依頼書
壁に貼られている物を眺めているとあることに気づく。
「異常繁殖や、この地に普段いない魔物が生息し始めたみたいだな」
魔物の生態はそれほど詳しいわけではないが、この張り紙に張られている物はほとんどが討伐依頼だ。
「あ、納品依頼もありますよ。 さっき倒したガネラスパイダーの魔石とかちょうど持っていますし」
シェリアが張られている依頼書を剥がし、手に取る。
他にも受けられそうな依頼を無数に張られている依頼書の中から探し出す。
「この街から出ないのであればこの依頼を受けてもいいか?」
キルアさんが一枚剥がしてこちらに持ってくる。
「落とし物の依頼か」
騎士団に居た時はたまに巡回任務中に行ったことはあったが、冒険者組合でも取り扱っているんだな……
その依頼書にはこう書かれている。
【急募 婚約指輪の捜索願 日時二日以内 報奨金五十万ランドル マール=コフィリア】
「こ、婚約指輪を無くすって異常ですよ…… うっかりじゃすまされない」
シェリアは青い顔をしてその依頼書を眺めている。
「こんなの二日以内に見つかるものなのか?」
デニーが言うのも納得する。この街に住んでいるものならばいざ知れず、私達は今しがた到着したばかりなのだ。
「問題はそこではないんだ。 普通はこんな依頼など成立するわけがない。 なにせ依頼主は既に死んでいるのだからな」
「へ? え?」
シェリアはぽかんとした顔をしてキルアさんを見つめる。
「どういうことですか? キルアさん」
「アルテアの戦争で亡くなった人達のリストはこの間の軍事会談前に作り終わっていたのだが、その中に貴族で唯一亡くなった名がある。 それがマール=コフィリア。 アルタの戦いで屋敷は焼け落ち、死体も確認された」
「死体が別人の可能性だってあるんじゃないか?」
「それは無いと断言できる。 私は親友の顔を間違えるはずなどない」
悲痛な顔で俯くキルアさんの表情を見るからに本当の事なのだろうと思う。
「誰かが名を偽っていると?」
「ああ、いったい誰がこんなことを……」
浮上した急激な闇に悪寒を感じる。
平和に見えるこの街の水面下はいったいどうなっているんだ……
またガルディアに居た頃のような闇が潜んでいるのかもしれないな。
「確かめる必要はあるな……」
驚いたような意外そうな顔でキルアさんは私を見る。
「いいのか? 本来であればお前達には関係ない事だ。 私一人で受けるつもりだったのだが」
「私達は同じ【オルタナ】というチームじゃないですか。 手伝いますよ」
「ああ、それに時間はまだあるからな」
デニーが言うようにどのみち一週間はこの街にいなくてはいけないからな……
「決まりだね。 依頼を提出してこようよ」
「姫様……」
「あっと、私も同じ冒険者の仲間なんだからその呼び方は駄目だよ」
「うっ…… 気をつけます」
「よろしい」
にこりと笑みを浮かべシェリアは二枚の依頼書を手に受付へと向かって行く。
数分後、討伐の報奨金とマール=コフィリアの名を語った奴らの待ち合わせ場所の地図を手に入れ、とりあえずその場所まで向かってみることとなった。
■ ■ ■ ■ ■
地図を確認しながら街を歩き、待ち合わせの目的地へと到着する。
地図と照らし合わせ看板を確認するとどうやら依頼主はこの場所にいるらしい。
「パルトル。 ようは宿泊施設ですかね…… 見たところ……」
看板にはパルトルと書かれており、吹き曝しの一階部分は飲食店になっているらしくお昼間際の今は人でかなり混雑している。
用があるのはその二階に宿泊しているマール=コフィリアという今は亡き人物。
「私は外で待つ。 どっちみちその宿はギガント用に作られていないみたいだからな」
見れば一階の飲食店側はギガントも入れるほどの大きさなのに対して、二階はヒューマンやエルフのような身長の者でしか入れない作りになっている。
これではデニーは入ることは不可能だ。
「二階からは階段か。 少し行ってくるよ」
石造りの階段を登り、二階のドアを開き中へ入る。
外の黄土色の石造りの建物とはうって変わって室内は木目調の木を中心とした作りになっている。
「いらっしゃいませ」
ぺこりと受付のエルフの女性が会釈をする。
「こちらにマール=コフィリアという人物は宿泊していますか?」
「えっと…… 依頼の方でしょうか?」
「はい。 こちらに」
すっと受付に依頼の内容とこの場所が書かれている紙を見せる。
「確認いたしました。 このまま右手側をまっすぐ行った突き当りの部屋でございます」
「ありがとう」
この情報がでまかせかもしれないと思ったが、一応その心配は無さそうだ。
「ここの匂い…… あまりいい匂いじゃないです……」
シェリアが気分の悪そうな表情を見せる。
この建物に入ってすぐに鼻を付いたのはこの甘ったるいお香の匂いだ。
受付に置いてある焚いたお香はこの場所に充満しているのか、獣人であるシェリアにとってはきつい環境であるのだろう。
「たしかにあまりいい匂いだとは言えないな」
宿泊施設によってやり方は様々あるが、ここのようにお香やフレグランスを撒いている場所は珍しくはない。
やけに甘い匂いが廊下に漂うのが見えなくてもわかる。
「早めに終わるといいんだけど……」
部屋の入り口のドアへとそっと手が伸びてゆく。




