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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第四章 リーゼア大陸
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VSヘンリエッタ

 まるでそれは突然そこに現れたかのようであった。

 音や気配すらなく背後へと立たれたのは初めてだ。



 思わず息を呑む。


 月明かりに照らされた金色の長い髪が鈍く光る。



「ヘンリ…… エッタ……」



 その者はたしかに名乗ったのだ。 自らの名前を。


 伏し目がちな瞳は瞳孔まで真紅に染まっており、その瞳を見続けるのはあまりにも危険だと全身が警告を促している。

 噴き出す汗を拭い、少女…… もはや少女と呼んでいいのか疑わしい人物を見つめる。


 そのあまりにも似すぎている姿から思わず言葉が漏れる。



「き、君は…… サーシャ=ウル=ガルディア王女…… ではないのか?」



 人違いにしてはあまりにも似すぎているその人の姿を保った上半身の姿は、あの勇者の崖で見た時と一切変わっていない。

 面影も、声も、あの当時のまま……


 たしかに違うのは歪にも複雑に取り込まれた魔物としての体。


 オーガの特徴、翼は蝙蝠かドラゴンの翼か……

 足はキラークイーンという蜘蛛の魔物の特徴にそっくりである。


 人違い。


 そう思いたかったが、私の勘は間違いなくこの子が元は王女であったと言える存在だという事だ。


 ヘンリエッタは薄く笑みを浮かべ笑う。



「貴方は…… 元の私を知っているのね……」



 なぜだかその瞳は悲し気に揺れる。



「だけど…… 私は他の誰でもない私かしら…… それは貴方も同じでしょう? アリア=シュタイン?」



 ヘンリエッタの細い指に巻きつくように糸が集まっていく。

 やがて白い糸は形を造り上げ、一本のサーベルへと変化する。


 私の事は既に知っていた。 つまりは私を狙ってやってきたことに違いない。


 ちらりと背後を確認すれば、暗い森がまるで大口を開けているかのような静寂が包む。


 ここから落ちれば果たして怪我で済むだろうか。



「何が…… 言いたい……」



 ヘンリエッタは私の顔をじっと見つめ笑う。



「貴方も私と同じ造られた存在だもの。 私は貴方の後継機と言えばわかりやすいかしら?」



 そうか…… そういうことか。


 これではっきりした。 私は…… 合成キメラだという事を。


 誰かの代用品で、そしてだからこそ、似ているとわかったのだろう。

 私達は偽物で、紛い物だ。



「……」


「少し話過ぎたかしら…… どうして私はこんなに余計な事を…… おしまいにしましょうか」



 月夜は二人を照らし、白く輝く刃は私へと届く前にへし折れ、先端は大きく吹き飛ばされた。



「!?」


「言った通りじゃろ? すぐにやってくるとな」



 いつのまにか私の前に割って入ったのはネア=ショック=リーゼア。


 その藍色の長い髪が揺れる。 


 そう、あらかじめこの襲撃はネア様に言われていたものだ。

 想定では二、三日の内ということだったが…… こんなにも早く来ることは予想はしていなかった。


 だが、ネア様にはお見通しだったらしい。



「マクミラン!!」



 ネア様が叫ぶと瞬時にこの屋敷を覆うほどの固有結界が張り巡らされていく。

 青白い光が屋敷全体を覆うとネア様は瞬時にヘンリエッタの腹部を蹴り上げ、上空へと打ち上げる。



「あまりにもあそこでは狭いじゃろう?」


「へぇ…… なかなかやるかしら」



 ヘンリエッタは汚れた腹部を手で払いのけると何事もなかったように笑う。

 無傷、いや、吹き飛ぶほどの威力があったのにも関わらず平気な顔をしている。



「随分と硬いのう。 まるで金属じゃの」



 痛そうにしているのはネア様の方だ。 



「アリア、これから【ヴァルハラ】の使い方を教えてやろう。 よく見ておくのじゃ」



 ネア様はニカりと笑う。


 ベランダから身を乗り出し、二人の戦いをしっかりと身届けなければ。



「はぁ…… これは少々キツイかしら……」



 見ればヘンリエッタは上空で上手く態勢を取れていない。

 汗を流し、視線が移ろう。



「儂らが何も対策せんと思うていたか? あの会話からエイシャが来るものだとばかり思っておったが、この結界は魔物相手用に使う固有結界じゃが、合成キメラにも効くようじゃな」



