同盟
【半年後 リーゼア大陸 首都ゼアル王宮会議室】
「ではこれより、軍事同盟会談を執り行います」
そう口火を切ったのは銀髪の背の高いメアン族の男性、ネア=ショック=リーゼア様の秘書であるマクミラン。
あれから半年の月日が流れ、本日ようやくアルテアの正式な軍事同盟入りが執り行われることとなったのだ。
見渡せば大きな円卓を囲む様に様々な人がここに参加している。 手元には用意された人数分あると思われる資料。 そこに書かれているのは現在の情勢の状況と食料や武器の生産の割合などである。
「改めて本日はよく集まってくれたのじゃ、儂がこのリーゼアの女王であるネア=ショック=リーゼアじゃ。 司会進行は秘書であるマクミランが行う。 手元の資料を見ながら話を聞いて欲しいのじゃ」
相変わらずの見た目であるネア様は本日は大変猫を被っているようで、たどたどし口ぶりで資料を掲げる。
まったく修行中とは大違いだ。
藍色の髪が揺れ、視線が私を捉えると急に鋭くなる。
まぁこの事を知っている私に対しての威圧も込めているのだろうが……
そんな事しなくても私は喋りませんよ。
「それでは、まずはご紹介致します。 こちらにいる方がアルテアの宰相を務めていたフェニール様です」
「あいよ、紹介いただいた宰相のフェニールだ。 現在は亡き国王の為に一時的に国を預かる立場におります。 まずは隷属ではなく同盟を結んでいただけたことに感謝しております。 女王よ、私達は微力ながら力添えしたいと思っており、武器や薬品の共同化を望んでいます」
「うむ。 そのことについては儂らと貴公らは同じ目的のための同士故に惜しみなく提供すると約束しよう」
今までは滞在だけが許されていたわけだが、ここに正式にアルテアから来た人でも武器や薬品の使用が認められることとなったのだ。
今回の件についての反感は至る所であったのだという。
武器を持つという事は同時に武力行使に繋がる点でもあった為だ。 そもそも他国の人を受け入れられる環境になかったリーゼアがここまでを許せるようになったのは異例の事である。 そこには様々なやり取りがあったのだと伺える。
スラスラとマクミランさんから手渡された誓約書にサインを施していくネア様。
「そしてこちらは騎鳥軍、王族軍団長を務めるガイアス=エンドレア様です」
「お初にお目にかかる。 軍の指揮を務めている気軽にガイアスと呼んでくれて構わない。 我が軍もゼアル騎士団と協力してこれからは戦っていくつもりだ」
騎士鎧姿のガイアスさんは堂々と立ち上がり、ゼアル騎士団の騎士団長であるシュラと硬い握手を交わす。
「アルテアの鬼神とも呼ばれる貴公と組めるなど夢にも思わなかったぞ。 はっはっは! 私もガイアス殿には負けないよう努力せねばならんな!」
「鬼神の異名は少し恥ずかしいものがあるな…… 我らは恩義には必ず報いる。 必ずや力になることを誓おう」
周囲から拍手が上がる。
国を超えて、大陸を超えて、種族を超えて今私達は団結できたと言えるのだろう。
「そしてこちらの方が元ガルディアにおけるブレインガーディアン騎士団長であったトリシア=カスタール様です。 たしか現在はゼアル騎士団の新たな部隊トレイターを設立したのでしたね」
「はい。 ご紹介に預かりましたトリシア=カスタールです。 新部隊トレイターは主に個人の能力に見合った力を発揮するために地形操作や回復に特化した者を集めています。 戦場における地形への影響、戦況を覆す能力者の力を重点的に調べ上げ対抗するための部隊です。 さらに貴重である回復術士の早急な育成には専門であるカナリア=ファンネル指導の元人材を増やしていくつもりです」
トリシアさんは髪をかき上げ、眼鏡の位置を直すと手元の資料を眺め説明していく。
「敵であるガルディアは能力者を育成している可能性が十分見られます。 それに噂ではSランク程の魔物を支配下に置いている情報もあります。 一国とはいえ相当な戦力を保持しているとみて間違いないでしょう」
