side カナリア=ファンネル ~フェンの過去~
ポツリと零した言葉。 今の彼女の姿からは考えもつかないような壮絶な過去。
そうか、トラウマの原因はここにきっとあるのね。
見た目よりも幼い精神、高い闇魔法の適正。
虐待…… か。
「思い出したくないのなら、無理に思い出そうとしなくてもいいんですよ?」
トリシアさんは不安そうな声音でフェンさんへと手を伸ばす。
「いえ、もう私だけ立ち止まるわけにはいきませんから……」
先程よりも明らかに顔色の悪いフェンさんは、トリシアさんの手をそっと払いのけると話し始める。
「あれは…… 私が六歳の頃、両親が離婚してから私の世界は変わりました。 母親と呼ばれる者は狂ったように暴力的になり、私を外へ出さないように部屋に閉じ込めたんです。 髪を引きちぎり、殴る蹴るは日常茶飯事、食べる物もほとんどゴミのような汚いものを食べるしかありませんでした」
……かける言葉が見つからない。
ここまで酷い生い立ちは初めてかもしれない。
「鎖に繋がれ、自分で死ぬこともできず、地獄のような日々を過ごしていたんです。 朝も昼も夜も薄汚いカーテンに阻まれ、時間の感覚もわからず、最後は水すらも飲めな…… くて……」
嗚咽を漏らしながら、フェンさんは涙ながらに答える。
「わ、私はきっと嫌われていたんです。 ひっ、いつも『お前がいるせいで』、『許さないから』と言われて…… いましたから。 死ぬことも許してもらえず……殺してもくれなかった。 最後に覚えて…… いるのは吐瀉物に汚れた床と割れた…… 鏡…… そこに…… 映っ」
「もう、その辺にしましょう。 もう十分よ。 ここには貴方を責める人はいないわ」
体を震わせ、過呼吸になりつつあるフェンさんの背を優しく撫でる。
この闇はあまりにも深い。
「ひっ、ご、ごめん…… なさい」
「謝らなくていいのよ、ありがとう辛い過去を話してくれて……」
この情報から【能力】を探り当てるのはあまりにも酷ではないだろうか。
それにしても【能力】か…… いったい誰が与えているというの……
「彼女の過去は痛みそのもの。 【能力】はきっとそのどれかに当てはまるのは間違いないと思う」
痛み…… か。
「でも今日はこれ以上は止めときましょう」
これ以上心の傷を抉るような真似はあまりにもできない。
「闇魔法のデータは取れたから【能力】はゆっくり調べましょうか。 焦らなくても今は大丈夫ですから」
「は、はい」
今は魔法適正がわかっただけでも十分な成果だ。
「そういえば、今夜がパーティらしいわね」
今はできるだけ話題を変えたほうがいいわね。
「そういえばそうだったな。 フェンさんも参加されるんですか?」
「は、はい。 私の方にも招待状が届いていましたので」
フェンさんはポケットから一枚の手紙を取り出した。
あれが招待状なのだろう。
「前は緊張してなかなか上手くいかなかったけど、今なら上手くいけると思います」
「上手く?」
「あ、いえ…… 少し楽しみなだけです」
人付き合いあたりかしら……
まだ時間は十分にある。
「それまでは闇魔法の扱い方を覚えましょうか」
「はい」