 ヘンリエッタが握るサーベルは元の糸にほどけ、地面へと落ちていく。

 形を維持できなくなってきているのだろう。


 翼をはためかし、ヘンリエッタはネア様へと迫る。

 小さな口がガパリと大きく開き、高温のブレスが吐き出される。


 まるで古のドラゴンだ。



「【ヴァルハラ】」



 ネア様はボソリと口ずさむと、仄かに赤い湯気が体から溢れる。


 灼熱のブレスはネア様へと当たる直前に大きく軌道を変え、結界へとぶち当たっていく。


 龍種の放つブレスは金属すらも溶かしつくほどの威力。 それを強引に殴り、軌道を変えさせたのだ。


 あまりにも無茶苦茶な力。


 空を蹴り、ヘンリエッタの至近距離まで迫ったネア様は上から殴るように拳を繰り出す。



「ぐぅうううううう!?!?」



 あまりの速さに瞬時に顔を覆ったヘンリエッタは瞬く間に地面へと叩き落されていく。


 轟音が轟き地面が爆ぜる。


 あまりの衝撃に建物が揺れる。

 しかし、この建物はこの戦いでもってくれるのだろうか。



「心配には及びません。 空間を覆う魔法を付加したマジックアイテムを発動させていますので建物には影響はありませんよ」



 私の心をまるで読んだのか、マクミランさんがすっと私の隣へと立つ。



「それって相当高価な奴では……」



 そう、つまりはこの見えている上空及び建物は別の空間のもの、 このマジックアイテムは私も見るのは初めてだ。  おそらくは国家予算程の金額。 それだけ空間魔法は数が少ないのだ。



 大地の瓦礫を飛び出したヘンリエッタは指先から細い糸をネア様へと飛ばす。


 ネア様は今度はそれを受け流すのではなく避け、宙を飛び回る。


 あの【ヴァルハラ】状態でも避けなければならないと踏んだのか。



 避けた糸は木々に当たると木がまるで紙のように切れていく。

 あの細い糸はここまで切れ味がよかったのか!?


 驚愕に目を見開いているとネア様は宙でくるりと回転し、跳ねるボールのように勢いを保ったままヘンリエッタへ急接近。


 ヘンリエッタは接近に気づき糸を切り離し、槍のような束にした糸をネア様に向けて投げつけるとそのまま翼をはためかせる。


 ネア様は迫る槍のような糸を叩き折ると地を爆ぜさせ、残りの槍を粉砕していく。


 あの細い小さな腕にどこにそんな力があるというのだ。

 まるで冗談かのように砕けていく白い槍を見てヘンリエッタも顔色の悪い顔を歪ませる。


 おそらくだが、あの槍のような糸も強度は相当なはず。 逸れた槍がその勢いを保ちながら岩盤に突き刺さっている。


 ヘンリエッタの周辺に糸は集まり大きな円を描くが、それが形になる前にはネア様が一つ一つ潰していく。



「……厄介な…… 結界」



 ヘンリエッタは上空へと飛び上がり大きく息を吸い込むと、先ほどとは比べ物にならないほどの圧縮されたブレスを放つ。


 狙っているのは弱体化を促しているこの結界自体にだ。



「させるわけがないのじゃ、クオリティアシールド!!」



 分厚い透明なシールドが幾重にも重なり宙へと展開していく。


 最上級防御魔法!?


 熱線となった青白い輝きを放つブレスはシールドを何枚か破壊はしたが、全てを貫通するには至らなかった。



「あぁああああ!!!」



 苛立ちを含んだ声が響き渡る。


 ヘンリエッタの手のひらには圧縮された糸が形を造るが造形は歪で、瞬時に解けて行ってしまう。


 これも固有結界の力なのだろう。 


 その隙を見逃さず、ネア様は宙を蹴り、ヘンリエッタの背後へと回ると回転しながら蹴りを繰り出した。


 さすがに反応が遅れたヘンリエッタは咄嗟に手でガードするものの、ガードした腕がちぎれ吹き飛ぶほどの威力。



「あぁああああああ!!!」



 絶叫にも似た声がヘンリエッタから響き渡る。



「随分と手こずらせてくれるの」



 思えばネア様も【ヴァルハラ】を発動させてから動きっぱなしで若干だが息も上がっている。



 その時だった。


 叫びをあげたヘンリエッタの両腕は瞬く間に元に戻っていく。

 いや、生え変わったのだ。



「超速再生かの、やはり厄介じゃな」



 ふらつく足取りでヘンリエッタは高らかに笑う。



「無駄。 全てが無駄なのかしら。 何度でも回復し、何度でもその心を折るかしら」



 私にも備わる超速再生は既に瞬時回復にまでなっているようで、痛々しかった傷もすぐに元通りになってしまった。



「果たして折れるのはどちらじゃろうな」



 ネア様の雰囲気が変わる。


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