お約束
立ち上る湯気、響く水音がちゃぷんと音を立てる。
見上げればライトの灯りに思わず目を細めてしまう。
「久しぶりに入ったな……」
湯船につかり、淵に手を置きながらそんな言葉が思わず漏れる。
屋敷の主のメルアーデの計らいにより一泊することとなった私達は、食事を済ませ休むための部屋を割り当てられた。
メルアーデに聞くとここには風呂もあるという事なので私は遠慮なく頂いている最中だ。
浄化魔法のクリーンとは違って風呂は疲れが取れる感じが肌でわかるな……
今度からはもっと入っておくか……
そんなことを考えながら日頃の疲れを癒しているとがらりと音を立てて浴槽への扉が開かれる。
思わず視線が入り口の方へと向く。
「……うぉ…… 一瞬焦ったぞ…… 反応しそうになった」
「気持ち悪いからそれ以上近づくな」
「はっはっは、冗談だよ。 入っていたんだな」
入って来たのはこの屋敷の主であるメルアーデ。
青い髪はドレッドで編み込まれており、角はきらりとライトに照らされ鈍く光る。 メルアーデはタオルを肩にかけ裸で闊歩する。
Sランク冒険者だけあってその肉体は引き締まり筋肉質であることが伺える。
メルアーデは湯を勢いよく頭から被り、ブルりと水滴を落とすとそのまま湯船へと侵入。
「しかし、今の今まで確証を持てなかったがこれで安心できる」
「は?」
「ちゃんと男なんだな」
「どこ見てるんだよ!!」
メルアーデがじっと私の一部を見ているので思わず水面を叩く。
水飛沫が迸り、水面は激しく揺れる。
やはりこの人は苦手だ……
メルアーデは笑いながら近くへと座る。
できれば離れて座って欲しいんだが……
「はっはっは、そう怒るな。 いい風呂だろ?」
「え? ああ、私も風呂の良さは認めている」
ガルディアに居た際には毎日のように入っていた風呂も、こうして入れない日が長く続くとありがたみが直にわかるな……
「ほう。 一般家庭には無い事が多いんだが…… こういうのは娯楽の一つでしかないからな」
そうなのか…… 無いのか…… まぁクリーンの魔法があれば体の汚れや匂いは落ちるわけだしな……
メルアーデはさらに続ける。
「そしてアンタの筋肉の造りはEランク冒険者の体つきからはかけ離れている。 Bランク冒険者が返り討ちに合うくらいだ。 俺の推理としてはアンタらは元王国騎士の集まりなんじゃないかと睨んでるんだが、どうだ?」
「っ……違う」
「嘘をつく際に視線が揺れる。 そんなことを言われたことはないか? あの鳥人の美人もそうだが、表情がわかりやすすぎるからな、嘘をつくならもっとバレない様にやるもんだ」
「っつ……」
「別に俺はそれを攻めようだなんて思ってはいないさ。 ある意味条約の網を上手く掻い潜ったと思うくらいだ。 騎士が地位を捨てて冒険者になる程だ何かしら事情があるんだろ? その顔を見ればわかる」
やはりお見通しだったわけか……
「少々長くなるがいいか?」
「ああ、聞かせてくれ」
「私達はアルテア王国を救う為に構成された冒険者だ。 今アルテアが危機的状況に陥ってる事はSランクの冒険者として知っていたりするのか?」
「ああ、もちろんだ。 周囲の連中はこの街にいるおかげで安全だと勘違いして情報を疎かにしがちだが、俺は領主でもあるからな、付近の情勢がどうなっているかは把握するすべがある」
そこはやはりSランクということはあるな…… 街の住民とはわけが違うか。
「三大陸あるうちのアルテアはガルディアから大規模侵攻を二度行われ、一つの敗北と一つの勝利を手にした」
「勝ったのか? 首都アルタで大きく敗北した話は聞いていたがその話は初耳だ」
「まぁ最近の話だからな。 二度目の進行に耐えたアルテアだったが、勝利は勝利で終わらなかった」
「どういうことだ?」
「ガルディアは送り込んだ敗北したガルディアンナイト諸共闇に葬るべく、新たに軍を派遣したのだ。 先の戦いで弱ったアルテアを完全に潰すために」
