演技
部屋の窓から日差しが指す。
柔らかな光は白いメープル性の円卓に降り注ぐようで、その光は仄かに温かみを帯びていた。
「どうやら、迷いはないようじゃな」
その声は落ち着いていて、先ほどまで泣いていたのが嘘みたいな笑顔をネア様は見せる。
いったいどういう事なのかと顔を見ていると徐にネア様は扉を指さした。
「アリアは随分仲間に慕われているようじゃの。 先程まで鳥人の娘が心配して聞き耳を立てておった」
キルアさんが!?
「儂には【龍眼】で筒抜けじゃ。 信用してもらうにはああするほかなかった。 どうも信用されておらんようじゃからな……」
「え、では先ほどの話は……」
「儂も演技派女優になれるかもしれんの」
まさか…… 私達を騙すための嘘……
してやったというどや顔をネア様は私に向ける。
「まぁ、全てが嘘というわけではない。 お主が人ならざる者になっている事は事実じゃからの」
そこは見抜かれているという事か……
「何故、こうまでして嘘をついたのか。 気になるじゃろ?」
「え、ええ」
ネア様はくるりと回り、椅子から降りるととてとてと効果音が鳴りそうな歩みで私の元へ歩み寄る。
私とネア様の身長差は一目瞭然。
ネア様が並ぶと私の股ほどの高さになる。 そっとネア様は私の手を握ると徐に次元収納に片手を突っ込んだ。
「なっ!?」
思わず声が出てしまう。
私はネア様に次元収納の話はしていない。 なのにネア様はさも当たり前のように私の次元収納の中をまさぐっている。
この次元収納の指輪の効果を出すには触れていないといけないことが条件なのだが、その条件さえもネア様は知っていた。
「あった、あった」
ネア様が私の次元収納の中から取り出したのはスライムがマール=コフィリアの姿で他の者達に渡していた魔道具である短剣。
その魔剣の力は増殖する力を秘めており、鑑定した後とりあえず持っていた物だった。
「魔剣【インクリード】、かのタチバナが作り上げし八本の魔剣の一つ。 その内に秘めた力は増殖の他にもう一つある」
タチバナ? その名は何度も耳にした言葉。
私の武器を造り上げ、この次元収納の指輪を造った人物。
「ターナー=タチバナですか!?」
「ターナー? そちらではない、たしか名はタチバナ=ムネシゲ」
タチバナ=ムネシゲ…… 聞いたことない名だ……
タチバナという名からターナーさんと近しい人物のように感じるが……
別人だというのか……
「話を戻すぞ、魔剣【インクリード】のもう一つの力、それは盗聴じゃ。 あらゆる周囲の音を拾い、本体へと伝える力が備わっておる」
そんな…… じゃあさっきの会話も全て……
「も、もしかして…… 今の会話も全てですか?」
ネア様は大きくため息を吐く。
「はぁ、もう少し賢いかと思うたが、そんな間抜けな事するわけないじゃろ? 既に対策済みで、この魔剣も今は只の短剣じゃ。 この部屋にはマジックアイテムで盗聴や空間魔法らを拒絶する効果が働いておる。 ただ、この魔剣はあまりにもその力が強い為、効果を発揮するまで時間がかかっていたのじゃ、ようやく本当の事や演技をばらしたのは効果が適応されたからじゃ」
な、なるほど。
ネア様はこの事にいち早く気づいていたからわざわざああいった演技を……
「おそらくはこの状態を知った奴らは近いうちに何かしら行動してくるはずじゃ…… 間違った情報を鵜呑みにしてな」
間違った情報。 先程の会話の内容を思い返してみれば、どの部分が事実でどの部分が嘘なのか私ですら既にわからない。
「あらかじめフェンにはマクミランを通して内容を伝えておる。 儂らの仲が上手くいっていないようにみせる必要もあったからの」
二人ともなんて演技力なんだ……
まさに私は騙されていたわけか……
苦笑いを浮かべていると、ネア様は徐に手に持った短剣をまるで枝でも折るかのように簡単にへし折った。
結構な強度を持っていた短剣がいとも簡単に折れる様を見て、思わず驚く。
確実にその小さな細い腕では短剣を折る様な力は出ないはずなのだ。
「驚いたじゃろ? 力には二種類あっての、一つは単純に筋力、普段誰しも使う力はこれに当たる。 じゃが、もう一つの力は体が壊れぬよう普段は抑えられている力、本来人は十パーセントほどしか力を使えていない。 それを最大限まで引き出すのが【ヴァルハラ】という力なのじゃ」
【ヴァルハラ】…… どこかで聞いたような、そんな曖昧な感覚に陥る。
私はこの言葉をどこかで聞いたことがある。 だが、それは一体どこであったか……
「この力を取得するには壮絶なる痛みと苦痛がつき纏い、大抵の者は力を得る前に体が壊れ断念せざるを得ない、じゃが、アリアお主は別じゃ、お主には超速回復が備わっておる。 お主であればこの力も使いこなせるようになるはずじゃ」
そうか…… 重傷である傷も今の私の体であれば二、三日で回復するだろう。
「本来であれば、長き時を掛けてその体に叩き込むのじゃが、お主は師に恵まれておったな。 体の基礎が既にできておる。 あとは儂が力の使い方を教えるまでじゃ」
あの苦痛を伴った修行時代は無意味ではなかった。
ありがとう…… テオ。
「文字通り体に叩き込む様になる。 腕の一、二本は無くなる覚悟でいるのじゃ」
「はい」
迷いはない。 私は強くならなくてはいけないのだから……
「うむ」
ネア様は頷くといそいそとメープル性の棚の前まで歩いていく。
扉を開け、何かを探しているようだ。
あれは私の指輪と同じ次元収納の力が備わっているのか。
ネア様はそこから小さな箱を取り出し、私の元へと歩み寄る。
「これをあげるのじゃ。 不安な気持ちが和らぐ、魔法の薬のようなものじゃ」
背伸びをしてネア様は私に小さな箱を手渡す。
微かにだが、甘い匂いがこの箱からする。
「い、今は開けてはならんぞ! その中身はケーキじゃ。 部屋でゆっくり食べるといい。 明日は儂にも用事があるのでの、【ヴァルハラ】の訓練は明後日から行う事にしよう。 なのでじゃ、明後日またこの場所にくるのじゃぞ」
「はい。 ありがとうございます」
「うむ」
ネア様はちらりと私の手に持った箱を眺めると頭を振り、窓を開き飛び出していく。
「なっ!?」
ここはたしかかなりの高さがあったはずだが。
慌てて窓を覗くと飛行魔法『フライ』を発動させたネア様は遠くへと飛び立った後であった。
「すごい人だな……」
唖然としてその飛ぶ光景を眺める。
手に持つ小さな箱からは依然として甘い匂いが漂っていた。




