親友
部屋を後にした私達は、ひとまず冒険者組合の人気の少ないテーブルが置かれただけの場所へと移動する。
「キルアさん。 どうしてあんな強引な手を使ったんですか?」
キルアさんはこの場所に来る間も終始無言を貫いている。
普段は冷静で判断をよく見てから行動するはずのキルアさんは何故拷問をしてまで吐かせたかったのかがわからなかったからだ。
シェリアも回復こそしていたものの状況が上手く飲み込めてなかったようだし、何よりそこまでする理由が見当たらない。
「そのほうが手っ取り早かっただけだ」
たしかに苦痛を与えれば無言を貫こうとする相手には有効な手段ではある。 捕縛者への尋問等では珍しい部類でもないが、冤罪であったのなら下手をすればこちらの罪にもなりうる事だ。
「普通の状況ではないのは明らかだな。 只の親友の名を使われただけの判断にしてはあれはやりすぎだ」
デニーも思うところがあるらしく、厳しめの口調でキルアさんを攻める。
「事前に伝えなかったのは私の落ち度だ。 驚かせてすまない」
「何か理由がきっとあるんでしょ? そうだよね…… キルア」
そっとシェリアはキルアさんの手を取り、悲しそうな瞳で覗き込む。
「……」
黙り込むキルアさんに見かねたデニーが続ける。
「理由も話してくれなければこれ以上は信頼できんな。 別行動をとらせてもらうぞ」
「そんなっ…… 待ってくださいキルアはそんな人じゃ……」
「わかった…… ちゃんと話すよ」
この場から離れようとしたデニーはキルアさんが話すと決めたことで立ち止まり、再び向き直る。
私としてもこのことについては何か事情があるような気がする。
「少し長くなる…… あれは四か月前……
■ ■ ■ ■ ■
【side キルア=エンドレア】
【アルテア大陸 首都アルタ】
燃え盛る城下町を背に私は駆ける。
「はっ、はっ、もうあんなところまで火の手が……」
大規模な反乱により今まで均衡を保っていた前線が瓦解。
大勢のガルディアンナイトが首都アルタを攻め始めて全滅の恐れが出た我々は撤退を余儀なくされていた。
「どうしてこんなことに……」
全て相手の思惑通りに進み、占領されるのも時間の問題。 騎鳥軍の大半が敵へと寝返り、街は業火に包まれようとしていた。
まだ時間は残されている。 逃げ道があるうちに早く。
翼は敵の襲撃により負傷し、焼けただれたまま。 こんな時に限って……
飛んでいけたらどんなに楽だったか、考えていても仕方がない。
必死に足を動かし親友であるマールの屋敷へと急ぐ。
幸いにもこのあたりには火の回りが遅いらしく屋敷はまだ安全であった。
屋敷の扉をこじ開け叫ぶ。
「マールッ!! マールッ!! 早くここから逃げろッ!!」
屋敷はいつもと同じように静かで私の声が遠くまで響き渡る。
マール=コフィリアは貴族ではあるが親に与えられたこの場所に一人軟禁にも近い状態にされている。
やけに広い屋敷になぜマールが一人きりなのかはコフィリア家にとってマールはいらない物と同じ扱いを受けているからだ。
奥の部屋のドアが静かに開く。
「……キルア?」
驚いた顔でこちらを見るのは白く長い髪に垂れ目が特徴の鳥人であるマール=コフィリア。
相変わらずというかこの状態でも何もわからないといった感じだろうか。
「酷い怪我…… 」
「今はそれどころじゃない。 マールもここから早く逃げるんだ。 もう敵がすぐそばまで来ている」
私とマールは同じ親族貴族として昔から仲が良かった。
マールがこの屋敷にほとんど軟禁される様になった今でも変わらず、あの頃と変わらないまま。
笑う事が減ったマールを励ましたり、遊んだりと最近では徐々にあの頃に戻ったようになってきたころだというのに。
「逃げる? どこに?」
穏やかな笑みを浮かべて首をかしげるマール。
「ッつ…… 時間が余りない。 ここじゃない場所なら…… マール……」
私がマールの手を掴むとマールはその手を振りほどく。
「なんで今なの? あの時に私の事は助けてくれなかったくせに!!」
「それは……」
マールは親に切り捨てられた。
身の安全こそ保障されているものの、この場所に縛り付けられたマールは逃げ出すことが出来なかった。