「ふむ、その為の新部隊というわけか」
値踏みするように答えるのは高齢のメアン族男性、大きな巻き角が特徴的で手元の資料を眺めながらトリシアさんに質問を飛ばす。
「それで、実のところ戦力差はどれほどとお主は見る」
トリシアさんは落ち着いた声音で答える。
「わずかにあちらが上だと思われます」
周囲がざわつく。 それもそのはずだ、これほどの同盟は過去にない程の事、しかしトリシアさんはガルディアの強さはこの同盟を以てしてもまだ足りないと語るのだ。
「これでもまだ優位には立てんと申すか、随分と謙虚なのだな」
「ロンベル=フォクシー様、発言には挙手をお願いします」
「ぬぅ、わかっておる。 構わん続けてくれ」
ヒリヒリとした空気感だ。 同盟という形をとってはいても思うところはあるようだ。
過去の遺恨は簡単に消えるわけではないのも事実だ。
「私達に必要なものはより深く能力者を知るところから始まります。 この場に居る二人の勇者、ロマナ・マーキス様とフェン・リージュン様の協力の元対抗策を見出していくつもりです」
ガイアスさんの隣には黒色の肌を持つ異世界人マーキスさんが、マクミランさんの隣にはロングの黒髪を後ろに結ったフェンさんがそれぞれ席に着いている。
二人とも事態の重要性は把握しているようで静かに発言を聞いている。
「この二人は言わば我々の切り札でもあります。 異世界人の力は私達の力とは全く異なる力、戦況を大きく左右する可能性があります」
そこですっと手があがる。
視線を移せば豪華な服装に身を包んだ金髪のメアン族の女性が手を上げている。
「モリオステラ=アルテミラ様、どうぞ」
「ええ、どうも。 貴方達の知っているガルディアの勇者はあちら側に就いているのでしょう? どこまで知っているか教えて欲しいのだけれど」
「トリシア様お答えできますか?」
「はい。 ガルディアの勇者の名はオクムラタダシ。 年齢は十六歳程の異世界人です。 非常に高い魔力適性を持ち、能力は【鑑定】と光の壁を作り出す力のようです。 あくまでもこの情報は一年半も前の情報でしかありません。 異世界人の力の成長は著しく早いものです。 今ではかなりの実力者とみて間違いないでしょう」
「少しいいか?」
手があがったのはマーキスさんだ。
「ロマナ・マーキス様、どうぞ」
「ガルディアの勇者ってのは半年前に一度戦った事がある。 逃がしちまったが、それの他にもう一人異世界人が居るはずだ」
「もう一人…… ですか!?」
「ああ、短い黒髪の少女。 車椅子に乗ってはいたがあの姿、【能力】は間違いなく異世界人特有の力だ」
「異世界人が二人…… か」
途端に眉間に皺を寄せるトリシアさんは眉間を抑えると言葉を吐き出す。
「計画は再検討する必要がありますね。 マクミラン様物資の担当は誰が行っていますか?」
「それでしたら、流通大臣であるハーバー様が適任かと」
「はい、流通大臣を務めていますハーバーです、はい」
手を上げたのは小太りなメアン族男性、ひどくかいた汗を拭いながら答える。
「後で商人のリストを作ってもらいたいです。 アルテアから流れてきている物を少し調べたいのでね」
「ええ、わかりました」
「私の新部隊の説明は以上となりますが、何もなければマクミラン様にお返し致します」
どうやらこれ以上は手があがらないみたいだ。 一瞬の静寂の後にマクミランさんは話し始める。
「では次に、これからの計画を話し合いたいと思っております。 今の季節は冬の第十八週目、豪雪の季節は終わりを迎え夏へと向けて暖かくなる頃合いです。 何が言いたいのかと思うでしょう、波が安定し航海がしやすくなるのもこの夏の時期なのです。 そうです、私達はこの夏の時期にガルディアへと進軍致します」
「なっ!? 戦争をこちらから仕掛けるというのか」
高齢のメアン族、ロンベル=フォクシーは手元の資料をぐしゃりと握りつぶす。
「ええ、時間を掛ければ不利になるのはこちらの方です。 どうやらあちらはこのリーゼアまで根を伸ばしていたようですから」
