一周年特別編 一話
【二年前 ガルド大陸 首都ガルディア】
「えっと、ここだよな……」
扉の前に立ち尽くし、緊張した面持ちで一つ深呼吸する。
今日から私は隊長として第一部隊を任されることとなった。
トリシア隊長が張れてブレインガーディアンの騎士団長となり、その第一部隊の隊長の穴を埋めるべく直々に今回指名されたわけだ。
いつもとは違った雰囲気に呑まれそうになる。
与えられた部署は前とは違いブレインガーディアンの中でも優秀な人材を育てる部署に変わった。
今までの第一部隊は主に回復や補助の任が多かったが、今回からは完全に次期隊長格の候補の育成となる。
こんな新人に近い隊長に育成って…… どの部署も忙しいって言ってたし完全に押し付けられたんじゃ……
隊長になって早々だというのに教えるも何もないと思うんだけど……
トリシアさん…… 部下に責任を丸投げするのは止めてもらえませんか……
思い起こすのは隊長に就任してからのトリシアさんの目元に大きな隈があった事。 書類の山。 大量の栄養ドリンク。
ぐっ…… 断れるわけがない……
これはもう運命だと仕方なく受け入れるしかないか。
その時目の前の扉が遠慮がちに開かれる。
「に、兄様? どうして中に入ってこないんです?」
不安そうな顔で見上げるのは義理の妹であるセレス=シュタイン。
そうか、セレスも主席だから私の部隊なんだったな……
「あ、あはは…… 少し心の準備を」
しまった…… カッコ悪い所を見られてしまった。
ごくりと唾を飲み込み、部屋へと進む。
部屋は簡素な木製のテーブルに椅子、事務処理をするための資料、魔法に関する本が詰まった本棚に、都市の地図が壁に貼られている。
なんとも急ごしらえの部屋である。 おそらくは時間が無くて無理矢理倉庫だった部屋を片付けたのだろう。
見渡せばセレスの他に二人のエルフの少年が座っている。
片方は灰色の髪、やんちゃそうな顔をした少年と、これまた正反対な髪の長い紫髪の落ち着いた少年が私を見つめる。
「やぁ、初めましてだね。 この部隊を任されている第一部隊隊長のアリア=シュタインだ。 これで全員なのかな?」
灰色の髪の少年が頭に手を当てて驚愕の表情を浮かべる。
「うっわ、パトラ初日なのに……」
もう一人いるのか?
「居るッス……。 ただ…… 今来てないってことは多分寝てるっす」
寝てる?
「ああ! もう一人って遅刻魔パトラのことか!」
紫の髪の少年が思い出したかのように笑いながら答える。
随分なあだ名をつけられてるな……
うーん…… とりあえず名前もわからないから、聞くか。
「君達の名前を教えてくれないか?」
灰色のエルフの少年が苦笑いで答える。
「自分はジャスティンって言うっす。 今この場に来てないのは幼馴染のパトラっていうヒューマンの女っす」
なるほど、ジャスティンとパトラは幼馴染ね。
「俺はカナンっていいます。 隊長これからよろしくお願いします!」
紫の髪の少年は一礼し私を真っすぐ見る。
「忘れてたっす。 隊長よろしくお願いしまっす」
慌ててジャスティンが頭を下げる。
二人とも礼儀正しいな…… 良かった。 カルマンさんの部隊は気性が荒いって聞いてるから少し不安だったけど、上手くやっていけそうだな。
「ああ、こちらこそ隊長になりたてだから至らない点も多いと思うけどよろしく頼むよ」
セレスと視線が合う。
二人にも紹介しておくべきだろうか……
「こちらは私の義妹であるセレス=シュタインだ。 二人と同じ第一部隊の仲間になるからよろしく頼むよ」
「よろしくお願いしますね」
「知ってるっすよ。 噂の天才魔導士っすから。 一緒に組めて光栄っす」
「ああ、全ての科目を満点、さらに実技においては測定不能の魔力の持ち主だからな。 こっちでも噂になってた」
「やっぱりそうっすか!」
この近辺の騎士学校はいくつかあるが、ジャスティンとカナンは別だったらしい。
ようやく二人の空気が緩んだ気がするな。
ただ、この場に来ていない一人がやはり心配だ。
「そのパトラっていう子の住んでる場所は近くなのか? ジャスティン起こしに行ってきてくれると助かるのだが」
「近くっすけど…… 自分が起こしに行くと怒られるんすよ、デリバリーが無いって」
