昏睡魔法、本来であれば使い方は眠れない人のために開発された魔法なんだけど、まだ世に知られていないおかげで耐性がついてなかったみたいね。
ドサリと男はいびきをかきながら倒れ込む。
その横を急いで通り過ぎると一目散に窓へと向かった。
思った通り、外観を似せるために一般と同じ窓を使用している。
「ヒートファィア」
手を伸ばし窓の硝子に触れる。
すると瞬く間に硝子は液体へと変わっていった。
「初めて見る魔法だな」
「ええ、これがトリシアさん達が新しく造り上げた地形魔法の一つ。 手から高温の熱を触れた物体に送り込む魔法、普通のファィアは目に見えてわかるけどこれは手から直接触らないと効果を発揮しない。 まぁこういう空き巣みたいな使い方をされてしまうと今後対処しなくちゃならないんだけどね」
「完全に泥棒と同じ事をしているからな」
「まぁ今はいいのよ。 ほら、鍵が開いたわ」
手を伸ばし中にあった鍵をひねれば窓を簡単に開けられる事ができた。
中を見渡せば、普通の民家となんら変わりはない。
ゆっくりと物音を立てずに中へ入ると、案の定外観だけの家であった。
家具はほとんどと言っていいほどなく、あるのは部屋を照らす照明と地下への階段。
風が地下から吹いていることからどこかに繋がっているのかもね。
「私が先行して歩くからアリアは後ろを警戒していて、なるべく見つからない方がいいでしょ?」
「ああ、それで頼む」
アリアは次元収納から剣をを取り出し、私の背後へと廻る。
ゆっくりと鋼鉄の階段を降りていくと、中に収監されている囚人達は既に就寝中のようで寝息といびきだけが響き渡る。
地下の監獄は階段を降りれば広くなっていて、そこかしこに鋼鉄製の牢屋が並んでいる。
どうやら入り口から近いこの場所には看守はいないみたいね。
辺りを見渡し、ゆっくりと先へと進む。
ここの監獄はガルディアの監獄とはやはり違うようでどの牢屋の扉にもマジックアイテムだと思われる錠前がしっかりとつけられており、剥がす事や壊すことは困難に見える。
見た目は他の錠前も同じね…………
鍵を差し込む鍵穴は見当たらない、つまりこれは鍵を使用しないもの、外すためには……
「おそらくだが、制御室があるんじゃないのか?」
「そうね、これだけの数を管理するのも一人の力だけでは不可能。 管理している場所を見つけないと」




