偶然
テーブルの上に置いてあるティーポッドを手に取りカップへと注ぐ。
ほのかに香り立つ紅茶の湯気がまだ温かいことの証明となる。
手に取り口をつければ疲れが吹き飛ぶような優しい味わいとすっきりとした飲み口に思わず息を漏らす。
そして十分に口内を潤わせた時後ろから声がかかった。
「アリア、今日はどうするんだ?」
声をかけてきたのは黒い眼鏡をかけたスーツ姿のトリシアさんだ。
左手には会議で使われた資料を持ち、右手にはハーバーさんから受け取ったと思われる魔石のような魔道具を手にしている。
「今日もこれからネア様に修行をつけてもらう予定です」
「そうか、頑張っているみたいだな。 本来であれば私が修行をみてあげてもよかったんだが、生憎忙しくてな」
新部隊の設立にリーゼアの情勢にまで深く携わっているトリシアさんは、相変わらずの多忙で時間が思うようにとれないと聞く。
ガルディアにいた当時もこうして資料と書類の山に囲まれているところを目にしていたが、その頃よりも生気が満ちあふれているようにも感じた。
血色がいいというか、なんだろうか。 ああ、そうだ、目の隈があまりないからか。
「気にしないでください。 トリシアさんも随分ここで活躍しているみたいで」
「ああ、今は皆の為にも早く準備を進めていかなくてはいけないからな」
大陸戦争が行われるまでもはや残されている時間は限りなく少ない。
それぞれが自分の役割を全うしているのだ。
かくいう私もネア様に修行をつけてもらっている最中であるし、来たるべき決戦に向け準備は滞りなく進んでいっているようにも窺えた。
「今日もこれから新部隊トレイターの地形変化訓練だ。 新しい部下達も気合いが入っているからな、教え甲斐があるよ」
たしかトリシアさん達の部隊は選抜で選ばれたんだっけか。
地形変化の隊は魔力適正に秀でた者を集めているらしい。 地形まで変えてしまうその魔法の技術は今までとは考えられないことだろう。
今までの魔法というものはある程度の決まりが存在していた。
例えばファイアーという魔法。
これは込める魔力によって手元に作り出される炎の大きさを変化させる。 いままではそれが当たり前であり、そういうものだと認識されていた。
だが、今回の地形魔法というものに変える場合、炎であってもそれは普通の炎ではなく、地形を利用し、ある一部分の地面が急に発火したりということに繋がるらしい。
かつてガルディアンナイトの部隊が得意とした複合魔法、どうやら原理はあの魔法に近いらしく、今ではトリシアさんが改良を重ね、様々な組み合わせを作り出していると聞いている。
「そういえば今日の会議にはカナリアは来ていなかったんですね、てっきり一緒に来るものだと思っていました」
その新部隊のもう一つ、カナリアが監修している回復魔法に特化した部隊。
その説明は専門であるカナリアが発言すると思っていた。
「ああ、急な用が入ってしまってね。 なんだ、何か用事があったのか?」
「いえ、忙しいとも思うのでまた今度にしますよ」
「カナリアは夜には戻ってくる。 なんなら要件を伝えておくが」
夜か…… なら今日行動を起こすのが都合がいいかもな。
「では、今夜半刻に水車の場所で待っていると伝えてください」
「ふむ、告白か?」
真顔で顎に手を当てトリシアさんは訪ねる。
思わずその目元だけが微かに笑っている笑みに思わずため息を吐いて答える。
「違いますよ。 からかわないでください」
「私は二人の恋路ならば応援してもいいと思っているんだがな。 まぁ冗談だよ。 伝えておくよ」
「ええ、お願いします。 それではまた」
「ああ、おっとそうだ。 あの子たちもここに来ているらしいからうまくやりなよ」
トリシアさんには珍しくぼかした言い方をする。 あの子たち?
トリシアさんはひらひらと手を振るとそのまま部屋を出て行った。
「アリア、話は終わったかの?」
「おわ!?」
下からかけられる声に思わず後ずさりをしてしまう。
「なんじゃ、奇妙な声をだしよって」
不機嫌そうな瞳で私を見るネア様。 だが、私にもいいわけをさせてほしい。
修行中いつもネア様が声をかける際は気配を消していることを自分で言っていたじゃないかと。
そりゃ突然足の間からひょっこり顔を除かせれば誰でも驚くというもの。
「え、ええ終わりましたよ。 今日もあの部屋で修行ですよね」
「うむ。 今日はいつもとは趣向を変えて見る故、先に行って待っててほしいのじゃ」
「わかりました」
日に日にエスカレートしていく修行内容に思わず顔を青ざめさせる。
果たして今日は何が来るのだろうか……
思い出したくもないこれまでのことを頭から振り払い、大層ご満悦気味のネア様を見ていると吐き気を催しそうだ。
「楽しみにしているのじゃ」
「……」
不安しかないのだが。 早々に気分が落ち込み、心なしか体が重くなる気もする。
いつだったか、今日はすごく気分がいいのじゃといったときなんかは本当に死ぬかと思ったほど。
心停止を三回繰り返したときはもはや記憶が飛び飛びになるほどだ。
鼻歌を歌いながら去って行くネア様の後ろ姿を眺め、涙が零れそうだった。
私も飲み終わったカップを置き、部屋を後にすることにした。
廊下に出れば先ほどの関係者と思われる人たちが廊下でも何人か話しをしており、それなりに混雑している。
修行部屋と呼ばれている場所はゼアル騎士団本部にあり、この建物の一階に当たるポータルという転移魔道具に乗り、ゼアル騎士団本部へと飛ぶというもの。 さすが魔道具の最先端な場所だけあり、転移魔道具も普及しているようだ。 転移魔道具は魔道具自体に魔法がすでに施してあり、魔力を持たない私でも転移ができる優れものなのだ。
人混みを縫うように進み、一階へと続く階段を降りる。
このまま降りて左へまっすぐ行けばポータルのある部屋までたどり着くのだが、そこにたどり着く前に懐かしい人物を目にしてその足を止めた。
茶髪の長い髪、リーゼアには見かけないヒューマンという種族、あのときよりも大分大人っぽくなった懐かしい顔立ち。
間違いない。
「パトラ!」
振り返った彼女は間違いなく一年半も前にあの場所で散り散りとなってしまった仲間。
私に気づくとパトラは目に涙を浮かべ走り寄る。
「た、たいちょ~!!!」
懐かしいその呼び名に思わずこちらも目頭が熱くなる。
走り寄ったパトラは周囲の目を気にしないで私に抱きついてくる。
周囲が唖然とした姿を私に向ける中、パトラは私の胸元に顔を埋め泣きじゃくる。
「よがったぁ!! い、いきて…… うぅう…… うわぁあああ!!」
「ぱ、パトラ! 落ち着いて」
「もう…… 会えないのかと…… ひっく」
周囲が白い目で私を見ている。 駄目だ、ここではあまりにも目立ちすぎる。
「とりあえず、落ち着ける場所で話そう」




