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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第四章 リーゼア大陸
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とある少女の一生

 焼けるような痛みが全身を襲う。


 皮膚はただれ、風が吹くだけでも激痛を伴う。 踏み出した足は既に感覚が無くなっており、炭化したつま先が崩れ落ちる。

 バランスを崩し、倒れ込むとそれだけで全身が悲鳴を上げる。


 視線は虚ろに宙を彷徨い、闇に落ちそうになるところにあの魔法が飛んでくる。



「グレーターヒール」



 もう何度目になるだろうか、光が全身を包み、あらゆる部位欠損以外の傷が修復していく。


 すでに虚ろな視線の先に見えるネア=ショック=リーゼア様は、何本目になるかわからない魔力回復薬を飲み終わると背後に投げるように捨てる。



「今日は、ここまでにするのじゃ」



 若干息があがっているのは回復魔法の連発の影響だろう。

 回復魔法はどの魔法よりも魔力を消費する。 それに回復魔法を使えるというだけで既に珍しいのだが、ネア様の抱えている魔力量も多い事がこの無茶苦茶な修行に繋がっている。



「は…… い」



 左手で右肩を掴むと引きずり出すように右腕がずるんと生え変わる。

 そして血に濡れた右腕を動かし、両手で左足、もとい太ももの断裂した部分に手を突っ込み、生えかかった足を引きずり出していく。



「がぁああああああ……」



 無理矢理引っ張る為に激しく出血するが、足が元の位置まで出るころには出血は止まっていた。



「はぁっ、はぁ」



 既に慣れてしまったこの行為に改めて実感が湧く。

 本当に人を辞めてしまったのだと。


 生え変わった腕を動かし、違和感が無い事を確認すると、私を見ている視線に気づく。



「痛みは弱くなり始めたかの?」



 声の主は白いちゃいなどれすが真っ赤になるまで私の血に染まったこの国の王女、ネア=ショック=リーゼア様。


 顔に跳ねた私の血を拭うと、困った顔で笑う。



「その様子ではまだのようじゃの」



 痛みは減るどころか増しているような気さえするのだ。 

 私がこの身体でなければ何回死んだことか。 それどころか意識を失う事も許してはくれない、意識が飛びそうになるとその度に回復させられ、強制的に覚醒させられるのだ。


 終わることのない長き苦痛にようやく終わりを迎え、うつぶせのまま意識を手放したのだった。



 ■ ■ ■ ■ ■



 頭がぼうっとする。 意識は朧気で視線を彷徨わせれば見たことのない場所に居ることに気づく。


 限りなく白い部屋。 調度品は少なく、小さなベットと木製のテーブル、床には破れた写真が散らばる。 窓の外は思いのほか暗く、ほのかにランプの灯りが揺らめく。 ここは子供部屋なのだろうか。


 その落ちている写真を手に取ると丁度顔の部分が破り取られ、誰の顔かわからなくなっている。



 ベットの上には野ウサギのぬいぐるみだろうか、余程大事にしていたのだろう少しだけ草臥れている。


 見覚えのない場所、ここに来たことも記憶にはない。 

 ああ、なるほど、私は今まさに【夢】を見ているのか。


 この夢はきっとこの子の見ていた記憶なのかもしれない。



 そんな考えを巡らせていると不意に部屋の扉がノックされる。



「お嬢様、まだ起きていられますか?」



 その声の主はどうやら女性のようだ。

 部屋の中には入っては来ずに扉越しにその女性は語る。



「お嬢様、きっとお父様も悪気があって言ったわけではないのです。 ただ心配をしているだけで…… お嬢様の事を思って言っていたのです。 どうかそれをわかってあげてください」



 この部屋の主は父親と喧嘩でもしたのだろうか……


 わかっているのは破かれた写真と、涙で濡れた寝具。

 どうやら部屋の主はここにはいないようだが、ランプの灯りがまだ新しい事からついさっきまで居たらしい。



「お嬢様は言っていましたよね、『私がいなくても困らないんだと』…… そんなことは決してございません。 私もお嬢様が居なくなられたら悲しいのです。 そして愛情を誰よりも注いできたお嬢様のお父様はもっと嘆き悲しむと思います」