「味方諸共かよ」
「ああ、乗ってきた船は壊され、両者は完全に退路を断たれた。 私達は避難先に残った住人や騎士を助け逃がす為にこの街には船を探しに来ている」
「なるほどそういった理由でか」
「そしてこの危機的状況からリーゼアへと渡る為に…… なんだ?」
急にメルアーデは私の口元を手で押さえ、小さな声で「少し静かにしてくれ……」という。
何をしているのだこの男はとしかめっ面で考え込んでいるとその理由が直後に明らかになる。
『うわぁ…… 広い。 キルアも早くおいでよ』
『私は風呂に入らなくても別に困らないのだがな』
『そんなこと言わないの。 疲れもとれるしクリーンよりもいいんだから』
壁越しから聞こえる声に思わずぎょっとする。
メルアーデはそっと私の口元から手を放し、ニヤリと笑い小さな声で呟く。
「何の為に俺がここを造ったと思う? 疲れを癒す為? いいや違うね、この日の為だ」
ゆっくりと細心の注意を払い、音を立てずに湯船からメルアーデは上がる。
「メインイベントの始まりだ」
最低だな…… 本当に……
軽蔑の視線をメルアーデに向けていると隣の女風呂から再び声が聞こえる。
『ちょっと、キルア…… タオルは?』
『上がったら拭くので必要ないです』
『それもそっか。 まず入る前に体を洗うんだよ』
「聞こえるか…… これはもう神が啓示している。 ここは俺が造り上げた。 ならば細工をしていないわけがないだろう」
さささっとメルアーデは壁越しに移動してある部分でかがむ。
すっと手を触れた場所が徐々に横へとスライドしていく。
そこには女風呂を覗くための穴が……
メルアーデは呼吸を整え、その穴を覗き込んだ。
直後。 メルアーデの覗いている顔面に向かって高温のお湯が降りかかる。
「んん!!!ん゛ん゛ん゛!!!」
激しく顔を手で覆い、床で暴れまわるメルアーデ。
だが、さすがはSランク冒険者、突然の熱湯にさえ声を上げずに押し殺してなるべく音を出さないようにしている。
『わっと、このシャワー勢いが強くてびっくりしちゃった』
『大丈夫ですか!?』
『大丈夫だよ。 ほらキルアもこっちに座って』
呆れ顔でその光景を眺めていると痛みから立ち直ったメルアーデがこっちへ来いと手招きをする。
ため息を一つ吐き、ゆっくりと湯船から上がる。
「なんですか変態」
「そういうな同士よ。 一つ目は失敗したがもう一つ作戦はある」
「勝手に同士にするなよ……」
「何をいうか…… お前も男なら、覗きは男の浪漫だというのがわかるだろ? お前にも覗かせてやるからよ」
「私は別にいい」
「瞳が動いているぞ? 隠さなくてもいいこのむっつりさん」
「誰がむっつりだ! それにアンタならいつでも屋敷のメイドの入浴姿を見れるだろ」
「……お前はアイツらの体を見ても同じようなセリフを吐けるのか?」
「え?」
「何でもない。 失言だ忘れてくれ。 それよりもだ、作戦は俺とお前が肩車で上から覗く。 お前の身長と俺の身長があればあそこから覗ける」
この風呂はいわば元々は一つ部屋なのだろう。 この隔ててある壁は天井よりも若干低く、空間が空いている。
「最初は俺が見る。 次はお前だ。 いいか?これは取引だ。 この作戦に加担したら俺が今後アンタらに力を貸そうじゃないか」
「クッ、卑怯な……」
「ほう。 そうはいっても体は正直じゃないか」
「これは早く終わらせたいからだ。 早くしてくれ」
「動くなよ…… よっと」
「うっ」
私の肩にメルアーデが登り、壁に手をかける。
「さて桃源郷は……」
「アクアネイル!!」
それは三連撃の水属性魔法攻撃。
その攻撃が壁に叩き込まれあっけなく崩壊し壁へと吹き飛ばされる私とメルアーデ。
「お前達何か言い残すことはあるか?」
「ちょ、キルア! 前! 前を隠して!!」
薄れゆく意識の中でやはりやらなければよかったと思うのであった。




