side シェリア=バーン=アルテア ~感情~
もやもやとした感情。
あの困ったような諦めてしまったかのような顔を見るのは何度目になるだろうか。
もっと頼って欲しいと願うのはあまりにもおこがましいから。
でも、言葉にしてほしかった。
その辛さを一緒に背負いたかった。
それもまだ叶わない。
全然隣になんて立てていない。
私じゃ頼りないから…… かな。
踏み出す足は重く、涙で濡れた頬は熱を帯びているかのように熱い。
深呼吸を一つして心を落ち着かせる。
もっと強くならなきゃ……
ドアノブに手をかけ、屋敷の応接室へと入る。
そこには椅子に座ったキルアとその対面にスーツ姿のメルアーデさんが既に待っていた。
屋敷の応接室は冒険者組合で見たものとさほど変わらない調度品が置かれている。
「その様子だと起きたみたいだな」
「はい。 治療の成果がでました。 ありがとうございます」
私達が運び込まれてから既に三日。 屋敷在中の医師のおかげで私達は後遺症もなく回復に向かっている。 ここに運んでくれたメイドの人達とその判断をしてくれたデニーさんには感謝しなければいけないだろう。
アリア様は特に重傷で命の危険もあったが、なんとか一命はとりとめた。
「いいってことさ、こういった冒険者のケアも必要だからね。 特に今回は」
メルアーデさんは硝子テーブルの上にことりと黒い瓶を置く。
黒い瓶というのは少し語弊のある言い方、本来は透明な瓶だが、中に入っている物が黒いのだ。
「さすが俺が見込んだだけはあるよ。 大手柄だ。 まさか商人の正体が知性のあるスライムなんてな」
初日に見た時は赤い宝石の入った瓶だったのが、今では黒くびっしり隙間なく入っている。
「【痕跡】がいたるところに散らばっていたのは分裂していたから、俺の痕跡の盲点だった。 人間だと思ってたからな」
以前に【痕跡】の能力でメルアーデさんは追っていたみたいだけど追いきれなかった。
「それで、何かわかったのか?」
キルアは若干不機嫌そうな声音で言う。
「ちょいちょい、そんな怖い顔すんなって。 謎だった短剣の意味がようやく分かったんだよ」
短剣。 あの青い髪の少女シャナという少女が渡していたとされる短剣。
正確には剣というよりも投擲用の剣やナイフに近い。
メルアーデさんは続ける。
「何故冒険者にだけ配っていたのか、それはあの短剣が魔物を活性化させるからなんだよ」
「活性化…… だと」
「冒険者は魔物を専門に討伐しに行くだろ? その際に役立つのがこういった軽い短剣や投擲剣なんだわ。 魔物の注意を引かせたり、遠距離から投げて攻撃したりな。 主要武器と違って必ず回収するわけじゃないから消耗品で安いものを多くの冒険者は使ってる。 だから冒険者は快く受け取っちまうんだ」
「そうやって多くの冒険者の手に渡っていたのですね……」
「そしてこの短剣は刺さった魔物の生態系を変化させる。 ちかごろ変異種が多く見られたのはこれが理由で、最悪の場合こういった知性を宿した魔物が生まれる」
メルアーデさんは軽くこつんと瓶を指ではじく。
「それはデニー殿が倒したスライムだが、復活しかけているのか?」
「ああ、ご明察。 このスライムは結晶石を完全に砕かないと再び魔石から漏れ出す魔力により元の姿に戻るだろう」
はっ!? もしかしたら今まで倒していた変異種は次元収納の中で……
「そんな顔しなくても大丈夫だぞ。 この個体だけが特別っていうだけだから魔石になった変異種の復活は今のところはない」
また心を読まれた……
そんなに私ってわかりやすい?
「対策としてとりあえずはこの短剣の使用不可を冒険者組合で広めるしかないのが現状だな。 このスライム達の親玉が何を目的にこんなことしてるのかが未だに掴めないが、とりあえずは上々だろう」
魔物を変異させる目的……
「麻薬の方も合わせてってとこがヒントになりそうなんだが、もう少し時間が必要だ」
今回の事件は麻薬と短剣両方が出回っていた。
魔物の強化、貴族間の麻薬の蔓延……
メルアーデさんは眉間に皺を寄せ、椅子に深く腰掛けると深いため息を吐く。
「それよりも、アリアのあの体質はなんだ? 運び込まれた時は致命傷を負っていたと聞くが、医師に見せたところもうすでに傷跡すらないと聞いた」
嫌な予感がした。
今までは私が治療をしていたこともあって大事になったことはなかった。
「回復速度が明らかにおかしい。 まるで化け物だ」
顔から火が出そうだった。
よりにもよって…… この男は……
「 ……せいしてください」
「え?」
「訂正してくださいと言ってるんです!! アリア様を化け物なんて呼ばないでください!!」
「いや、だが普通の人間ではありえない事だ。 魔力が無いのも人間ではないという事の……」
「メルアーデ殿、それ以上は。 私もそれ以上恩人でもある友人を愚弄されれば黙っている事は出来ない。 どうか謝罪を」
冷徹な視線でキルアはメルアーデを睨む。
「……わかった、わかった謝るよ。 そうやって怒ると国王にそっくりだ。 シェリア=バーン=アルテア」
「!?」
「おっと警戒しないでくれよ。 協力関係にあるんだ多少は俺も調べるさ、言いふらしたりもしないから安心してくれ」
「安心できるわけないだろう」
「あら~信用されてないなぁ…… まぁいいや、一つ忠告だ。 不死身に近い肉体は誰もが欲しがる代物だ。 不老長寿と同じでな、今はまだいいが必ず破滅を招くぞ」
「っつ……」
「姫様!?」
この部屋に居たくなかった。
そう思うと自然に足は扉へと向かい、感情を抑制できずそのまま大きな音を立てて部屋を後にする。
あのままいればきっと私はメルアーデさんを殴っていたかもしれないから。
『感情の揺さぶりが激しいねぇ』
今はほっといて!
『そうしたいのは山々なんだけどねぇ』
ひょいと抜け落ちるように私の体から抜け出てくるのは、あの時と同じ黄色いワンピース姿の少女の格好をしたバーン。
私の前に立ちふさがるように現れる。
必然的に私も足を止めてしまう。
「そこをどいてよ」
「いずれにせよ、わかる問題の一つだったじゃないか。 どうしてそんなに感情的になる」
「貴方には関係ない」
「好きだからか?」
「なっ!? ふあ!?」
突然すぎて言葉が上手く出てこない。 何を言ってるの?初代様は……
「つり合いが取れるのか?」
その言葉は私の心を抉る。
それはアリア様にとって私は相応しいかどうかに他ならない。
自信が…… ない。
アリア様は大事な話は私には教えてくれない。
認めてもらえていない。
「今のままでは足手まといにしか思われないぞ」
そうはっきりと言わなくてもいいじゃない……
戦えるようになった今でも私はみんなの足を引っ張ってばっかり。
「おっと、そういった目的で具現したわけではない。 お前の父であるゴートン=バーン=アルテアは昨夜死んだ」
「え?」
理解が追い付かない。
どうしてだとか、そんなことはどうでもよくて、ただ何故今それを言わなければならなかったのか。
「私は実体が無いから感覚共有で以前の体の持ち主がどうなったのかがわかるようになっている。 ゴートンは……」
「聞きたくないッ!!!」
「あっ、おい」
言葉を遮り、走り出す。
もう滅茶苦茶だよ。 わからないよっ。
お願いだから一人にさせてよッ!!




