メルアーデの屋敷
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「おう。 帰ったぞ皆の衆」
屋敷に入るとずらりと並んで迎えてくれるのは数々のメイドだ。
ざっと十人程が規則正しく頭を下げる。
そのどれもが女性ということで華やかに彩られる。
「やはり最低な男のようですね」
「ええ、気をつけるに越したことはない」
後ろで小声で話すシェリアとキルアさんが視線が刺さって怖い。
説得に成功はしたものの入ってすぐのこの光景に驚くどころか呆れてしまっている。
屋敷は街の北側に仕切られる形で存在しており、私が住んでいた屋敷よりも広く大きいものである。
整えられた庭園もあり、やはりSランク冒険者という人物は資金力も膨大らしい。
「紹介しよう彼女達は俺の屋敷で働いている者達だ。 ちなみに皆元奴隷だった者達でもある」
「……奴隷」
ピクリと眉間に皺を寄せるシェリア。
「誤解しないでくれ、ここで働いているのはあくまでも彼女たちの意志だ。 とある貴族から救い出したところ私に仕えると言って聞かなかったのでな」
「はい。 ご主人様は私達を地獄から救い出してくれた命の恩人でもあります。 行く当てもなくした私達をここで働かせてくださり感謝の言葉もありません」
一人のヒューマンのメイドの女性が一歩前に出て話す。
ちらりと見渡せばどのメイドも頷き、その話が真実なのだとわかる。
奴隷文化は今も消えない傷としてどの大陸にも残っている。
拉致、拷問と様々あるがどの現場も言葉一つでは語り切れない。
ガルディアで見た地下奴隷収監所は結局はその一部でしかないのだから。
「彼女達が元居た場所は悲惨を極めていてな…… まぁそんな暗い話は今はいいか。 さぁさ、上がってくれたまえよ」
スッと彼女達が道を開け、先へと促す。
整えられた室内の調度品は彼女達の成果の賜物なのだろう。
掃除も隅々まで行き届いて、塵一つない廊下を奥へと進んでいく。
メルアーデは奥の扉を開くとそこには長いテーブルに綺麗に整えられた花瓶、食器が置かれ食事の準備がされていた。 一つの煌びやかな高級店のような雰囲気すら感じる。
「まったく…… 彼女達には本当に頭が上がらないよ……」
ボソリとそう零したメルアーデさんの表情は穏やかに笑っている。
「さぁ、すぐに料理は来る。 座ってくれ」
そのあまりの変わりようにシェリアもキルアさんも戸惑うばかりだ。
席に座ると同時に先ほどのメイド達が料理を運んで、私達の前へと音を立てずに置く。
余程訓練されてるんだな……
テーブルに置かれたのは焼きあがったばかりのパンに、赤い色をした鮮やかなスープ、獣肉のステーキに多くの種類の入ったサラダ。
赤い色のスープは匂いから魚介ベースなのだということがわかる。
そういえば昼間はバタバタしていたせいで結局食べていなかったからな……
そのスープの香りに思わずごくりと唾を飲み込む。
獣肉のステーキは小さめにあらかじめ切り分けられており、今も迸る肉汁や油を跳ねさせ香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「用意してくれてありがとうな」
「いえ、これも私達の務めですので」
にこりと微笑むメルアーデと深く頭を下げるメイドの方々。
「さぁ、遠慮せず冷めないうちに頂こう」
キルアさんもさすがに食事の時はあの仮面を外すらしく、髪を振りふぅと呼吸を漏らす。
「やはり俺の目に狂いはなかったな!! お美しい!」
「……はぁ」
キルアさんはため息を一つ吐きそのまま食事に移る。
あぁ、少しは見直したかと思った矢先にこれでは……
まぁ気にせず頂こう……
スープをスプーンで掬い、口へと運ぶ。
仄かな魚介のダシと絶妙な塩加減がすっと喉を通り抜け落ちていく。 香草のせいなのかポカポカと体が温まる。
美味しいなこのスープは……
隣を見れば同じように驚愕に目を見開いてさらにもう一口と食べるシェリアの視線が合う。
「お、お腹が空いてまして……」
「それもそうだよな…… すまないシェリア。 もう少し昼食を取れる余裕があればよかったな反省するよ」
「い、いえそういう事ではなくてですね……」
「えーと…… 違っていたか」
「……も、もういいですから食べましょう」
「そうだな」
恥ずかしそうに俯くシェリアに微笑みかけ、私ももう一口と食べ進めていく。
どの料理も美味しくあっという間に私達は食べ進めていった。
「しかし、Eランク冒険者がBランクに勝つなんて今まで聞いたことがなかったなぁ、アンタら本当にEランクなのか?」
メルアーデがふと考え込む様に聞いてくる。
「ああ、証拠もちゃんとあるぞ」
キルアさんは腕についている木製の腕輪を見せる。
「まぁそうだよな…… どこかの騎士でもあるまいに」
すっと飲み物のグラスに手を伸ばし口に含む。
おっとこれは……
どっちだ…… 感づいているのか…… それとも。
「まぁいいや。 キルア嬢は今彼氏はいますか?」
ブッ!!!
