side フェン・リージュン ~晩餐会1~
流れる雫はまるでゆっくりと落ちていくようでじんわりと温まる体温を確かに感じていた。
少し気だるげな腕を動かしシャワーのノズルに手を添えるとお湯が止まる。
ぽたりぽたりと黒髪から流れ落ちる雫を絞るとシャワールームから出る。
仄かな風が心地よい。
体を拭き髪を乾かすと一番の問題にぶち当たる。
さて…… 何を今日は着たらいいのだろう。
とりあえずベットに無造作に置いたドレス三着を眺め、思案する。
貴族達が集まる晩餐会だし…… 落ち着いたブラウンがいいのかな……
印象に残った方がいいとネア様はいうし…… ここは強気に赤いドレス……
でも、赤は前回着たから…… 今回は黒にしよう。
手に取ったのは黒のロングドレス。
落ち着いた雰囲気もあるし、それに高級感もあるような気がする。
袖を通し、そこで部屋のドアが軽くノックされる。
「あ、少し待ってください」
こんな時間に一体誰だろう。
髪を手早く結い、履きなれた赤いハイヒールを履くとゆっくりと扉を開ける。
少し開けた扉の前に立つのは執事姿の高齢のメアン族。
「えっと、私になにか御用でしょうか?」
見知らぬ人の訪問に少し体が強張る。
執事のような白い髭を生やしたメアン族の男性は優し気な笑みを浮かべ答える。
「いやはや、ネア様から聞いてはおりませんでしたか? 本日御者を務めますロドニーという者です。 お迎えに参りましたフェン様」
そうか、きっと私が道に迷うと思って気を利かせてくれたのかもしれない。
実際にまだゼアル都市の中は自由に歩いたことはなかったし。
いつも誰かが案内してくれて……
「そうなんですね。 今日はお世話になります」
「馬車は下に停めておりますので、準備の方はよろしいですかな?」
特に持って行く物もないしなぁ……
「はい。 大丈夫です」
「では、行きましょうか」
■ ■ ■ ■
揺れる景色、街は街灯の灯りが優しく路面を照らす。
車輪の回る音、馬の蹄が石畳の路面を蹴る音。
私にはあまりにも珍しくて耳を澄まして聞き入ってしまう。
馬車は街の中を通り抜け、貴族街と呼ばれる所へと入っていく。
「ロドニーさんは参加しないのですか?」
「私ももう少し若ければ参加したのですがねぇ」
手綱を握るロドニーさんは朗らかに笑う。
今日はリーゼアにおける貴族が全て集まるという大きなパーティだ。
ロドニーさんもその服装から誰かの執事なんじゃないかと思ったけど違ったみたい。
「もう間もなく目的地です」
馬車を走らせてそんなに経っていないように感じたけども、色々景色を見ながらだったからあっという間に感じてしまった。
大きな門を潜り抜け、坂を駆け上がっていく。
歩いて屋敷へと向かっている人も見れば、私と同じように馬車を使ってくる人も多い様に見られた。
「お疲れ様です。 ご到着いたしました」
「ありがとうございます」
馬車から降りると目前には大きな屋敷が聳え立つ。
周囲には明るいほどに街灯が辺りを照らし、まるで昼間のような賑やかさだ。
集った人々は皆会話が弾んでいるようでこちらに見向きもしない。
これは好都合。
あまりそういった話は得意じゃないもの、今のうちに早く中へ入らなきゃ。
もう半年前のように危なっかしい歩き方ではなく、今は自信を持って歩ける。
これもマクミラン様の特訓の成果だ。
そういえば今日はマクミラン様やネア様には会っていない。
もう中に居るのかな?
私が一歩足を踏み出すと嫌な視線が私を舐めるように襲う。
どこからということまではわからないけど、この視線は前にもあったので慣れている。
ゆっくりと歩みを進め、その大きな玄関を潜り抜ける。
そこはまるで別世界であった。
煌びやかな調度品。 豪華なシャンデリアに雰囲気のある音楽が流れている。 周りを見渡しても高価そうな服に身を包んだ人達ばかりだ。
少しだけ緊張するけど、私も今日は頑張らなくちゃ。
貴族達の社交場へと一歩踏み出したのであった。




