口論
生態系が変化していることは今までに何度もあったが、今回のように魔物が戦略を組んで戦いを行う姿は初めてであった。
確実にあの短剣の影響がこの近辺でも反映されているという証拠なのだろう。
「ぐぅう……」
よほど深手を負ってしまったのだろう若いメアン族の男性は痛みに顔を歪めている。
「キルアさん、状態はどうですか?」
治療を行っていたキルアさんは渋い表情に変わる。
「あまりいい状態とはいえないな…… 私も回復魔法が使えるわけではないから応急処置程度しか施せない」
包帯や傷に効果的な薬品を塗ってはいるものの血はじわりじわりと染み出ている。
回復魔法を使える者は数少ない。
それゆえに今ここにシェリアがいないのは致命的であった。
「うぅうう……」
「少し痛むかもしれないが我慢してくれ」
「うぁああああ!!」
包帯をきつく締め、出血を止めるのだが、傷口を直に巻いているためにかなりの痛みを伴う。
キルアさんは少年の傷口に包帯を巻きつけ、手早く動かないように落ちている木で固定していく。
「よし、よく頑張ったな。 あとはなるべく毎日薬を変えて様子をみてくれ、本来であればすぐに医者に見せたほうがいいのだがここから街まではあまりにも遠いからな……」
「は…… はい」
「魔物を退治してくれただけでなく治療まで、なんとお礼を言ったらいいか」
執事風の高齢のメアン族の男性が深々と頭を下げる。
執事風の男性は白髪の短い髪に左右に突き出た角が特徴的、そして綺麗に揃えられた白い髭を生やしている。 その服装からも気品さが溢れており、佇まいは上流貴族そのものである。
この男性が仕えているこの少年こそがメルアーデが言っていた紹介したい貴族の人なのだろう。
だが、なぜこのような場所で魔物に襲われていたのか疑問ではある。
「その、どうしてこのような場所で襲われていたのですか?」
この場所は開けた場所であるものの森の中であり、屋敷からは離れていると思うのだが。
「ええ、実は…… 食材を取りに向かっていた最中だったのです」
執事風の男性が指さす先には無残にも壊れてしまった馬車があった。
「この付近にあの様な魔物など今までいなかったというのに……」
それもこれもあの魔道具【インクリード】の影響なのだろう。それにしても増殖する武器か……
おそらくばらまかれているのはこの大陸だけではないはずだ。
「そうだったのですか…… よければお名前を伺ってもよろしいですか?」
「私はリュークウェン家に使える執事のロドニーという者です。 そしてこの方が十二代目にあられるリュークウェン家当主のフルスク様です」
「はは…… 貴族といっても潰れかけの弱小貴族でしかないですけど……」
苦しそうな笑顔で金色の短い髪のメアン族の少年、フルスクは笑う。
フルスクは目元で切り揃えられた髪に丸い角が規則正しく突き出ている。 服装もおそらくは高価なものらしく煌びやかな刺繍が施されている服だ。
「坊ちゃん……」
何か事情があるのだろうか。 そもそも鎖国気味のメアン族がこの大陸にいること自体が珍しいのだ。
「私たちはオールレリアから来た冒険者【オルタナ】です。 その街に住むSランク冒険者のメルアーデの紹介で今回この場所にやってきたのです」
「メルアーデ!? 懐かしき名前ですな、そうですか…… 今はあやつはそう名乗っているのですな」
ロドニーは顎鬚を触りながら懐かしいものを聞いたような声をあげる。
「して、私共に何用で参ったのでしょうか?」
「はい。 大型船を三隻分お借りしたいのです。 その理由なのですが……」
すっとロドニーは手を私の口元へと持ってくる。 まるでその先は言わなくてもいいということなのだろうか。
「わかりました。 大型船三隻分ですな。 屋敷の下の湾岸に停めてあるのを使ってくだされ」
「い、いいのですか?」
一応メルアーデからは借りれるとは聞いていたがこうもあっさりと貸してくれるとは思わなかった。
思わず訪ねてしまう。
「ええ。 メルアーデの頼みですからな。 それに貴族として最後くらいは誰かの役に立つ仕事をしたいですからな……」
「最後?」
その言葉がやけに引っかかった。
「ロドニー…… 話してあげてくれ」
「はい。 フルスク様の家系、リュークウェン家は存続が危ぶまれています。 一時期は国の重心の一つの貴族であったのですが、ある時に一家は命を狙われこのように別大陸まで逃げ延びなければ生きれませんでした。 今は当主がフルスク様へと変わり、なんとか貴族の地位をわずかに保っているとはいうものの、次に開催される舞踏会に当主であるフルスク様が参加しなければ貴族の地位を剥奪されてしまうのです」
自然に視線はフルスクの負傷した足へと向かう。
「次に開催される舞踏会はいつなのですか?」
「二ヶ月後の予定なのだが……」
フルスクは動かなくなった足をさする。
あれだけの重症の怪我、切断ギリギリといった所をなんとか繋いだだけの状態。
一年…… いやこの怪我ではおそらくもうまともに踊ることすらできないだろう。
「そう…… か……」
それゆえの最後であったのか。
舞踏会は踊れぬ者はでることはできぬ。
これは貴族の中での暗黙のルールになりつつある。
それゆえに貴族はダンスを覚え、踊れて初めて社交場へと踏み出すのだ。
私も昔はそういった場に出るために、ダンスを覚えさせられたものだ。
「ああ、もうこの足では参加することはできない。 二ヶ月後にはまた居住区を変えなければいけないからな……」
暗い表情で顔を歪めるフルスクは自分の代で終わらせるということにかなりの抵抗感を感じているのだろう。 代々続いてきたものを自分の代で終わらせてしまうのだ。 怖いに決まっている。
「フルスク様は…… こういった舞踏会には今まで一度も参加していなかったのですか?」
「あ、ああ。 今回が初顔合わせとなる場であったのだが……」
ならばあれが使える。
「でしたら…… デニー?」
すっと私の前に手をかざしデニーは待ったをかける。
「アリア。 本当にそれは正しい選択か?」
「私はこれしかないと思っている」
「今言おうとしている言葉はなんとなくわかる。 そういうのは自己犠牲って言うんだ。 俺たちの目的はなんだ? そこじゃないだろ」
「ではデニーはただ黙って見てろというのか!?」
「やめないか二人共。 アリアもアリアだ。 何にイラついてるんだ?」
厳しめの口調でキルアさんが静止にかかる。
っつ…… どうして私はつっかかってしまったのか…… どうにも冷静でいられていない…… な。
「あ、ああ。 すまないなデニー」
「いや、気にしないでくれ。 アリア自身がそれで構わないというんだったら止めはしない。 仲間だからな今度は上手くフォローするさ」
「ありがとう。 私は目の前で誰かが困っていたら見捨てはしない。 手を差し伸べて力になってやりたいんだ。 例えそれが自己犠牲だとしてもだよ」
そこだけは変えれない。 変わってはいけないんだ。 変えてしまったら自分が自分じゃなくなってしまうような気がするから……
「そうか……」
「私がフルスク様の代わりとして舞踏会に出席するよ」




