水面下
【ガルド大陸 首都ガルディア 王宮】
窓辺に映る夕日は街をオレンジ色に染め上げ、間もなく夜の訪れを告げるのだろう。
飛び立つ鳥もおそらくは帰りを待つ自分の家へと帰るはずだ。
「いつの世も変わらぬな……」
そう吐き出すようにポツリと零し、黒のフルプレートに身を包んだ長身の騎士はそっと窓辺から離れる。
彼にはこれからまだ行くところがある。
ユーアール=ガルブエリは窓辺から射す夕日を浴びながら、早足で王宮の廊下を進む。
硬質な床はカツカツという足音と鎧が擦れる音が静かな廊下に響かせる。
辿り着いたのは王宮の一室。
ユーアールは軽くノックを二回叩くとすぐに中へと入った。
「入るぞ」
部屋の中の主は、大きなベットの上に寝そべるだらしのない半裸の状態の美女であった。
突然の来訪者に驚きもせず、その金色の長い髪の美女は気だるげに体を起こす。
「あらぁ…… 随分とせっかちさんねぇ、普通こちらが返事してから入るものでしょう? 乙女の準備ってものがあるのよ?」
「エイシャが乙女…… な」
ユーアールはフンと鼻で笑うと近くにあった椅子にドカリと腰を下ろす。
「ふぁ…… 失礼ねぇ…… 昔は貴方も夢中になってたじゃない」
くすくすと口元を隠すようにエイシャは笑う。
「昔の話だ。 それで、ドルイドとかいう小僧の使いに行って来たのだろう?」
「……ええ、そうよ」
ぱちんとエイシャが指を鳴らすと見る見るうちにエイシャの姿が変わり始める。
背丈も変わり、その姿は少年のメアン族へと姿を変える。
髪は金色の短い髪、服装は小綺麗な高価そうな衣服だ。
エイシャの変身の能力は自由自在。 他の変身技術を遥かに凌ぐ。
細部まで変化し、スライム種のような綻びすら見られない。
声帯も変化し、まず変わったことに気づくものなどほとんどいないのだから。
「あー、そうそう、たしかこの人物はフルスクとか言ってたな。 弱小貴族の一端を担っているメアン族らしく、ドルイドが言うには今回の鍵になる人物らしいぞ。 奴らは疑う事もせずリーゼアへと渡ってくれたよ」
エイシャの声は先程とは全く違う男の声。
再びぱちんと指を鳴らすと変身は解け、今度は髪の毛をアップにした花魁のような金髪の女性の姿へと変わる。
この姿こそがエイシャがお気に入りとしている姿なのだ。
「フハハ、珍しいものだな、エイシャがあの小僧の言う通りに動くとは」
ユーアールは座ったまま、手を叩きながら笑う。
「今回はたまたま利害が一致したまでよ。 まぁその程度で潰れるようじゃ実力もたかが知れてるけども」
「フハハ、なぁに奴はそれすらも乗り越えてくるだろうて」
「相変わらずの自信家ね、それで私のところに来たのは何か欲しいものがあるからかしら? 私の分身? ウフフ、それとも私の体?」
にやりと顔を歪めてエイシャは笑う。
「お主の方が自信家じゃろうて、女狐の体になんぞ用は無い、その分身を借り受けたくてな」
「あら、残念。 たまには快楽に溺れるのもいいとは思うけれど。 それで、何体必要なの?」
「二体ほどいれば十分だのう」
エイシャはすっと立ち上がり自分から生えている八本の尾を眺めると徐に二本掴み引き抜いた。
その引き抜いた二本の尾は床へ落ちると瞬く間に人型へと変わり、あっという間に二人の男女のヒューマンとなった。
「「ご命令を」」
「彼の指示に従いなさい」
「「はい」」
一人は茶髪の短い髪、屈強そうな肉体を持ち、中級冒険者のような風貌をしている。
もう一人は茶髪の髪に外はねしたセミロング、どこにでもいそうな商人の女性の姿をしている。
「姿はこれでよかった? 適当に決めてしまったのだけれど」
「かまわん。 しばらくの間借りるぞ」
「ええ。 私の方はしばらく目立った動きはないからしばらくは返さなくていいわよ」
「それは助かる。 あの小僧の肩入れはもうせんのか?」
エイシャは大きなため息を吐きながらベットへ腰掛ける。
「もう十分でしょう? アルバラン様から【能力】を頂いた事で少し自信過剰になっているみたいだけど、そこまでは面倒みきれないわ」
「手に余る力を得ても使いこなせなければ所詮只のガラクタと同じよのう」
椅子からユーアールは立ち上がると、二人のヒューマンを引き連れ扉へと向かう。
「あまり雑に扱わないでよ?」
「フハハ、保証しかねるな」
扉を押しのけエイシャの部屋をユーアールは後にする。
未だ策略は巡り、戦火の灯はくすぶるように広がる。




