side フェン・リージュン ~晩餐会2~
金色の装飾の施された扉が開いていく。
扉を開けているのは二人の黒いスーツのメアン族の男性。
統率された動きで深くお辞儀をして次々と貴族達を中へと通していく。
「ようこそいらっしゃいました。 招待状を確認させて頂きます」
すっと通ろうとした時に呼び止められる。
あの人達はよかったのに何故私だけ?
そういう疑問はすぐに浮かんだが、後ろも詰まってきているこの状況でその思いはすぐに離散する。
小さめの手提げ鞄から招待状の手紙を取り出し、スーツ姿のメアン族男性へと手渡す。
隅々まで眺めたのちに男性は頷くと朗らかな笑みを浮かべる。
「フェン・リージュン様ですね。 どうか今宵は楽しんでいってください」
「あ、はい。 ありがとうございます」
すっと体を邪魔にならないように避けて道を譲るメアン族の男性に軽く会釈をして扉を潜る。
あの時の舞踏会とはまた違った雰囲気に思わず息を呑む。
中央には華やかに踊る貴族達。 それを囲むように人だかりはできており、周囲には丸い円形のテーブルがいくつも並べられ料理人たちは自慢の料理を奮っている。
ここまで料理のいい匂いが漂い、可愛らしい私のお腹の虫も鳴き始める。
そういえば今日はまだ何も食べていなかった……
トリシアさん達と魔法適正をすることで頭がいっぱいでお腹が空いている事さえも忘れていたのだ。
昔よりも食生活が改善されたことによって普通にお腹もすくようになったから、今のお腹の音が誰かに聞かれていないか不安に思ってしまう。
ムードのある音楽が響き渡り、中央は大層盛り上がっているようだ。
ここに置いてあるのは自由に使っていいってマクミラン様も言っていたよね。
テーブルに置いてあるお皿を手に取り、料理が並べられているブースへと足を運ぶ。
そこにはありとあらゆる贅をふんだんに使用した色とりどりの料理が並べられている。
香ばしい香り漂う脂ののったステーキは料理人の手によって綺麗に切り分けられていく。
目の前で調理される光景に思わず目が釘付けとなる。
「お一つ如何ですか?」
「い、いただきます」
丁寧に乗せられていく一口に切られたお肉。 思わず喉の奥から染み出る唾液を飲み込み、さらなる料理を求める。
次のブースでは炎を操り、鍋に次々と食材が入っていく。
まるでサーカスのような光景。 魔法を駆使し、パフォーマンスをする料理人もいるとマクミラン様から聞いていたけどもここまでだと拍手を送りたくなってしまう。
空中で切り分けられる食材を風魔法で運び、宙に浮く高温の脂の中へと踊るように次々入って、皿に盛られて並んでいく姿。
思わず感嘆の声が漏れるのも頷ける。
これも、もらっていこう。
次第に心が弾むのが自分でもわかる。
前回の舞踏会では緊張と不安でそんな余裕など生まれなかった。
だけど今回はそんな緊張もなく料理を楽しめている。
薄く切られた中がほんのり赤い柔らかいお肉を一口口に運ぶと、まるでとろけてしまうようなその味に舌鼓をうつ。
思わず顔がにやけてしまう。
この世界の料理は考えられないほど美味しい事はわかっていたが、これは最上級の味だと言っても過言ではない。
その味を確かめるようにゆっくりと咀嚼し、飲み込む。
「おいし……」
胃が満たされていくことへの喜びを感じ、フォークを握る手は次の料理へとむかう。
瞳を閉じて思う。 ああ、これが幸せということなのだろうと。
一通り満足したところで周囲を見渡す。
そういえばトリシアさんやネア様は一体どこにいるのだろう。
豪華なシャンデリアに照らされ、会場の人達は賑やかに楽しんでいる。
その人ごみをかき分け進んでいく。
「あ、ごめんなさい」
「ぐっ!?」
突然横から出て来た男性とぶつかってしまう。
身長の高い私ではあるが突然であれば避けようのない事もある。
男性の方へ眼を向けると、どうやら手に持っていたお酒を自分にかけてしまったようで、白いスーツには少し染みが出来てしまっていた。
