一周年特別編 三話
【ガルディア都市 中央部】
都市の中央部はちょうどお昼過ぎになったこともあり、非常に行き交う人で溢れかえっていた。
人混みをかき分けながら周囲の軒下や排水溝の付近をくまなく探してはいるものの、全くそれらしい影は見当たらない。
そろそろ【けむけむちゃん】を捜索し始めてから六時間が経とうとしていた。
そろそろ皆は何か見つけたりしたかな……
そっと耳元のシーレスに手を当てて通信を試みる。
『聞こえているか? 手掛かりになる様な物をみつけたりした者はいるか?』
少しノイズが混じった音の後に元気なパトラの声が聞こえてくる。
『ちょっと高い所から見ているけどこっちはいないなぁ』
『ちょっとパトラっ、目立ってるから早く降りてきて!! 今すぐにっ!!』
『パトラ…… どこに登っているんだ?』
『うーんとねぇ…… 時計塔かなぁ』
北部にある時計塔はギガント種が建てたガルディアを象徴する建物だ。
高さは都市をぐるりと囲む防壁と同じ高さ、つまり五十メートル程の高さの物に現在登ってるってことか……
『セレスの言うとおりに今すぐ降りるんだ。 体長三十センチ程の小動物はその高さでは逆に見えにくくなるぞ』
『てっとり早いと思ったんだけどなぁ』
『フッ、パトラはあんぽんたんッスねぇ~』
『むぅ、そういうジャスティンはどうなのよ』
『聞いて驚け! もう三匹も捕まえたっすよ!』
……いったいジャスティンは何を捕まえているんだ?
依頼内容は一匹だけだぞ……
『さっきから嬉しそうに持っていたのはそれが理由か…… それ只の汚れたモップの先だぞ』
『!! 嫌だって…… さっきカナン「これが【けむけむちゃん】か」って言ってたじゃないっすか!』
『冗談だったんだぞ……』
『皆さっきの言葉は忘れてほしいっす。 一匹も見つけてないっす……』
『ジャスティンもあんぽんたんだねぇ~』
嬉しそうなパトラの笑い声が聞こえる。
『一回集まって昼休憩にするか。 探していない場所も把握しておきたいからな』
『賛成~』
■ ■ ■ ■ ■ ■
集合したのはガルディアの中央部、中央通りから少し外れた路地の中にある喫茶店だ。
この喫茶店はブレインガーディアンの元騎士の人が経営している喫茶店で、よくブレインガーディアンの騎士達は訪れるのだ。
その理由は騎士割引がある為だ。
金銭的にも余裕のない入ったばかりの騎士達は、この店のマスターから一品無料なんていう破格のサービスもあったりするほどだ。
私も最初の頃はよく連れてこられたものだ。
「やぁ、マスター。 五人だけど席はあるかな?」
「おう、第一部隊! アリアもついに隊長とやらになったんだな、奥の席が空いてるから使ってくれ」
「ありがとう」
マスターは色素の薄い金髪のエルフの四十台程の男性。 もともとはカナリア達の上司に当たる人だったが、遠征先で片足を失ってからは引退して喫茶店を営んでいる。
歩くたびにきしりと床が軋む。 この喫茶店は外観から中身まで木で作られた喫茶店なのだ。
席に着き、ジャスティンは落ち着きなく店内を見渡す。
「隊長の行きつけの店っすか? いいっすねぇ」
「ははは、カルマンさんは行きつけだけども私は違うんだ。 ここは部隊を結成したら必ず皆が訪れる場所なんだよ」
「そうなんですね。 雰囲気も落ち着いていますし、素敵な喫茶店です」
「夜は酒場になってアルコールも提供するんだ。 昼間と違って夜は賑やかになるから驚くよ」
「へぇ~楽しそう」
「今日は部隊結成記念に奢るから色々注文してくれて構わないよ」
「やったぁ!!」
「さすがっす隊長!!」
「いいのですか? 兄様……」
「ああ、今日ぐらいはいいだろう」
不安そうにするセレスに笑いかける。
たまにはこういったものもいい気分転換になるだろう。
「あ、すいません。 店員さん。 これとこれと、これを一つずつ、食後にこれと、これもお願いします」
カナン…… ほんとにそんなに食べるのか?