「……どういうことだ」
マクミランさんが私を見て答える。
「ご紹介します、この度加わって頂いた元騎士であり冒険者【オルタナ】のリーダーであるアリア様です。 彼はリーゼアに蔓延るガルディアの不穏分子を見事討伐して頂きました。 ガルディアは水面下でリーゼアに仲間を集い、反旗を翻そうと計画を立てていました。 これはアルテアで起こった首都陥落の事件に大きく似通っています。 これを見て頂きたい」
マクミランさんが取り出したのは一つの短剣、魔剣【インクリード】。
「これは冒険者の間で出回っていた魔剣です。 この魔剣の恐ろしい所は盗聴の魔法がかけられている事です。 故に情報戦では常に優位に立っていたガルディアは楽々アルテアを陥落させたというわけです。 この魔剣は今では至る所に張り巡らせてあり、全てを回収するのは非常に困難を極めます。 これが先に戦争を仕掛ける一つ目の理由です」
全てが明らかとなったわけではないが、ガルディアはこの膨大な数の魔剣の盗聴を有効に活用している事が見受けられた。
本来であればこれだけの数を有益な情報だけ抜き取るのは至難の業だ。 だが、どういうわけかそれを可能としている事実が存在している。
「そしてもう一つガルディアが【龍眼】を掻い潜る術を知っているという事です」
視線がネア様へと向かう。
「こればかりはどうしようもないんじゃ。 奴らは現に儂の【龍眼】を掻い潜りフェンを暗殺しようと企んでおった。 ここにおるアリアが居なければフェンの命はなかったじゃろう」
「せっかくの見通す力も役立たずとは……」
「ロンベル様、そのような発言は慎み下さい」
「事実であろうが、現に入り込まれておったのだろう?」
「それは否めないのじゃ。 現にいくつかの貴族は姿を晦ましておる。 まるで儂らの戦力を少しずつ削っていくようにな」
すっと手があがる。
その手を上げたのはさっきまで沈黙を保っていたフェニールさんだ。
「それこそが奴らの手だよ。 アルタでは騎鳥軍の副団長であったダルタニアンが裏切ったことにより一気に不利に追い込まれた。 騎鳥軍の大半が裏切ったあの事件は一種の洗脳に近い、いくら禍根があったとしても躊躇いもなく同族を切り捨てる事が出来るのはそれぐらいだろうからな。 【龍眼】が何かはよくは知らないが、人の動きを知れる能力なんだろ? ならば蔓延していない早いうちに事を起こした方が賢明さ」
「俺からも一つ」
「ガイアス様、どうぞ」
「奴らは魔剣を大量に保有している。 その中でもかつての魔人の力を彷彿させる武器が存在している。 それはあまりにも脅威だ。 時間を掛ければ大量に作られることだろう」
「魔人じゃと……」
人を変化させるだけの力を持った魔剣。 それはあまりにも強大でかつての魔人を模しているようにも見えた。 あんなものが大量に生産される事態だけは何としても避けなければならない。
「かつて魔王が率いた軍勢ですか…… これは良くない知らせですね、尚の事その夏に攻め入るべきでしょう」
「し、しかしながら備蓄がまだできておりません。 せめて一年後では駄目なのでしょうか?」
慌てた声を出したのは流通大臣であるハーバーさんだ。
「それでは遅すぎるでしょうね、いずれにしても波が落ち着くまでその後は一年半かかるわけですし、それまでにガルディアに内部から侵食されかねません。 たしか武器や道具に関しての事はフェニール様が専門にしているとお聞きしましたが」
「うぅん、まぁ得意ってわけじゃあないんだがねぇ。 まぁでもウチの若いもんは優秀だから武器や罠や薬品の生産は材料さえ渡してもらえればなんとかできるさ。 材料はそれなりに揃ってるんだろ?」
「ええ、それはもちろん」
「ならその期間までには間に合わせるさ、でだ。 戦場となるのがアルテア大陸になるんだって?」
周囲が沈黙に包まれる。
「知らないとでも思ったかい? 最短距離で結べば間違いなくアルテアを挟む形になるからねぇ、うちらにとっては故郷なんだが、話してもらえるかい?」




