新たな人物
その柔らかな声に再び緊張が走る。
次元収納から剣と盾を取り出すとその声の主へと視線を移す。
あろうことか一番警戒していた背後からの接近だったためだ。
徐に盾を構え、フェンに近づけさせまいと身構える。
現れたのは漆黒の執事服に身を包んだ長い銀髪のメアン族の男性。
その時フェンは嬉しそうな声でその柔らかな声の主を呼ぶ。
「マクミラン様…… どうしてここに……」
「知り合いなのか?」
この人がフェンの知り合い。
だとすれば先ほどのただならぬ殺気はこの人のものだったのか。
「なるほど、どうやら貴方達はフェン様を誘拐した犯人ではないようですね」
すっと殺気が消え失せる。
この人も只者ではなさそうだ。
「どうやらここで何かあったご様子で、フェン様をお守り頂いた事深く感謝いたします。 ご紹介遅れました私、リーゼア王国の女王であられるネア=ショック=リーゼア様の秘書をやらせていただいてるマクミランと申します」
深く頭を下げるマクミランと呼ばれた男性は顔を上げると私の瞳をじっと見つめる。
「私の顔に何かついていますか?」
「いえ、そうではなく。 以前どこかでお会いしたことはありませんか?」
記憶の中を探ってもこのような美麗の銀髪のメアン族にあったことはない。
「いえ、一度もないと思いますが……」
マクミランは顎に手を置き深く考え込んだ後すっとその手を離した。
「人違いかもしれませんね…… 気にしないでください。 よろしければ貴方達の名を教えてはくれませんか?」
「私達は冒険者オルタナ。 私が一応リーダーを務めているアリアです。 こちらのギガントがデニー、そして鳥人のキルアです」
すっと説明をしているとマクミラン様の表情が曇る。
「いや、そんなまさかな……」
「どうしました?」
「いえ、何でもありません。 ちょっとした考え事でして、それよりも随分不思議な組み合わせの冒険者ですね、本来であれば大陸を隔てての交流は少ないのですが」
「ぐ、偶然酒の席で仲良くなったのだ! なっ、デニー」
「あ、ああ。 そうだ」
キルアさん逆に不自然に見えますよ……
空はだいぶ明るさを取り戻しつつある。 この瓦礫だらけの屋敷に朝日が降り注いでいく。
「もうこんな時間になってしまいましたね、フェン様一旦屋敷に戻りましょう」
「……」
「フェン様?」
「ああ、彼女は【能力】の後遺症で聴力を一時的に失っているんだ」
不安げな視線で私とマクミランの顔を眺めるフェン。
それもそのはずだ。 フェンにしてれば音のない世界、私達が何を話しているのかさえわからないのだから。
「【能力】が判明したんですね…… 彼女は自分の能力がわからないことを酷く嘆いていましたから。 よろしければ貴方方も屋敷へいらしてください。 フェン様にとっては命の恩人でもあるお方、ネア様も是非お会いしたいと仰っています。 精一杯のもてなしをさせて頂きたい」
マクミランは女王の秘書であると言った。
この謁見はアルテアの民にとっての希望なのではないだろうか。
だが、ドルイドの前例もある。 私一人の意見を鵜呑みにしてはいけない。
「少し仲間と話をしてきてもいいでしょうか」
「ええ、もちろんです」
すっとフェンとマクミランから距離を取り、デニーとキルアさんを呼ぶ。
「どうしたのだアリア殿、素直についていけばいいものを」
キルアさんは不思議そうな顔で眉を顰める。
「どうしても迷いが生まれてしまって。 この選択は正しいのか、間違っているのかどうかが自信が持てない」
「信用できる人物かどうかか、あまりにも私達にとって都合がいい条件だからな」
デニーはヘルム越しから横目でマクミランを眺める。
フェンのあの様子から悪い人物ではなさそうなのが伺えるが、あくまでもそう見えるだけだ。
「リーゼアの女王に謁見ができれば、本来の目的であるアルテアの民たちを安全な場所へ住まわせることが出来るかもしれない」
現在は借りた大型船をリーゼアの港へ停泊している状態だ。 ガイアスさんが言うには食料の在庫もそろそろ不味い状況と聞いている。
もはや何が正しいのかわからないが、メルアーデの冒険者組合の書状によってアルテアの住民達は入国はできないが停泊は認められている。
本来ならば喜んで飛びつくべき話なのだが……
「だが、間違えば再びアルテアの民には迷惑が掛かることになってしまう」
そう、ひとたび間違えれば何百の住人が飢えて死ぬことになる。 それだけは避けなければ。
私の一存だけでは決めれない。
「ふぅ、今の姿、姫様が見たらなんて言うと思う?」
キルアさんがため息を吐きながら私の目を見て答える。
「『らしくないですよ。 アリア様はアリア様らしく進めばいいんです。 それがたとえ間違っていても私達がなんとかします』っていうに決まっています。 託したのは私達なんですから」
「似てないぞ」
「う、煩いなぁ」
デニーが突っ込むとキルアさんは照れたように笑う。
シェリアが私達の前から去って半年、いったい今はどこで何をしているのだろうか。
「ははっ、ありがとう二人とも。 私は彼の話を信じようと思うよ。 また間違えてしまったら助けてくれるかい?」
キルアさんはその大きな胸を張り、デニーはハンズアップする。
「「もちろんだ」とも」
ゆっくりと進む。 私達は一歩一歩たしかに踏み出したのだ。
「マクミランさん。 是非私達もご同行させて頂きたいです」
「わかりました」
マクミランさんは頷くと徐に手を口元へと当てて口笛を吹く。
甲高い綺麗な音が辺りに響き渡るとすぐにいくつかの音が聞こえ始める。
この音は蹄の音だ。
「ブルルル……」
壊れた屋敷を後にするとそこには二台分の馬車と一頭の竜車が到着していた。
あまりの早業に思わず開いた口が塞がらない。
「こんなこともあろうかと用意しておきました」
それにしても馬車はわかるが、ギガントが乗れる竜車まで用意してるとは……
「冗談ですよ。 あらかじめ馬車の用意はしていましたが竜車は今しがた知り合いの所にシーレスで連絡を飛ばしていたんですよ」
「だからこんなに手際がよかったのか」
「お待たせするわけにはいきませんので」
しかし、やはり王族の指定だからなのか馬車も竜車も一級品の物ばかりだ。
ちなみに竜車だけは地上を走らず、その大きさから空を飛ぶのだ。
「では、行きましょうか、治療の方は馬車の中で行いますので」
高級感溢れる鋼木を使用した馬車へとマクミランは乗り込んでいく。
「凄い事になってしまったな……」
「デニーが乗れるほどの竜車なんて存在するんだな、初めて見たかもしれん」
キルアさんは見上げる程大きな竜車を見上げ、恐る恐るという風に馬車の中へと乗り込んでいく。
全員が乗り込み、走り出した頃には青い街並みは朝日を浴びて輝いていた。