やってしまった。
「おいおい。 どこに目をつけてるんだ!? あーあーこんなに汚しやがってよ」
「す、すみません!!」
なんたる失態。 ネア様を見つける依然に自分が騒動を起こすなんて。
男はハンカチで拭ってはいるもののその汚れは落ちそうにない。
「ったく。 どうしてくれんのかなぁお嬢ちゃん。 こりゃあ弁償だな」
「べ、弁償……」
周囲が私から離れるように空間が広がっていく。
その視線は私を厄介の種だと認識した証拠。 わかっているここでは誰も助けてはくれない。
男はニヤついた笑みを浮かべこちらへ歩み寄る。
「なぁに俺も一貴族の端くれさ、大事にしようってわけじゃない。 ただ一晩俺と過ごしてくれればいいからよ。 よく見れば随分器量がいいじゃねぇか」
「そ、それで許してくれるのですか?」
「ああ、もちろんだとも。 俺は懐が深い男だ。 一晩過ごしてくれりゃ水に流すってもんだぜ」
こんな場所でネア様のお手を煩わせるわけにはいかない。
「で、でしたら……」
すっと私の視線や言葉を遮るように一人の私よりも背の高い青年が私の前に立ちふさがる。
その青年は金色の長い髪を後ろで一つに結んでおり、気品のあるスーツに身を包んでいる。
「あ!? なんだよお前は」
「彼女は私の連れですので、あまりそういう事は御遠慮願います。 服をお汚ししてしまったのですね、ならばこれで」
すっとその男性はスーツのポケットからお金を取り出すと厳ついメアン族の男へと手渡す。
「はぁ!? なにしてくれてんだよ」
「洗浄費ですが、十分に足りると思います。 皆が見てる前ですがまだ何かありますでしょうか?」
周囲の視線は自然にその男へと向けられる。
「チッ、わーったよ」
ぶっきらぼうにお金を受け取るとメアン族の男はそのまま人ごみに紛れるように去っていく。
まるで興味を無くした様に周囲は再び歓談に包まれる。
問題事から回避でき、思わず強張った息が漏れる。
「あの、ありがとうございました」
くるりと振り返る短い角の青年は穏やかな笑みを浮かべる。
その顔はまるで女性のようで思わずその笑顔に心が揺れる。
「何事もなくてよかったです。 あの人はきっと当たり屋でしょう。 私も気をつけて見ていましたから間違いありません」
「当たり屋ですか?」
「ええ。 あの人は貴方に自分からぶつかりに行ったのですよ。 それにしてもこんな貴族の晩餐会にまであんな人がいるとは思ってませんでしたが」
金色の長い髪が証明に照らされきらきらと輝く。
この世界に美形は数多くいるとはおもったけど、この人のように中性的な顔立ちは初めての経験。
マクミラン様のような雰囲気がある。
壮大な音楽が響き渡る。
何事かと思い周囲を見渡せば皆が二人組を作り踊りだしているではないか。
「踊っていないと不審に思われてしまいます。 お手を拝借してもいいでしょうか?」
「あ、はい」
もはやなすが儘の事態に思わず顔が赤くなる。
これでは緊張していたけどきちんとやれていた前回の方がまだマシだった。
音楽のリズムに合わせてステップを踏む。
手を取り、踊り始めると私に合わせるように誘導してくれる。
とても上手な方だ。 まるでマクミラン様と踊っているかのような安心感がある。
「それにしても…… 貴方はメアン族ではないのですね」
「えっ!?」
こういった場に行くときは必ずメアン族特有である角をつける。
何故ならばこのリーゼアの大陸に住むメアン族は同族以外を嫌悪する傾向が強い為だ。
そして例外なくこの晩餐会にはメアン族しか出席していない。
かくいう私も忘れずに角をつけているのだが、この人は私の角が偽物だとすぐに見破ってしまった。
すぐに警戒の色を強めたが、この人の表情からは嫌な感情が見えてこない。
いったいどうして!?
「あの、貴方はいったい?」
「私の名はアリア。 私も貴方と同じメアン族ではありません」




