side フェン・リージュン ~来訪者~
「入ってきてくれ」
そうシュラさんは声を掛けると後ろの扉がゆっくりと開いていく。
視線は集まり、密閉した室内に冷たい風が流れ込んでいく。
「失礼致します」
深く頭を下げて入って来たのは緑色の髪をポニーテールにした黒い眼鏡をかけた身長の高い女性。
わずかにだが耳が長く、角が無い事からメアン族ではないことが伺える。
その姿はシュラさんと同じような、だが少し違う騎士鎧姿。
その姿を見たヴァリエルムと呼ばれた大臣は烈火のごとく怒り狂う。
「これは何事だ!! なぜ国の中枢が集まるこの場に敵国であるエルフを連れて来た!!」
興奮冷めやらぬようで、テーブルの上に置いてあった水入りの瓶が勢いよく倒れる。
私にもこれは理解できる。 鎖国をしている国の中枢に敵国である人物が入り込んでしまったのだ。
不味いどころの騒ぎではないのだろう。
その人物をこの場に呼んだ張本人であるシュラさんは落ち着き払った声音で告げる。
「ヴァリエルム殿、少々落ち着いてくだされ」
「これがッ! 落ち着いていられるかッ!!」
唾を飛ばし、尚も顔を真っ赤にして怒り狂う姿を目の当たりにすると思わず昔の事を思い出しそうになる。
若干の気持ち悪さを抱えながらも、何もできずにいる私は黙って様子を見守る。
「まずは紹介いたしましょう。 彼女はガルド大陸首都ガルディアにおけるブレインガーディアンという騎士団の元騎士団長トリシア=カスタールさんだ」
ぺこりと深くお辞儀をするトリシア=カスタールと呼ばれた女性は眼鏡を指で押し上げ、落ち着いた声音で話し始める。
「紹介いただきましたトリシア=カスタールと申します。 この度は突然の訪問を許していただき誠にありがとうございます。 まずは私達は貴方方に敵対しないことをここに誓います」
すっと鎧の懐から書類を取り出し、テーブルの上に広げる。
「会話ではどんなに言ったところで信用できないのは無理もありません。 ですからこうして書面にて誓約を交わします」
シュラさんはフォローするかのように会話を繋ぐ。
「この書面はネア=ショック=リーゼア様の名の元正式に交わされるもの、違えれば貴方の命を対価として貰い受ける魔法術式を用います。 異論はあるか?」
「ありません」
先程と変わらぬ落ち着いた態度でトリシア=カスタールは書面にサインしていく。
「ネア様、確認を」
「うむ」
シュラさんが書き終わった書面をネア様に手渡す。
しっかりと目を通し、ネア様は深く頷く。
「誓約は成立致しました。 これより彼女は私達に手出しは一切できません」
薄い光が書面から溢れ、トリシアさんの体に染みるように入り込んでいく。
これもまたマジックアイテムというものの効果なのかもしれない。
「だからなんじゃというんだ! よりにもよって王のいる前まで連れてくるとは。 王女よ! 王女はこのことを知っていたのですか!?」
「ああ、知っておったよ。 儂には【龍眼】もある。 ここに来ることは理解しておった」
「ぐぬぅ! 貴方が今何を言ってるかわかりますか!? 貴方はみすみす危険分子である敵国の人間を国の中に招き入れた事に違いはないのですぞ!!」
「話は最後まで聞いて頂きたいヴァリエルム殿」
シュラさんが話を遮り、トリシアさんに振る。
「私達はかつて王国の守衛騎士として身を置いていました。 だが、ある日野心に燃えたアルバラン=シュタインに国を奪われ、私達は必死に追手から逃げ、この大陸まで逃げ延びて来たのです」
悲痛な表情を浮かべるトリシアさん。
その表情は私には嘘をついている表情には見えなかった。
人の表情の機敏には人一倍わかるこの私に嘘は無意味。
だからこそ、その言葉は真実だといえるのだ。
「アルバラン=シュタインは非道であり、手段を選びません。 数々のガルド大陸の村も殲滅までするほどの徹底ぶり、彼の国をこのまま放置することはあまりにも危険すぎます! このままでは世界をも征服する勢いです。 そのような事は決して許すわけにはいきません! 少ない人数ではありますが同じ敵を倒す者としてご助力させて頂きたい」
