特別編 その2 ~3~
水飛沫が跳ね、楽しそうな声が響き渡る。
眩しい日差しを浴びて水面はキラキラと輝く。
すっかりこの依頼を楽しみ始めた二人は、新たな事に挑戦を始めた。
「ウォタラ!!」
「今です! 撮ってください!」
キルアさんが水面に水属性魔法を発動させると水の勢いが増し、間欠泉のように空へ向かい吹き上がる。
その反動を利用しシェリアはその波に乗り、高く飛びあがる。
その光景を撮影機に納めると、満足そうに手を広げ落ちていく。
今のはいい感じに撮れた気がするな。 弾ける水飛沫にシェリアの楽しそうな笑顔が映えるいい一枚。
これなら湖で遊ぶことの楽しさが十分伝わると思う。
幾度となく繰り返される『素晴らしい一枚』を目指してはしゃぎ始めた時ふと脳裏に何かがよぎる。
何か大事な事を忘れているようなそんな気がして。
「随分と楽しそうな事をしているな」
そう私達に声を掛けるのは呆れた視線を向ける建物よりも大きなギガントであるデニー。
私達がなかなか戻らないから不安になって様子を見に来たのだろう。
「あっ、忘れていました!」
「そういえば待っていてもらっていたんだった」
「むぅ、私としたことが」
皆がデニーの存在を忘れ、遊びの限りをつくしてしまっていた。
「おいおい、存在感には自信があったんだがな…… それで今は何をしているところなんだ?」
「それは……」
シェリアが説明しようと声を掛けた時、横から甲高い声が聞こえる。
「あらやだぁ! ギガント種の男性じゃなぁい!! なになに、貴方達の知り合いなのぉ?」
目を輝かせ、凄い勢いで走り寄ってくるのは店長さんだ。
「うっ、あれは…… 魔物なのか!?」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべるデニー。
残念ながらその人は魔物じゃないよ、ちょっと女装癖のある獣人男性さ。
「うおぉおお!! 大きいっす! かっこいいっすねぇえ」
メィシャさんはすっかりアルコールが回っているらしく赤い顔でデニーの足へと抱き着く。
「なっ!? なんなんだ!?」
突然の行動に驚きを隠せないデニーは説明してくれとこちらを見る。
「えっと、この人達は海の家『アクアマリン』の従業員の方達です。 お客さんがこの場所になかなか来ないので宣伝を兼ねて撮影をしてほしいと依頼されたんです」
「そうよう! あっ、アタシの名前はジョセフィーヌよぅ。 そしてこっちの黒髪の獣人の子がメィシャ。 いいわねぇ太い筋肉、惚れ惚れしちゃうわぁ」
「お兄さん、私達この日差しだと焼けちゃうからぁ、オイル塗ってほしいなぁ」
甘い声でねだる様に二人はデニーへとすり寄る。
デニーの表情がますます引きつっていくのがわかる。
「あ、アリア…… お願いだ。 この状況をなんとかしてくれ……」
デニーの視線は私へと助けを求める。 だが……
「えぇ? あれほど優遇してあげたのに?」
「言いたいことわかるわよねぇ?」
二人の強力な威圧感の前で私は何ができるというのだろうか。
できるわけがない。 メィシャさんの手に持っている写真はあの時オイルを掛ける姿がばっちり映ってしまっている。 まるで神の一枚かと思うくらいに逆光で顔が怖くなった私と、キルアさんが冷たさに身をよじらせている姿。 はたから見れば誤解を受けるであろうその写真をいつの間にか現像し、三枚握りしめ笑顔でこちらを見る。
視線を逸らし、デニーへと言葉を投げかける。
「す、すまない。 これも依頼の為だと思ってくれ」
そう。 私達は既に積んでいたのだ。
「それじゃ、話もまとまった事だしぃ、あっちでオイルの塗り合いっこをしましょうかぁ。 うふふ、何本いるかしらぁ」
「店長、はしゃぎすぎぃ。 私も楽しみだけどぉ」
「そんなッ…… 待ってくれ」
両腕をがっちりホールドされ、デニーは青い顔で連れていかれる。
デニー…… ごめん。 心を強く持てよ……
「あっ、そうだ。 そろそろお腹が空いてきたと思うからぁ、何か作ってくれない? 食材は自由に使っていいわよぉどうせ人が来ないんだしぃ」
店長さんは手をひらひらと振り、デニーを連れ岩陰の方へ連れていく。
恐ろしい力だ。 デニーが振りほどけないほどなんて……
「凄い迫力だったな……」
「ああ、デニーには後で謝るよ」
若干引き気味なキルアさんは遠くなっていくデニーの背中を眺め、憐みの声を漏らす。
「それにしても料理ですか…… どんな食材があるのか見に行きませんか?」
「ああ」
■ ■ ■ ■ ■
ログハウスへと戻り、言われた通り厨房を覗くと使われていないことが伺える綺麗な状態。
本当に私たち以外お客が来ていないのがわかる綺麗さだ。
食材はおそらくだがこの保冷されたマジックアイテムの中にあるのだろう。
とりあえず食材をテーブルへと並べていく。
本来こうやって従業員でもないのに料理をすることが、いいことなのかどうか既にわからないが有難く使わせてもらおう。
会って間もない人達にここまでやらせるのは如何なものかと思いはするけれど。
