狂気の屋敷
アリア視点です
見上げれば私達を安全な位置から見下ろす人物。
二階席の金の装飾が施されたテラスに手を置き、そこだけにまるで光を当てたかのように照らし出され男はクスリと笑う。
あの張り付いたような笑みには覚えがある。
「ドルイド=アンダーソン……」
かつてガルディアにおけるセーブザガーディアンの商業統括の地位に付き、ガルディアの経済の中心に居た人物。
そんな人物が何故このような場所にいるのか、言われなくとも少し考えればわかることであった。
「やぁ、会うのは久しぶりじゃないか、アリア=シュタイン。 君の活躍の噂はアルテア大陸を超えたところでも実に有名だったよ。 アルテアの英雄と呼ばれる程にねぇ」
ドルイドは大仰な仕草で大きく笑う。
まるで全て知っていたかのような口ぶり。
その細い瞳が私を捕らえると、すっと表情が元へと戻る。
きっとあの表情がドルイドの本来の顔なのだろう。
「まだ置かれている状況がわからないかい? 君が居るとこれからの計画に支障をきたすんだよ。 それに好都合な事にリーゼアの勇者まで揃っているんだからこれが笑わずにいられないだろ?」
ちらりと左へと視線を向ける。
そこにはこの状況に怯え、体を震えさせている少女の姿。
メアン族にはない特徴、一目会った時から違和感があったのだ。
「君がリーゼアの勇者なのか…… なるほど、だから……」
勇者。 それは百人を超える軍を壊滅させるだけの力を持ち、その【能力】は地形をも変化させるという。
私達とは違う存在である異世界人。 彼女がオクムラやマーキスさんと同じくする三人目の異世界人か。
周囲を囲む異形の者達は言いつけを守っているのか襲ってくる気配は今のところは無い。
だが、まるで私達は檻に放り込まれた餌ということだろう。
「ああ、助けを求めても女王は来ないぞ? 場所が違うからね。 招待状を送ったのはその為、まさかこんなに上手くいくとは…… 君達は実に運が悪い」
全て最初からここに来るように誘導されていた。
私達の進行を妨げるように…… デニーの言っていたことが間違いではなかった……
あまりにも偶然過ぎるメアン族の襲撃。 全てが繋がっているのだとすればどこから知っていたのだというのだろう。
かつてガルディアに居た際に私を狙った刺客はセーブザガーディアンを出てからすぐのことだった。
「そうか、やはりあの時に感じた違和感は間違いではなかったのだな。 お前もまたアルバランの部下の一人か」
「ふははは、今更わかったところでもう遅い。 精々僕の踏み台となってくれ」
ドルイドが指を鳴らすと待機状態であった異形の者達は、腹をすかせた猛獣のような唸り声を上げ、じりじりとその円を狭め始める。
数はざっと見て百はくだらないだろう。 おそらくだがこの晩餐会に出席していた者の全てが私達の敵であることには間違いない。
「動けますか…… 直に私の仲間が来ます。 それまでの辛抱です」
精神的にまずいのは彼女だ。 おそらくこの様子だと戦闘経験は少ないと思う。
落ち着かせるために言った言葉だが、わたしとしても助けが来るかどうかは賭けでしかない。
ここに行くことはあらかじめ伝えてはいるものの、確証は持てない。
この大陸ではシーレスが使えない為だ。
本来であれば通信手段として一定距離にデニーやキルアさんに連絡を行うのが一般的なのだが、リーゼア大陸に到着後そういった、マジックアイテムは軒並み使用不可となってしまった。
マジックアイテムの発祥の地だけあってそういうのは徹底しているのだろう。
次元収納から剣と盾を取り出していく。
この数、そして彼女を守りながら戦うこの状況は非常にまずいがやるしかないだろう。
周囲から人ならざる者の叫び声が反響する。
まるでお互いを共鳴し合うかのように人だったものまで次々と魔物のような姿へと変わっていく。
鋭利な爪を振りかざし魔物はすぐに武器を持たない彼女へと振りかざす。
金属同士がぶつかるような甲高い音が響き渡る。
すぐに身を翻し、彼女へと迫っていた爪を盾で払いのけると、それを合図に一斉に魔物達は私達へと襲い掛かろうと迫る。
切り払い、吹き飛ばしてもその穴を埋めるように距離を詰める。
数があまりにも多すぎるのだ。
「ダーク!!」
闇が私の体を通り抜けるように背後へと広がる。
闇魔法!? 後ろか!?
咄嗟に屈むと鋭利な爪が仲間諸共引き裂いていく。
初期魔法ダークはたしか視界を盲目にさせるんだったか。
「ありがとう」
「い、いえ…… まだ来ます!」
まるで邪魔だと言わんばかりに後続に控えていた魔物が盲目になった魔物を切り裂き、我先に餌にありつこうと迫る。
涎をまき散らし、奇声を上げる姿はまるで肉食獣そのもの。
「キリがないな…… っぐぅ!?」
「アリアさん!?」
「大丈夫…… 掠っただけだよ」
数が多いという事はそれだけ手数が多いという事に違いはない。
私が剣を振り切り伏せる間にどうしても避けれない攻撃が出てきてしまう。
「ふはは、防戦一方じゃないか。 所詮脅威ではなかったか、アルバラン様も何故このような奴を泳がせているのか…… まぁいいでしょう。 終わらせなさい」
ドルイドが声を掛けるとそれまで緩慢だった魔物の動きが見違えるほどよくなっていることがわかる。
まるで一人一人に意思があるかのような。
「くそっ! まだなのか……」
仲間が駆けつける音は聞こえない。
もしかすれば阻害魔法により場所がわからない可能性もあるか……
まずいのはその全ての魔物が数を減らすために彼女を先に消すという選択をしたためだ。
薙ぎ払い、彼女へ手を伸ばす。
間に合わな……
【来ないで】
彼女の叫びは衝撃を生み、魔物を弾き飛ばしていく。




