side マール=コフィリア?
部屋にノックの音が響き渡る。
視線で周囲に合図を送り、喉の調子を確かめる。
「……んっ」
よし、今日も調子がいいみたい。 これなら今日も上手くいきそうね。
一呼吸置いてなるべく穏やかな声を心がける。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアノブを空けて部屋に入って来たのはいかにも駆け出しっぽい服装のヒューマン。
女性? いや声からして男性みたいね。
続けて入ってくるのは獣人の女性。 こちらは腕輪からしてEランク、そして最後に入って来た人物に少し驚いてしまった。
「ひっ、鬼が来たのかと思いました……」
「ああ、驚かせてしまってすまない。 諸事情でこのお面を着けているんだ許してほしい」
その鬼のお面をつけた鳥人が謝るのではなくヒューマンの男が謝るのね……
まぁ、リーダーのヒューマンの男がCランク、獣人と鳥人がEランクね。 念のためにBランクの冒険者を雇ったけど使わなくて済みそうね。
すっと席を立ち、テーブルを挟んで向かい側に立っている三人の前へと移動する。
「わかりました。 冒険者の方も事情が色々とありますものね。 初めまして私が依頼を出したマール=コフィリアと言います。 今回は受けて頂きありがとうございます」
ぺこりと一礼し、すっと顔を上げる。
さぁ仕事モードに切り替えるわよ。
「依頼内容は婚約指輪の捜索だそうで」
金髪のヒューマンの男が依頼書を取り出しテーブルの上に置く。
「ええ。 とりあえず立ち話もなんですから座ってくださいな」
着席を促し、用意しておいたカップに紅茶を注ぎ、ことりと人数分テーブルに置き、私は対面の席へと座る。
二人は言う通りに着席、だけど鳥人のあの変な仮面を被った方は未だに立ったまま二人の後ろにいる。
「えっと……」
「ああ、お気遣いなく。 私は護衛の身なのでこのままで構いません」
ちゃんと喋れるんじゃない。 しかも女性なのね、ふぅんEランクの冒険者が護衛って…… 少し笑えるわ。
護衛をつける気でいるならせめて同じCランクかそれよりも上のランクに頼むものなのに何も知らないのね。 まぁあの依頼を見て来たんだし、楽に儲けようと考えてるのも頷けるわ。
そもそもあの依頼はCランク以上は割に合わない捜索依頼。 討伐や調査の依頼ばかりが目に付く中捜索依頼なんて初歩の初歩の連中がやる依頼。 しかも破格の五十万ランドルという金額。 冒険者になりたての連中はこぞって値段を見てこの依頼に飛びつくからねぇ、本当に笑える。
こういう連中を相手にするのは今回で何度目になるんだっけ。
本当に新米冒険者は良いカモね。
今もこの部屋には、いいえこの建物自体天井から睡眠作用の強いお香を焚いているの。 事前に睡眠に抗体を持つ薬をうってなきゃ徐々に眠りに誘われるって寸法。
眠ったところの装備を剥ぎ取って気づいた時には一文無し、私達は既にいない。
そんな絶望を見たらその綺麗な顔はどう歪むのかしらね。
「依頼の話を進めますね。 先日婚約するはずだった方から婚約指輪を頂いたのですが私の不注意で落としてしまって、結婚式は二日後だというのに…… うっ…… もうどうしたらいいかわからなくて依頼したのです」
涙は女の武器。 有効に活用していかないとね。
これでこいつらには貴族の無知な娘が大金を引っ提げて依頼したという印象を持つだろう。
「そうなのですか…… どのへんで落としたとか詳しい事はわかりますか?」
ここで重要なのは話を長く引き伸ばすこと。
「えっと…… 二日前にはちゃんと持っていたんです。 肌身離さず持っていたんですよ。 彼が私の為にデザインした指輪でとても綺麗な青色の宝石の埋め込まれた指輪なんです」
まぁそんな指輪なんて無いんだけどね。
そんな真剣に話を聞いちゃってまぁ……
「……突然で驚いたんですよ。 帰り道に突然抱き寄せられて君と同じ人生を歩みたいだなんて、震える手で話してくれたんです。 普段はそんなに行動的じゃないのにその時は真剣に私の目を見て」
「……素敵ですね」
これで獣人の女性の同情心も買えた。 女性同士ならばこういった話は惹かれやすい。
「そんな彼が意を決して渡してくれた指輪を無くすなんて…… 私はなんて愚かなのでしょう…… うぅ……」
「そんなことはないですよ……」
しかし…… 眠りに落ちるまでにやけに長いわね…… 普段ならこのあたりで効いてくるはずなのに……
泣きまねで目を擦る振りをしてちらりと確認すれば問題なくお香は流れている。
ただ単に耐性が強いかもしれないわね…… それなら……
「すみません。 泣いてしまって…… 」
自分の近くにある飲み物のカップへと手を伸ばし、中の飲み物をこくりと飲む。
「ふぅ、あっ、私だけが飲んでしまっていてすみません。 どうぞお飲みになってください。 私の実家から取り寄せた紅茶なんです。 私の実家は紅茶も栽培していて味も香りにも自信があるんですよ」
こう言われれば断り辛いはず。 そして私が口をつけて飲んだことにより気が抜けているから、睡眠薬入りの紅茶には気づかない。 味には影響のない睡眠薬、これで落ちなかった者はいないんだもの……
「では…… お言葉に甘えて頂きます。 ほら、キルアの分だよ」
「ああ」
すっと手を伸ばし紅茶入りのカップに三人が口をつける。
鳥人は飲まないかと思ったけどこれはこれで手間が省けるわ。
さぁ、精々いい夢を見なさい。
夢から覚めたら全てが終わった後だけどね。
「うん。 とても美味しいですね」
「へっ!?」
え!? ちょっと待って? 高濃度の睡眠薬入りの紅茶よ?