食材は魔物の肉に、エリヤングという魚の切り身が八枚、ヒャクソウというハーブ、ムルブングという根菜、ホウソウという葉野菜、イカという奇妙な貝類、あとはガルディマイにパピルズという香辛料か。
色とりどりに並ぶ食材を眺め、人がまったく来ていない現状に思わず憐れむ。
これだけの食材が危うく無駄になるところだったのだ。
「凄い量ですね」
ひょこっと厨房へと顔を覗かせたのは着替えを済ませたシェリア。 今は借りた緑のエプロンを着用して、髪を小さく後ろに結わえている。 シェリアは私の顔を見上げはにかむ。
その笑顔に思わずどきりとさせられる。
「ああ、おそらくだが、こんなに人が来ないなんて想定していなかったのだろう」
「なるほど…… あまり長く取っておいても痛むだけですからね。 腕によりをかけて作りますよ」
シェリアは腕をまくり意気込みは十分という様子だ。
「ところでキルアさんは?」
「えっと、キルアはこういう事は苦手みたいで剣の鍛錬をしに」
なるほど、キルアさんらしいな。
「そうか。 私も手伝うよ。 何を作るんだい?」
「そうですね……」
シェリアはテーブルに広げられている食材を眺め考え込む。
「マーキスさんに教えてもらった『パエリア』という料理にしましょう」
パエリア? 初めて聞くその料理に疑問を浮かべているとシェリアは笑顔を向けて説明を始める。
「パエリアというのはですね、ガルディマイを使って野菜や魚介類、肉を焚き込んだ料理です。 魚介の風味やお肉のうま味がガルディマイに染みこんでとても美味しいのですよ」
シェリアは並べられた食材からムルブングとホウソウを掴むと私へと手渡す。
「アリア様はこの野菜たちを細かく切ってもらいたいです。 私は魚介類やお肉を切っていきますので」
「ああ、わかった」
手際よく用意していくシェリアを横目に次元収納からナイフを取り出す。
水洗いした野菜達を並べ細かくするんだったな……
「シェリアすまないが水を頼む」
「あ、はい」
蛇口にシェリアが手を添えると蛇口は仄かに光を帯びる。
勢いよく水が流れ始め、野菜を洗い始める。
大抵の物がマジックアイテムとなってしまった現在、魔法が使えないのはこういう点でも厳しいな。
豪快に水気を切り、まな板の上へと乗せる。
シェリアはその間にも鍋に油を注ぎ、香り立つ種子をを炒めていく。
ほのかに食欲を誘ういい匂いが立ち込める。
いざ私も野菜を切っていかねば。
振り上げたナイフを縦横無尽に切りつけていく。
そのあまりの速さにシェリアも思わずこちらを驚いた顔で見ている。
なかなか見られるというものは恥ずかしいものだな。
だが、まだまだ速くできる。
少し照れるが、これも美味しい料理の為だ。
額の汗を拭い、一仕事終えた頃には野菜達は究極的に細かくなっていた。 形など既になく透き通るように細かい。 自分でも少し惚れ惚れしてしまうほどだ。
「ア、アリア様…… 凄く細かくなりましたね」
「ああ、結構大変だったが、なかなかの出来だと自分でも思っているよ」
「そ、そうですね。 ありがとうございます」
何故だろう。 シェリアは私から目を逸らして答える。
シェリアは私が切った野菜を鍋に入れるとそのまま炒めはじめ、既に切っていた魚介類を入れると棚にあったお酒を取り鍋へと降りかける。
その瞬間アルコールが炎へと変わり、良い香りが漂う。
まるで料理人のようなその姿に思わず感嘆の声が漏れる。
「凄いな…… シェリアは」
「教えられた通りにやっているまでですよ。 マーキスさんに比べればまだまだです」
料理ができない私に比べれば遥かに凄い事をしているようにみえるのだがな。
マーキスさんも毎日のように料理をしていたと聞いていたし、私も毎日続ければできるようになるのだろうか。
手際よく食材を炒め調理していくシェリアはまさに真剣そのものだ。
まるで踊るように鍋の中の食材たちは色鮮やかに色づいていく。
そういえば道中も料理はいつも出来合いを食べていたな、ここで余った食材を持ち寄ればまたこういったちゃんとした料理が食べれるのではないか?
ふとそんなことを考え何と無しにシェリアに尋ねる。
「シェリア、この先も料理を作ってくれないか?」
一瞬手を動かしていたシェリアの動きがぴたりと止まる。
「そ、それは…… アリア様の為にという……」
少し恥ずかしそうにシェリアは耳を動かす。
ん? まぁみんなで食べる為だから間違っていないか。
「ああ、そうだよ」
「んんんん~!! はいっ!! もちろんです!! 期待しててくださいね!!」
「あ、ああ」
シェリアは顔を赤くしたまま、食い気味で答える。
耳はパタパタとせわしなく揺れ、ニコニコと笑顔を浮かべる。
どういう理由なのかわからないが、先ほどよりもさらに手際のよくなったシェリアは次々と工程を進めていく。
私にできるのは洗い物くらいだろうか。
鼻歌を歌うシェリア、料理が出来上がるまでにさほど時間は掛からなかった。