「ジャスティン、デリカシーな」
「それっす。 だから天才魔導士様にお願いがあるっす!! 起こしに一緒に来てもらっていいっすか!! きっと同じ女性なら部屋に上がっても問題ないと思うっす」
ちらりと視線がセレスに向かう。
「わ、わかりました…… それとジャスティンさん。 その天才魔導士って呼び方を止めて気軽にセレスと呼んでください。 その呼び方には少し抵抗があるので……」
「わかったっす。 助かるっすよセレス」
「では兄様少し出てきますね」
「ああ、頼んだよ」
二人を見送り、カナンと視線が合う。
「隊長は、俺がこの部隊に選ばれた理由を知っていますか?」
唐突だった。
部隊の編成はトリシアさんが選んだものだ。 私はその隊長という任に付いたに過ぎない。
ただ、カナンのその表情は暗い事から何となく察することはできる。
「俺は魔力量も他よりも少ないし、学力もそんなに高いわけでもない。 この部隊は皆俺よりも優秀な奴らばっかりだ。 未だにこの第一部隊に選ばれた理由がわからないんです」
この第一部隊はいわば最も隊長格に近しい人物の育成。
魔力量に秀でているセレスを見ればその差に落ち目を見てしまうのもわかってしまう。
あらかじめトリシア隊長からはジャスティン、カナン、パトラの学生時代の資料は渡されている。
魔力量は断トツでセレス、次点でパトラ、ジャスティン、カナンの順だ。
学力、実技も似たようなものである。
ただ、それだけが全てじゃない。
「この決定はトリシア騎士団長が直々に見て決めた事だ。 魔力や学力だけが全てじゃない。 私だって魔力は一つもないのに隊長になっているんだ。 何かしら理由があるんだよ」
「えっ!? 魔力が無い?」
「ああ、私は魔法力が無い」
カナンは驚愕に目を見開く。 それもそうだろう冗談だと思うのが普通だ。
「冗談だと思うだろう?」
手の平を見せるように火属性の概念を思い浮かべ、意識を集中させる。
「ファイア。 ほら、発動しない」
「ほ、本当だ。 てっきりセレスの兄であるから余程の大魔導士だと……」
「それこそまさか…… だよ。 私は武器の扱いと格闘術だけで隊長にまでなったんだ。 カナンもトリシア騎士団長に何かを見出されて候補としてこの場に集められたんだよ」
私のあくまでも予想だが、カナンは反射神経と観察眼がずば抜けているはずだ。
私が部屋に入る際に一度もカナンは目を逸らさなかった。 それにいつでも戦えるような体制の位置に居たことが、それを物語る。 私とカナンは初対面なのだ。 警戒はあってしかるべきだろう。
それが誰よりも速い。 おそらくはセレスよりも咄嗟に動けるはずだ。
私はテオとの修行により、常に意識を張ることを叩き込まれた。
一瞬の挙動を把握するのに必死だったために身に着けた技術だ。
一瞬でも見逃したら吹き飛んでいたりしたからだな。
懐かしくも辛い日々の記憶が巡る。
私が教えられることは武器の扱いと体術ぐらいだが、きっとこの先役に立つはずだろう。
そうやって無言の時間が流れていく中、慌ただしい足音と共に扉が勢いよく開かれる。
「おっ、遅れましたぁあああああ!!!」
泣きそうな表情を浮かべ茶髪のセミロングのヒューマンの少女が勢いよく入ってくる。
「初日からご迷惑を…… あれ?ジャスティンは……」
「どう…… して…… 置いていくっすか……」
「そう…… ですよ……」
息を切らしながらセレスとジャスティンがまるでアンデットの様によろめきながら入ってくる。
「およ。 先に着いてるかと思ってた。 ごめんごめん」
「そんなわけないっす。 パトラは道なき道を行きすぎっすよ、追い付くのにどれだけ必死だったか……」
「驚きました…… まさか屋根の上を走って行くとは」
「近道だからわたしに着いてくれば早いのに~」
「「できるかぁ」っす!」
なるほどな、パトラは敏捷性と、体感のバランスがいいんだろうな。
ギガント種も住むような家々もこのあたりには多い、その屋根伝いにブレインガーディアンの本部までたどり着ければたしかに近道だ。
ただ、やろうと思って簡単にできる芸当でもない。
パトラが到着したことにより部屋は一気に賑やかになった。