「はい。 香りもよく、良い茶葉を使用しているんですね」
こ、こっちも!?
「ああ、たまには紅茶も悪くないな」
い、いったいどうなって!? 魔物も眠らせる程強い睡眠薬なのよ!? そんな効かないなんて馬鹿な事あるわけ……
「どうしました? 顔色が悪いようですが?」
「え!? いや…… あの……」
「もしかしてこの紅茶の中の睡眠薬が効かない事に驚いていますか?」
「なっ!? なんで!?」
どうしてバレて!? いや、今は考えるのは後!!
「チッ、出番だよ」
激しい音を立ててドアを蹴破る音が響き渡る。
「作戦失敗かよ。 精々報酬を上げておけよ」
「あっは。 その慌てぶり笑えるんですけど」
「あんなに得意げに話していたのにねぇ」
ぞろぞろと部屋に入ってくるのは雇ったBランク冒険者チーム【ライフ】。彼らは四人で構成され、仕事は表から裏まで幅広く請け負う。
金さえ積めば簡単に動かせる都合のいい駒だ。
「御託はいいから早くしな」
まぁ、Eランク冒険者相手にちょっと過剰戦力かもしれないが、見破られちゃあ生かしておけないね……
■ ■ ■ ■ ■
【side アリア】
まぁ罠だっていうのは最初にキルアさんが席に座らなかったことから見て明らかだったが。
こいつらは検問の時に横入りしてきた冒険者達じゃないか。
あらかじめ罠と疑っていた私達は事前に毒や睡眠といった状態異常を引き起こすものを打ち消す薬をうってきている。
この建物に入った際にお香の香りが睡眠を引き起こすものだというものはシェリアから伝えられた。
やはり獣人は匂いを細かに識別できるらしい。
「これも運命って事なのかもしれませんね」
にこりとシェリアが微笑むが毛先が逆立っている事から内心は大変怒っていらっしゃるのだろう。
検問前はあんなに怒っていたからなぁ。
「どこにでもこういった屑はいるものだな」
ふぅと息を吐くキルアさん。
「おいおいおい。 随分余裕そうだがわかってんのか?今の状況をよ! 精々この依頼を受けたことを後悔しておくんだな」
あれ…… そういえば四人目のギガント種の奴が見当たらないがこの建物だから入れないのかなるほど。
「無視してるんじゃねーよっ!!」
ヒューマンの男が剣を振り上げる。 それを合図にヒューマンの女もエルフの男も動き出す。
次元収納から剣を取り出し、男の剣に沿うように剣を当てていく。
体重ののった攻撃は受け流され、男はよろめくように前かがみとなる。
その横腹に蹴りをいれ吹き飛ばす。
「おごぉっ!?!?」
男は壁に激しく体を打ち付ける。
ちらりと横目で見ると、ヒューマンの女の短剣はシェリアの次元収納から取り出した盾で弾かれ、拳に装着したナックルで殴打していく。
キルアさんの方は一瞬だった。
エルフの男が剣に手をかける直前に踏み込み切り捨てていく。
「ひぃ、化け物っ!?」
「失礼なっ!」
シェリアが反論の声を上げる。
「クソッ! 捕まるわけにはいかないのよ」
緑色の髪のマール=コフィリアを名乗ったエルフの女はそう叫ぶと、窓を破り外に逃げようとダイブしていく。
「デニー!」
「任せておけ」
飛び出したエルフの女が驚愕に目を剥く間もないまま、外で待機していたデニーによって地面に叩きつけられる。
「ちゃんと手加減はしてるぞ。 まぁ結局こうなったか」
「な、なんで…… こんな奴が…… Eランク……」
そう言って意識を失ったのかエルフの女は動かなくなった。
窓が崩壊した建物から飛び降り、若干騒がしい周囲を見渡せばもう一人のBランク冒険者のギガントの男はぐったりと伸びていた。
「ん? ああこいつか? ちょっかいをかけて来たから適当に沈めといた」
「流石です。 デニーさん」
シェリアも降りてきてすっきりとした笑顔で笑う。
「後は意識を回復したコイツから話を聞くだけだな」
キルアさんは淡々と意識の失っているエルフの女性をロープで巻き上げていく。
「おいおい。 この騒ぎはなんなんだ?」
慌てて振り向くとそこには不思議そうにこちらを見ながら歩いてくるメアン族の男性。
まさか…… この人は……




