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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第四章 リーゼア大陸
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嫌悪感

 魔封じの鎖とは、主に魔物における力の源である魔核から発せられる力を完全に遮断するほどの力を持ったマジックアイテムである。


 主成分は魔物の最上位に値する龍種からとれる血清を鎖に混ぜ込まれて造られた捕縛用の鎖であり、魔物であればこの力に逆らう術は無い。


 それは合成キメラであるヘンリエッタも同様のようで、瞬時に回復するはずの傷は塞がらず、四肢も欠損したままだ。


 ここまでの処置を施さなければならないほど危険ということなのだろう。



「アリア様、同情される気持ちはわかりますが、既にこの者は人では無いのですよ。 この選択が後に間違いであった可能性だってあります。 本来であればこういった処置は取らないのですが…… ネア様もどういうおつもりなのか……」



 まるでそれは私の胸にも突き刺さる様な言葉であった。


 項垂れ、一言も言葉を発しないヘンリエッタを見つめる。


 生前ですら多くの人々に利用され、召喚の為に命を燃やしたにも関わらず、その死体までも利用されている。


 一体この子に何の恨みがあるんだ。


 思わず、手のひらに力が入る。 やりきれない思いが胸の中に渦巻き、茨の棘のように突き刺さる。


 あの口ぶりからこの子は自分の事を知らなかった。 教えてすら貰えてなかった。


 それは私の姿と大きく重なる。


 私は一体何者で、何の為に造られたのか。



 この子は殺すべきではない。 



「この合成キメラはゼアルバーチという監獄の奥深くに厳重に入れておきます。 あそこであれば安心して任せられるでしょう」



 マクミランさんは厳重に鎖を撒き終わると、衛兵を呼ぶ。

 衛兵たちが手馴れた様子で無造作に袋に詰めたのは合成キメラであるヘンリエッタ。


 そのあまりにも物のような扱いに複雑な思いを抱え、その場を後にした。


 硬質な廊下を足音だけがやけに響く。

 まるでさっきの事等誰も知らなかったかのように周囲は静かで、気持ち悪いくらいだ。


 おそらくマクミランさんが発動させた固有結界の効果によるもので音や衝撃すらも遮断していたのだろう。

 本来であれば、一番音に敏感なキルアさんですらあの場には現れなかったのだから。


 月明かりが差し込む廊下を早足で進む。


 もはや景色を見る余裕などなく、早まる鼓動は煩いくらいだ。


 角を曲がり、教えられていたシャワールームへと駆け込む様に入る。


 灯りを灯せるようなものは持ってきてはいない。

 だが、暗闇の中でもうっすらと場所の把握はできる。


 手探りで探し出し、目的の洗面台に両手を掛ける。



「ぐっ…… おえぇええええええぇえええ!!!」



 心の中、溜まっていた色んな感情と共に吐き出していく。

 苦しく辛い、この気持ち悪さを晴らすためにかけあがる衝動を洗面台へとぶちまけていく。


 耐えれなかった。


 いつか私もまるで物のように見られる日が来るのだと知ってしまったから。



 この身体も紛い物。


 口元を拭いふらつく足取りで、そのまま衣服を脱ぎ去る。


 鏡に映るのは見慣れた自分の身体。


 今は何も見たくない。


 すっと鏡の前を通り過ぎ暗いシャワールームに入る。


 冷たい硬質な床。 

 ペタリペタリと自分の足音だけが響く。


 虚ろな視線でシャワーノズルを見れば、最新式の魔道具であることがわかる。


 つまり魔力がないと使う事はできないのだ。



「……」



 わかっていた。


 自分が他の人達と違っていたことを。


 無言でシャワールームから出ると浴槽には水が溜まっているのが見える。

 おそらく魔力があれば事前に温めることもできたのだろう。


 近くに置いてあった桶を拾い、水を救うと頭から被る。

 冷たい水が全身へといきわたり、髪の毛から水が滴り落ちる。


 一人では所詮お湯を作り出すこともできない。


 寒さと冷たい痛みが全身に巡る。だが、そのおかげで気持ち悪さはだいぶ薄まった。

 冴えた頭で思うのだ。


 私は何をしているのだろうな……


 長い髪は水を含みずっしりと重い。

 髪を軽く絞り、そのまま浴槽を後にする。



「……くしゅん」



 やはり水浴びはこの時期はやらない方が良かったな……


 少しの後悔を抱え、次元収納に徐に手を突っ込みタオルを探す。


 しばらく探すと目的のタオルを見つけ全身を拭いていく。


 着替えを済ませシャワールームを後にするとふと気になるものに目を止めた。



「これは……」



 この屋敷には高価な調度品は少ない。

 その少ないながらの調度品の中に懐かしい色を見つける。


 テーブルに置かれていたのはチタン製の鎧、本来それならば一般的に見て良く見る物であったが、はっきりとこの鎧が誰のものであるのかわかったのだ。


 直後すぐ近くの扉が開き、廊下へと出てきたのは懐かしい人物であった。


 ロングストレートで緑色のエルフの女性、黒い眼鏡をかけ、手には複数の書類を抱える。 わずかに眉間に皺が寄り疲れた顔で置かれている鎧を手にする。


 間違えようのないブレインガーディアン騎士団長、トリシア=カスタール。



「騎士団長!!」



 声を掛けるとトリシアさんは私を捉え、嬉しそうな表情へと変わる。



「アリア! ここに居たのだな。 元気そうで何よりだよ」



 駆け寄り、徐に私を抱きしめるトリシアさん。

 思わずその突然の行動に顔が赤くなる。



「と、トリシア騎士団長!?」


「ああ、すまない。 ……君が無事で本当に嬉しいよ」



 すっと離れたトリシアさんは私の姿をもう一度眺めると仄かに笑う。



「随分と体が冷え切っていたな、この時期に水浴びでもしたのか?」



 思わず言いよどむ。



「なんにせよこのままでは風邪を引いてしまうね。 ウインド」



 暖かい風が吹き抜ける。

 濡れていた髪は乾き、仄かに体が温まる。



「ありがとうございます」


「気にしなくていいさ。 アリアにはこの大陸はさぞ生きにくいと思うからな」



 ガルディアに比べるまででもないがその一般用の物のほとんどがマジックアイテムでできており、当然魔力を媒体とするものが溢れかえっている。



「そんな顔をしなくてもわかるさ。 これでも君の上司だからな」



 複雑な表情を浮かべているとトリシアさんは頷きながら手元の時計を眺める。



「アリア、少し時間はあるか?」


「はい。 私はもう寝るだけでしたので」


「そうか、では少しあちらで話そう」



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