思わず飲んでいた水を噴き出す。
ずるい、唐突過ぎるだろ……
「おいおい、どうしたんだよ。 あーもしかして君が彼氏だったりするのか?」
「なっ!?」
「「違います!!」」
キルアさんと私の声が思わず被る。
「はっはっは、息ぴったり。 冗談だよ冗談」
ケラケラと楽しそうに笑うメルアーデさんが飲んでいるのは…… 酒か……
どうりで悪乗りが過剰になっているわけだ。
「……」
「シェリア?」
先程のメルアーデの悪乗りの辺りからか妙に口数が少ない。
「え? どうかしました?」
珍しいなシェリアがぼーっとしているなんて。
「随分とメルアーデも飲んでるみたいだな…… いい人なのはわかったけど女性好きなのは変わらないみたいだな」
「……そうですね。 あっ少し席を外しますね」
「ああ」
?? 女性の心理とはわからないものだな……
■ ■ ■ ■ ■
【side フェニール】
『ナウル、王室』
「ほんとに行かせて良かったのかい?」
ふぅと口から洩れる煙は窓の外へと流れていく。
「シェリアの事か」
ちらりと横目で見れば今も書類に頭を悩ませ唸る、このアルテアの国の国王、ゴートン=バーン=アルテア。
慣れない作業を一人でこなしているのには小僧なりの理由がある。
「もう時間が無いんだろ? 最後に居てやるくらいの事はしなくて良かったのかと聞いてるんだよ」
「いいんだよ。 俺はあの時に再びシェリアに会えただけで満足している。 もう十分家族との時間は過ごしたさ」
そう、国王ゴートン=バーン=アルテアは近いうちに死ぬことが決まっている。
それはなぜか……
「しかしな…… バーンがお主の所を離れたからといってお主が死ぬようなことは起こるとは限らんだろ」
契約が突如切れたという小僧は自分が死ぬのを伝えられたそうだが……
「いや、俺は死ぬ定めにある。 それは前王が物語っている」
前王、ゴートンの前に納めていた王はゴートンに倒されることによってその命を散らした。
命を散らした瞬間バーンは体内に流れ込んできたという。
「回避できるすべはもうないのか?」
「おそらく次で確実だ。 俺はてっきりあのナウルの戦いで死ぬんだと思っていたからな」
「やはり敵は攻めてくるか……」
「間違いない。 ガイアスからの報告も聞いただろう。 あの首都アルタが建物は砕け、更地に近い状態になっていたことを」
「未だに信じがたい事ではあるが……」
「いいからお前達は若い者や住人を連れてこの街から出ろ。 後は残った俺と老将達でなるべく時間を稼ぐ」
「馬鹿だねぇ…… もっとましな案はないのかい」
「無いさ。 俺は考えるより先に手がでちまうからな。 ほらお前らで最後だ。 早く行け」
邪魔だと言わんばかりに手で追い払うような仕草を取る。
「フン。 随分と言うようになったもんだ…… 結構小僧と組んでアタシは楽しかったよ。 また来世で会おうじゃないか」
「ああ、俺も退屈ではなかったからな。 あの世で嫁と一緒にアンタが来るのを待ってるよ」
「じゃあな」
「おう」
幕は下がり、夜は静けさを増してゆく。