「ありがとうございます隊長。 これで久しぶりにお腹いっぱいになれます」
「ああ、そうなんだ。 カナンは結構食べるんだね」
「はい!!」
その細い体にそんなに入るのかと疑問が浮かぶ。
「私もいいですか? この食後のデザートから、これとこれと、これもお願いしま~す」
店員さんにパトラが注文する。
パトラは最初からデザートに行くのか……
いや、好きに頼んでいいとは言ったからなぁ……
すっと手を上げて今度はセレスが注文する。
「あの、このオムレツでお願いします」
「可愛い!!」
「へぁ!? パトラっ!?」
セレスは隣に座っていたパトラに抱き着かれる。
突然の行動だったためにセレスの声が裏返ってしまっていた。
「いいのか? もっと他にもあるんだぞ?」
オムレツはこの喫茶店の中でも一番安いメニューの一つだ。
私に気を使って遠慮なんてしなくてもいいのだが……
「……オムレツが好きなんです」
「可愛い!!!」
「ふわぁああ!! ちょ、ちょっとパトラっ離れてっ!!」
照れて俯いたセレスにパトラが渾身の抱擁をしようとしたのを慌てて止めている。
「随分と仲良くなったものだな」
「いいでしょう隊長、羨ましいでしょう」
「ぱ、パトラっ、もう、ほら次はジャスティンさんの番だから……」
ちらりと視線をジャスティンへと向けると、メニューを穴が開くんじゃないかと思うくらいに凝視しているジャスティンの姿があった。
「やっぱり肉は行っておくべきっすよね、問題はどの部位にするかっすが……」
「はい、時間切れだね。 ジャスティンはこのサーロインステーキで」
「……え?」
「畏まりました。 注文を繰り返しますね、……」
パトラが決めるんだね。
思考が停止し、呆然とするジャスティン。 未だに理解できないものときっと戦っているのだ。 そう思う事にしよう。
■ ■ ■ ■ ■
次々にテーブルへ料理が運ばれてくるのを怒涛の勢いでカナンが平らげていく。
その光景に唖然としながら食事を済ませ、ついに会計を向かえる。
「合計で四万二千パールとなります」
「え、嘘!? そんなに……」
「……はい。 お連れの方がそれくらい……」
「わ、わかりました……」
もう、奢ってやるとか言わないようにしよう。
軽くなった財布をしまい。 皆が待っている外へと向かう。
そこにはセレスの姿しかなく……
えっと、どこに行ったんだ……
「あ、兄様!! 見つけました!【けむけむちゃん】です。 今三人が走って追いかけてます」
「モップじゃなくて?」
「ち、違います。 本物ですよっ、私達も急ぎましょう」
セレスが案内する先に力尽きて倒れているカナンを発見する。
「大丈夫か!? カナン!!」
「隊長…… 食べ過ぎました……」
「だろうな!!」
セレスと一緒にカナンをベンチに運び、先ほどのセレスが指していた場所へと再び駆けだす。
中央広場にジャスティン、パトラが左右からじりじりと【けむけむちゃん】に近寄る。
【けむけむちゃん】は鼻をすんすんさせながらその場から動こうとしていない。
これはいけるのでは……
私とセレスが見守る中火蓋は切って落とされた。
「うおぉおおおおっす!!」
「やぁあああああああ!!」
二人の声に驚いた【けむけむちゃん】は宙を勢いよくジャンプする。
「あ……」
「嘘……」
二人は交差するように揃って地面へと激突していく。
うわぁ…… 痛そうだ……
「はい。 兄様! 捕れました!」
「さすがセレスだな」
満面の微笑みの中いつの間にか移動していたセレスが【けむけむちゃん】を鷲掴みする。
もう何も言うまい。 目的は達成したんだ。
■ ■ ■ ■ ■
ブレインガーディアンの本部に立ち寄り、【けむけむちゃん】を渡すと無事に依頼達成となった。
依頼料というものは後に私達の給料に上乗せされる。
あんなに苦労して探し回ったが、果たしてどれだけの価値があの【けむけむちゃん】にあったのか、それは知らない方がいいだろう。
もう部署を後にする頃には日が沈みかけ始めていた。
ふと思い出す。 今日色々探し回って見つけたあの場所を。 今ならきっと綺麗に見えるはずだから。
ぐったりしている皆を連れ、絶好の景色が見える場所へ。
ここがあまり遠い場所じゃないのが良かった。
連れてきた場所は中央部から少し離れた高台。
「うわぁ…… 綺麗な景色……」
パトラが目を輝かせる。
たしかに都市にいてもこの光景はなかなか見れる物じゃない。
夕日が街並みを照らし、大理石の街がまるで宝石の様にキラキラと輝いて見える。
「凄いっすね…… 知らなかったっすよこんな場所……」
「ああ、私も今日初めて見つけたんだ」
「兄様も?」
「ああ、私だって知らない事の方が多い。 これから君達も色々と知っていくことになるんだ。 この都市のことだけじゃなくて大陸の事も世界も」
いざ話そうとなるとなかなか出てこないものである。
なんとも歯がゆい。 トリシア騎士団長はよくいつもスラスラと言葉が出てきていたものだ。
「今日の依頼が全てってわけじゃもちろんない。 ブレインガーディアンは民を守るための刃になっている戦争が本格的に始まれば私達も例外ではない。 騎士として戦いの中に身を置いてる。 私達はこんなにも綺麗な街並みを守っているんだ。 それを誇りに思おう」
「「「「はい」」」」
少しでも伝わってくれたら嬉しいな。
「さ、今日は帰ろうか。 明日は巡回任務だから早めに休むんだぞ」
「は~い」
「パトラは起きれないに賭けるっす」
「俺も」
「私も」
「み、みんなぁ~」
願わくばこの平和が続いてくれることを祈る。
左からジャスティン、カナン、パトラ、アリア、セレスと並んでおります。
祝一周年!! 皆様のおかげでこれからも頑張れます! 応援の方を引き続き宜しくお願いします!!




