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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第3章 軍事会談
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女装作戦

 見上げれば晴れ渡る空にゆっくりと雲が流れていく。

 肌に当たる風はやや肌寒く、もうじきに冬になるのだと実感できる。


 ベンチに座り、ただ時間だけが流れていく中移り変わる雲を眺めて思うのだ。



 私は何をしているんだろうな……



 そんな哀愁漂う雰囲気の中、行き交う周囲からの視線は痛いほど私に集まっている。


 じりっと外部からの通信のノイズが頭に響く。



『アリア様…… 大丈夫ですか?』



 シェリアの心配そうな声がシーレスから発せられる。

 シェリア達は私の事が良く見える位置に待機しているので私の様子がわかるのだ。

 そこから通信のマジックアイテムであるシーレスを通してやり取りをしている。


 このシーレスでのやり取りの利点は声を発しなくてもいい所だろう。



『大丈夫だよ。 今のところ何も起こってない』



 本当は大問題だらけなんだけど。

 視線を下に下げて自分の姿を見れば、落ち着いた雰囲気漂う黒と赤を基調としたニットと藍色のトレンチコートを羽織り、ブラウンのロングスカートが風に揺れる。



 まさしく女性用の格好をしているのだ。 これが大丈夫だったら私は異常だ。



 結わえてあった髪は丁寧に梳かされ、今はゆるく末端で結わえて胸の方まで垂れさせている。

 念入りに化粧まで施され、このような周囲の人の目につくようなベンチに座らされている。



『しかしながらメルアーデの屋敷のメイドの技術は凄まじいな…… どこからどう見ても女性にしか見えないぞアリア』



 デニーはひたすら感心している。 これはありがとうと返すべきだろうか、複雑な心境だ。



『私も女性としての自信が折れそうです……』



 シェリアは完全に女性なんだから、そんな事言わないでくれ。 私はそっちの道に進まないから! 



『私は別にアリア殿がどのような趣味を持っていても気にはしないがな』



 そこは気にしてくれ!! そもそもこの服だってキルアさんが選んだ服でしょうが!!


 そう声を大にして言いたかったが、誰かが近寄る気配でその思考を断ち切る。



「あの……」



 囮作戦成功だろうか? 

 恐る恐る視線を上げ声を掛けた人物を視界に捕らえる。



「そこのお姉さん、もしかして今暇だったりするのか?」



 その期待は脆くも崩れ去る。


 声を掛けて来た人物はいかにも貴族と呼ばんばかりの小太りのヒューマンの男性。

 装飾品過多な衣服ににやけた気持ちの悪い笑みを浮かべ私を見る。



『これが噂に聞くナンパと言うやつですか!?』


『そうですよ姫様。 ああいう輩は強引に話を持ち駆けてお茶に誘うのが手口なんです。 気をつけてください』



 ちょっと…… シーレスで会話が筒抜けなんですけど。



『ナンパもされる程間違えられるとはさすがの腕だ。 あの少女達は後々にファッション関連で何か革命を起こすやもしれんな』



 デニーは論点がずれてる! ずれてるよ!! 問題はそこじゃない!今なんだよ、今この状態を何とかしてほしいんだが!!


 たじろいでいると貴族の男は訝し気な表情を浮かべ続ける。



「なんだ? 儂はこのあたりでも名の通った貴族であるからな。 緊張してしまうのも仕方がない事だ。時間があるのならどうだ儂とそこで少し食事でもしないか?」



 腕を無理やり掴まれる。

 もうこれは致し方ないだろう。



『声を出してもいいか?』


『ダメです』 『ダメだ』 『ダメだな』



 どうしてだ!? どうしてそんなときだけ意見が合うんだ。



『だって……』



 その通信の言葉を聞くより先に掴まれていた腕は振りほどかれる。


 唖然として見上げるとそこには一人の少女の姿。



「おじさん。 この人が嫌がっているのが見えないの?」



 年齢は十六歳くらいだろうか、髪は青色のショート、そばかすのある顔から見てヒューマンの女の子だと見受けられる。

 その子が貴族の男の腕を掴み、私の腕から振りほどかせたのだ。



「なんだお前は!? この俺を誰だと思っぶっ!?!?」



 貴族の男が水びだしになる。 どうやら少女が持っていた水瓶の水を男にぶちまけたらしい。

 随分思い切ったことをやるな…… 貴族が怖くないのか!?



「権力を振りかざして何もかも思い通りになるなんてこの街では思わない事ね!」


「なっ!? この餓鬼がっ!!」



 女の子に掴みかかろうとした男が前に動いたのを見計らって足をすっと前に出す。

 すると濡れていたおかげもあってか男は足に引っ掛かり目の前で派手に転ぶ。



「ぐぅう…… クソッ…… 覚えていろッ必ず後悔させてやるからなっ!!」



 周囲の視線に耐えきれなくなったのか慌てて一目散に逃げだす小太りの貴族の男。

 余りにもその滑稽な姿に少女は噴き出して笑う。



「ぷっ、何そのありきたりなセリフは。 誰が後悔するもんですか」



 朗らかに笑う少女の首元には私の着けているチョーカーと同じものが伺える。

 そのチョーカーは同士の証。


 つまりこの子が…… なのか……



「大丈夫? 怪我はない?」



 とりあえず話すことはできない為頷くことで肯定を示す。



「よかった。 ここ最近こういう手合いが増えて来たのよね、貴方も気を…… もしかして私と同じ同士なの?」



 少女の方も私の首元を見て気づいたらしく驚いた表情を浮かべている。

 頷くことで肯定を示す。


 しかし…… このような少女まで事件に関わっているなんて……



「よかったぁ、私この辺で一人きりだったから不安だったの。 在庫ももうすぐ無くなっちゃうし、そろそろ貰いに行かなくちゃいけないんだけど貴方も一緒に来る?」



 これは幸先がいい。 ついていけば場所を突き止められるな。

 ただ、頷くか首を振るかの選択でしか伝えられないのがもどかしいな……



「もしかして貴方…… 声が出ないの?」



 びくりと体が跳ねる。

 こうもずっと黙っていたらやはり不審に思うよな……



「そうよね…… 何かしら理由があってこの仕事をしているんだし、声が出ない人もいるわよね。 私だって生きていくためにはお金が必要だし」



 少女は何故か納得し、うんうんと唸っている。

 この子だけじゃないのかもな、きっとこういう金銭的に困っている人物の懐に忍び寄って隠れ蓑にしているのだろう。



『そろそろ合流してもいいんじゃないか?』


『そうですね。 この子に案内してもらいましょう』



 私が背後に向かって指を指すと青い髪の少女は慌てた様子で振り向く。

 そこにはデニーたちがゆっくりとした足取りで近づいてくる。



「……貴方達は?」



 怪しんだ様子で少女はデニー達に問う。



「初めまして、私達は護衛依頼された冒険者【オルタナ】です。 依頼者は貴方ですね」



 こくりと頷き、立ち上がる。


 ここまでは予定通りだ。


 すると身構えていた少女は緊張の色を解き、朗らかに微笑む。



「なるほど。 依頼をしていたんですね。それならば安心できますね! 私はお金がないせいで依頼することができなかったので…… 羨ましいです」


「どのみち目的地は同じようですし、どちらもお守り致しますよ」


「ほんとですか!?」


「ええ、依頼主の方もそれでよろしいでしょうか?」



 にこりと微笑み、頷く。


 嬉しそうな笑みを浮かべてはしゃぐ少女。

 その姿を見てなぜだか心が少し痛んだ。



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