作り笑い
眩しい光が過ぎ去るとそこは草花が生い茂る中庭、マジックアイテムである球体の外へと足を踏み出した。
おそらくカナリアはまだそう遠くへは行っていないはずだ。
ならばこのマジックアイテムから出た際に見かけた者もいるはずだ。
視界に映るのは忙しく動き回るゼアル騎士達、話しかけるのに少々憚られたが、今はカナリアを探し出すのが先だ。
一人のメアン族の青年に話しかけようと歩み寄る。
「少し、いいかな……」
私の事に気づいたその青年はあからさまに嫌そうな表情をする。
「今、忙しいんで後にしてもらえませんか」
表情からなんとなく察することが出来たが、こうもあからさまに嫌悪感を出されてしまうと続く言葉が出ないものだ。
「あ、ああ。 すまない」
走り去るその騎士の背中を眺め、視線が私へと集まっている事に気づく。
おそらくこれこそが本来のリーゼアの現状なのだろう。
長らく鎖国を続け、他国の人間を受け入れることができない環境が既に出来上がっている。
この国の女王であるネア=ショック=リーゼア様やマクミラン様のような他国の人間も受け入れていること自体が珍しいのかもしれない。
一抹の寂しさを感じ、誰もが知らない顔をして横を通り抜ける。
誰も私のような人物に話しかけられたくはないか……
ならばとカナリアが向かいそうな場所を考えようとした時であった。
「あっち。 お兄さんが探してる子はあっちに走って行ったよ」
眠たげな目を擦りながら手に本を抱えた茶色い髪のメアン族の少女は廊下を指さして答える。
周囲からざわりと言葉が漏れるのが聞こえてくる。
それでもその少女は特に気にした風もなく手に持つ本を小脇に抱え、ゆっくりとした足取りで立ち去っていく。
「ありがとう」
その背中に声を掛けると少女は手をひらひらと振り、そのまま部屋へと入っていく。
視点を動かし、その部屋の名前を見れば『アンル・デビル』と書かれており、部屋の隙間から微かに薬品の匂いが漂う。
この部屋は一体何なんだ?という微かな疑問は浮かんだが、すぐに離散すると指示された廊下へと駆けだす。
廊下を抜けるとそこには立派な噴水が設けられていた。
水の都という名に相応しいほど綺麗なアーチを描く水の芸術は、思わず私の足を止めた。
そして同じく足を止め噴水を眺めているカナリア。
その瞳に何が映っているのかそれは私にはわからない。 だが、一つだけわかるのはその背中は何故だか寂しげに見えた。
「カナリア……」
振り返るカナリアは気まずそうに私を見つめる。
「追ってこなくても良かったのに」
「そういうわけにはいかないよ」
カナリアは私の右腕を指さす。
「それが義手じゃないのはわかってる。 私が専攻したのは回復学なんだもの見れば一目でわかるわ……」
カナリアは視線を逸らし、零すように語る。
「今の魔法学の力では失った腕の復元方法なんて一つもないのよ…… なのに何故かアリアの右腕は再生している。 模擬戦で戦った時にアリアが偽物なんじゃないかって思ったのよ、だけど違った。 貴方は貴方のままだったけどそれを認めてしまえば貴方が人では無い証になってしま……」
「知っているよ、カナリア。 私は人間ではないんだ」
「っつ!? どうして…… 」
「最初に気づいたのは傷の治りが異常に早かった事、そして決定的だったのは右腕がまた生えてきたことだった」
右腕を摩る。 触られる感触も熱も感じる。 最初からそこにあったかのように違和感はない。
だがたしかにあの時、私の腕は切り落とされたのだ。
その時の激しい痛みも夥しい自分の血も覚えている。
それが今では何事もなかったかのように元通りとなっている。
「私は、造られた存在。 合成キメラだったんだ」
カナリアは青い顔で膝から崩れ落ちる。
「そんな…… 」
「でも私はある意味この身体で幸運だと思っているよ。 それが無ければ私は今ここに居なかったかもしれないから」
今はこの身体で良かったと思う事もたくさんあるのは事実だ。
「無茶ばかりするんだから…… そういえば昔からそうだったものね」
ようやくカナリアは苦笑いを見せる。
「セレスの事になるとアリアが何も考えずに喧嘩をしていたのが懐かしいわ。 いまではすっかり立場は逆転したみたいだけど」
「昔の事だろ」
「ええ、そうね。 貴方がどんな存在であろうとアリアはアリアよ。 それはこれからも変わらない」
そう、たとえ自分が人ではなくても最後まで私は私の生き方を貫くまでだ。
カナリアはにこやかに笑うと私の横を通り過ぎ歩き出す。
カナリアはポツリと零す。
「私ね…… アルフレアをこの手で殺したの」
「っつ!?」
第五部隊隊長、赤髪のギガントの女性であり、カナリアと仲が良かった人物。
姉御肌で誰からも頼りがいのある女性であったが…… いったいどうして!? 何があったというのだ……
「私の手は消えない血で汚れているの。 仕方なかったとはいえ私は取り返しのつかない事をしてしまったのよ」
「カナリア……」
「今は戻りましょう。 今後の話もこれからしなくてはいけないしね、こんな場所で油をうっていたら騎士団長に怒られてしまうわ」
「あ、ああ、そうだな」
カナリアの作り笑いはその後も消えることは無かった。