マールは大貴族故に体に烙印を押され、起動すればすぐに命を落とす烙印を。
助けられるとしたらあの時だったのだ。
ただ私はその烙印が押される光景をただみている事しかできなかった。
動けるわけがなかった。 そして知らなかったのだその烙印が命を奪うものだったなんて……
式典で大々的に行われたその儀式は長老会、三大貴族が立ち会う式典であり、Sランク冒険者三名が護衛として付き従う盛大なものであった。
貴族家の一人として参列こそ許されたものの私にできることは皆無。 ましてやSランク冒険者が目を光らせている場。 その時は後々にこのような事が起こるなんて思わなかった。
烙印が押された直後、マールはコフィリア家から追放、屋敷を守る為だけにその場にとどまることを余儀なくされた。
「結局キルアも自分の優越感の為だけに私を助けて満足しているんでしょ? 捨てられた私を見てずっと笑っているんでしょ?」
「そんな事はないッ!! 私は一度たりとも……」
「何もッ 何も信じられないッ! そんな上辺だけの言葉なんて聞きたくない! だから全て破滅すればいいと願ったのよ。 全て壊して終わりにしたかった。 街が危険? ここも危ない? いいのよ私が頼んだんだもの……」
「頼んだ……?」
泣きはらした顔を上げてマールは続ける。
「この世界を壊せるなら何でもいい。 私の知りうる全てを教えたわ。 だってそうでしょ?私だけがこんな扱いをうけるんなんて不平等じゃない。 なんで私だけ不幸にならなきゃいけないの? なんでキルアは笑って毎日を過ごしてるの? 私だけがここに閉じ込められて不憫だとでも思ったんでしょ? 知ってる? 私結婚してるそうよ顔も見たことのない誰かと。 親の政略結婚の道具にされて、いらなくなったら捨てられる…… ほんとに都合のいい道具みたいに」
「マ、マール……」
私と居た時はそんな素振りなど決して見せなったのに……
あれは演技だったのだろうか……
「どうしてって顔をしてるわね。 もううんざりなのよ生きるのもこうして同情されるのも。 親友だって貴方は言ったわね」
呆然と立ち尽くす私の懐から剣をマールが抜く。
「キルア最後のお願いがあるの…… 私を殺してくれない?」
「そんな……」
「爆散して死ぬよりも貴方の剣で死にたいの」
気づくのが遅すぎた…… マールの情報により敵側が有利に進むのも納得がいく。
助けたいと願ってしまう私は…… 偽善者だろうか……
この戦いで多くの犠牲者が出た。 その責任の罪は重い。
感情を優先してはいけない。
剣を受け取り、マールの腹部へと照準を合わせる。
「……私ね、次は本当に自由な鳥になりたい。 こんな飾りの翼じゃなくて自由に…… 空を……」
柔らかな腹部にゆっくりと切れ味の良い剣が刺さっていく。
「あぁがああ゛ぁ…… ぎぃい゛」
押し殺した声が、断末魔の声が、痛みでもがき爪が腕に突き刺さる。
それでも私の腕は止まることを許さない。 許してはいけない。
奥へ、奥へと突き進む剣は体を突き抜け、マールの血で真っ赤に濡れている。
未だ痙攣が収まらない体から剣を引き抜くと勢いよく血が流れ落ち大きな血だまりを作り上げる。
「マール…… 私は本当に親友だと思っていたんだよ……」
そっと開いた瞼を閉じ、そっと横にさせる。
「ファィア」
バチリバチリと炎は燃え広がり屋敷は瞬く間に炎に包まれていく。
「……」
その光景に言葉など見つからず、兄さん達と合流する為すぐにまた駆け出した。
■ ■ ■ ■ ■
【side アリア】
「キルアさん……」
「軽蔑してくれて構わない。 私は親友をこの手で殺した。 それは事実だ」
しっかりと手を繋ぎシェリアは辛そうな表情でキルアさんを見つめる。
「キルア…… 言いたくなかったのに話してくれてありがとう」
「マールが行った情報の開示はどれほどの事か未だにわかってはいない。 今回の件はその手掛かりに繋がるものとして焦っていたようだ」
なるほど…… だから……
「聞き出せた情報もなかった。 今回はこれ以上は無理そうだ」
ため息を一つ吐き頭を抱えるキルアさん。
「それがそうとも限らんよ」
そう声を掛けるのはSランク冒険者でもあるメルアーデ。
先程の首切りチョーカーをくるくると指で回し、にこやかに微笑む。