 父親というものは元来子供の幸せを願うものだ。

 誰が自分の子供が可愛くはないと思うだろうか。


 破かれた写真を拾い集める。 きっと家族三人で撮ったのだろう繋ぎ合わせると笑顔を浮かべた写真であることが伺える。 依然として顔はぼやけ誰かまでは判別できないが、笑っているという事だけは確認できた。



「愛されていないなんて思わないでください、お嬢様は誰よりも愛に満ち溢れているのですから」



 頭に通信機器の異常のようなノイズが響き渡る。

 思わず頭を抱え、瞳を閉じれば瞬きの内に景色は変わっていた。


 ここは、いったい……


 視線を彷徨わせればここはどこかの寝室だという事が判明する。 綺麗な内装であり、高価そうな調度品が磨かれて置いてある。 大きなベットの上には二人の親子が仲良さそうに横になっている。


 そのぼやけたような視線がはっきりとなると、ようやく誰なのか理解する。

 金色の短髪、口ひげを生やしたガルディアの元王、ナグル=ウル=ガルディア。

 そして父親の服の裾に掴まって眠っている少女はその娘の『サーシャ=ウル=ガルディア』である。


 穏やかな寝息を立てる。 ナグルは娘の髪を優しく撫でると穏やかな笑顔を見せる。


 それにしても二人とも私の存在に気づいていなようだ。


 それで理解する。 ああ、これは過去の記憶なんだと。



 どうして亡くなったはずのサーシャ=ウル=ガルディアがここに居るのかという理由はこれで明らかとなった。 過去の記憶であれば触れることもできず、変えることはできないと聞く。


 私は只の傍観者。

 何の意図があってこの知らない夢を見ているのかはわからない。



「サーシャ…… もうこんなに大きくなって……」



 零すように呟かれたナグルの言葉は私しか知らないだろう。


 微笑ましいと同時にその光景を少しだけ羨ましくも思った。

 私は一度たりともそのような記憶がないのだから。



 再び景色は変わる。 まるで人生の早送りのように進みゆく景色は三度目ともなれば慣れてしまった。



「この光景は……」



 思わず声が漏れ出てしまう。 

 その光景、いや、その場所にはよく覚えがある。


 日差し暑いほど照らし、ゴツゴツとした急ごしらえのレッドカーペットの道をゆっくりとした足取りで進む。


 見上げれば雲一つない真っ青な空が広がる。

 この世界は広く、自分なんて世界に比べればちっぽけな存在だと思えてしまう。


 この場所には大勢の人が集まっている。


 だけども皆隊列を乱すことなく不動の如く静観しているのは、この後に起こることを知っているからだ。


 暖かな掌を包むのは自分よりも大きな手。


 その手は震えていたが決して離すまいと強く握られていた。


 そう、ここはガルディア王国、勇者の崖と呼ばれる場所。



「これより勇者召喚の儀を始める」



 ドンナム=イルレシア教皇の宣言により、儀式は執り行われた。


 視界は明滅し、微かに最後に映ったのは泣き崩れるナグル=ウル=ガルディア元国王の姿。


 その景色を最後に視界は暗黒からクリアに変わる。



 ■ ■ ■ ■ ■



 瞬きを数度繰り返し、体を起こす。

 かけられたシーツを手に取り、体を起こせば瞼から熱いものが流れ落ちる。


 手で拭いその正体を確認する。



「涙……」



 いつのまにか涙を流していたのか。 

 見渡せばゼアル都市で借りている部屋に酷似している。 


 どうやら私は運ばれてここまで来たらしい。


 直前まで見ていた【夢】ははっきりと嫌なほど覚えている。


 サーシャ=ウル=ガルディア。


 見せられた夢のどれもが彼女に関することであった。







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