「ヴァリエルム殿、彼女はドラゴニア族生き残りである管理者のフォルスの愛弟子だ」
「なに!? お主がか」
「はい。 フォルスからはドラゴニア族秘伝の【龍撃】も教わっています」
「【龍撃】使いか…… 」
【龍撃】とは何なのかよくわからないけど、今の話を聞いてヴァリエルムさんは考えを改めているようだ。
先程までの怒りは収まり、深く椅子にもたれ掛かる。
ひとまずはトリシアさんがこの場に留まる事を認めたのだろう。
すっと手を上げ会話に混ざりこんだのは高齢のメアン族、ロンベル=フォクシーと呼ばれた方だ。
「マクミラン殿、リーゼアには【龍撃】を使える者は何人程おられるので?」
「王女様と私、シュラ殿とモルファ殿を含め、四人ですね」
それだけ【龍撃】を扱える人は少ないという事。
でも、それが何を意味するのかまだ私にはわからない。
「戦力増加には申し分はないかと。 そして、南大陸で今まさにフォルスが新たな【龍撃】使いを指導しております」
「ほう。 悪くはないな…… 少なくともそこに座っているだけの勇者よりは約に立ちそうだ」
びくりと体が震える。
視線が私へと集まる。
私は…… この場所に居てもいいのだろうか……
「そうでしたか。 貴方がリーゼアの勇者なのですね」
私の元へと歩み寄り片膝をつき深く頭を下げるトリシアさん。
「い、いや、あってますけど、頭を上げてください!! 私なんてただのお飾りみたいなものですし…… あはは……」
周囲の視線が痛いほど刺さる。
もう泣きそうだ。 服の裾をぎゅっと掴む。 そうしていないと我慢ができないから……
トリシアさんはすっと私の手を取り微笑む。
「そんなことはありませんよ。 まだ【能力】がわかっていないのはシュラ殿から伺っております。 私ならばもしかしたら貴方の力になれるかもしれません」
「え?」
「私も【能力者】ですから」
周囲が息を呑むのがわかる。
静寂が広がる。
その静寂を破ったのは大臣の中で唯一の女性であるモリオステラ=アルテミラと呼ばれる女性。
引きつった笑みを浮かべ、震える声で話し始める。
「あ、貴方…… 【龍撃】使いのうえに【能力者】でもあるの!?」
思わずきょろきょろと二人を見比べてしまう。
どういう事!? 【能力】は異世界人しか使えないはずじゃ……
「本来であれば隠す方がいいのでしょうね。 軍にも一人で戦い勝てるほどの【能力】を保有している事が広まれば命が狙われるでしょうから。 ですがもう私はここから先は隠す必要は既にないと思っています。 貴方達は知っていますか? アルバラン=シュタインは複数の【能力】を保有する【能力者】であることを」
がたりと周囲が騒然とする。
トリシアさんがもたらした情報はそれだけ大きいという事だ。
「なんじゃと…… 複数の【能力】を使うなど…… そんな馬鹿な……」
これにはネア様も驚きの色を隠せないようだ。
頭を抱え、顔色が悪い。
「ネア様…… 大丈夫ですか?」
マクミラン様が慌ててネア様のいつもとは違った姿に困惑する。
「あ、ああ…… 大丈夫じゃ…… しかしどうやら儂らは大きな勘違いをしておった……」
ネア様は青い顔のまま続ける。
「これが真の話ならば、奴は複数の【能力】の譲渡に成功している事となる。 もしかすれば複製も可能かもしれん。 そうなれば次の戦は【能力者】の集団と儂らは戦う事になるぞ!!」
「そんな馬鹿な!! 【能力者】の集団だと!?」
鬼気迫る勢いでネア様は続ける。
「可能性は大いにあり得る。 もはや鎖国などという小さなことを気にする場合ではない。 総力を挙げて臨まぬと瞬く間に滅びるぞ!!!」
必死の叫びに誰もが息を呑む。
王国で最強を誇る王女のこの動揺に誰もが口を開くことができなかった。
すっとその空気を割ったのは長い時間ネア様と共に過ごしたマクミラン様であった。
「これより、緊急軍事対策会議へと移ります」




