冒険者組合
街は人通りが多く、多種多様な人物が行き交っている。
「こっちとこっち安くしとくからちょいと寄っておくれよ!」
「そっちよりもこっちの方が脂が乗ってて美味いよ。 今なら百五十ランドルだ」
「なに邪魔してんだい!」
「そっちこそ!!」
商人達は商人達でいかに冒険者に買ってもらおうと工夫の限りを尽くしている。
こういった商人同士の言い合いはこの街が栄えている証拠だ。
場所や商品は日々変わる。 それをいかに利益に繋げるかが商人の腕の見せ所なのだと聞く。
「武器や防具といったらここ、アルテア図一の武器商人スケープゴートだよ! ほらほら寄ってって」
冒険者の必需品でもある武器や防具なんかもこの街では豊富に仕入れることが可能なのだろう。
行き交う人達を横目で見ながら、シェリアは不思議そうに尋ねる。
「ここはあまりにもナウルとはかけ離れているんですね……」
多種多様な人が溢れ、活気に満ちている。 この冒険者の街が王国都市であるアルタやナウルよりも栄えている理由。
ナウルでは食べる物も限られる中、ここでは全くそのような影響などないように見える。
「Sランク冒険者の恩恵。 だろうな……」
勇者と並び、市民からの人気の高いSランク冒険者が管理するこの街はその庇護下に支えられている。
そもそもSランク冒険者というのは規格外の存在であるともいえる。
かつての魔物の異常繁殖時に一人で抑え込んだ者や、Aランク、Sランク相当の魔物の討伐を専門に扱っている者、国家権力を抑え込める財力の持ち主の者など様々いるが、どれも一人で軍事国家並みの力を有する者がほとんどだ。
その為にガルディア、アルタ、ゼアルの三都市は冒険者組合と締結し、戦争の際の完全なる中立国家として各大陸に安全な街を次々に作ったのである。
この街では国の影響を受けず、戦争にも参加しない。その代わりにどの国とも商業のやり取りは保証するというものだ。
このおかげでナウルは今も飢えることなく生活できているといってもいい。
街の外壁はこういった戦争からこの街を守る緑色の魔法障壁が常に張られていて、安全面は都市と同じように最高水準を保っていると聞く。
絶対的な安全が保障されているこの街だからこそこんなにも人が溢れているのだと思う。
「自分達が安全だとわかっているからこそ、周囲の情勢には疎い者がほとんどだがな……」
デニーはため息を吐き平和に染まった街の住人を眺める。
「ああ、貴族達の事か。 あれは私達とは住む世界が違うのだろう」
キルアさんも同じように手を焼いていたのかもしれないな。
この街に住む者は冒険者の恩恵に肖ろうとする貴族達が多い。
戦争が激化した現在ではより一層都市に住む者が減り、この冒険者の街へ移住する者が増えたくらいだ。
ここの土地代というかそういうのは普通の場所よりもずっと高く設定されているらしいからな。
その為に安全な場所へと移り住んだ者達は周囲の情勢には無関心な者が多いというわけだ。
Sランク冒険者という後ろ盾がある限り。
そういった周囲の環境が変わらない限り変化のない人々の姿を横目に見ながら、私達はこの街の冒険者組合を目指した。
目前に佇む荘厳な建物。 ギガントのデニーでさえも優に超える程の大きな建物が視界に飛び込む。
これがこの街の冒険者組合で間違いないだろう。
周囲には冒険者仲間を待っているのだろう、冒険者達の待ち合わせの場所としていくつものチームが集まっている。
その誰もが私達が扉を開くのを横目に見ている。
どの程度の実力の持ち主なのかを確認しているのだろうな。 その視線の矛先は腕についている腕輪へと向けられ、私達がEランクやCランクだとわかるとすぐ興味を無くした様に離散する。
冒険者組合の建物の中はガルディアにあったものとさしては変わらないようにも思える。
周囲を見渡せばこれまた入って来たばかりの私達へ向け視線が集まる。
「居心地が悪いですね……」
「そういうものだと割り切るしかないなこれは」
シェリアがその視線の波に気分を悪くするがこうも見れれては仕方ないかもしれないな。
「堂々としておればいい。 視線など慣れてしまえばどうという事もない」
デニーはギガントとして目につきやすい存在として慣れていると言う。
あまりにも身長が違うギガント種は視線を集めやすく、過去迫害を受けていた種族でもある。
今も大半の人物の視線を集めているのはデニーだ。
歩みを進め、受付へと向かう。
受付は五か所に分かれ、そのどれにも冒険者達がおり話をしている状況だ。
壁にはこのあたりで危険とされている魔物の名称と危険度が書かれた紙や、依頼書がびっしりと張られていてそれを眺める冒険者達でその周辺は混雑している。
なるほど、冒険者達はここから依頼書を取り受注するのだな……
その姿を眺めていると丁度目の前の受付が空いたので私達は受付へと向かう。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の紫髪の犬型獣人女性が営業スマイルでにこりと微笑みかける。
その女性の胸元にはネームプレートがあり、名前はベリーナというらしい。
「チームの登録がしたいのだが」
「はい。 かしこまりました。 それでは皆様の腕輪と手帳をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
ことりとそれぞれ受付のテーブルに置かれるのは冒険者としての証である腕輪、そして検問官から渡されたこの街に入ったばかりに貰った手帳。
「総合でこのチームはDランク冒険者チームとなります。 チーム名は何になさいますか?」
「【オルタナ】でお願いします」
「承りました。 少々お待ちください」
私がCランク、デニー、キルアさん、シェリアがEランクで総合でDランクとなったか。
ランクは数ある依頼をこなしていけば自然に上がると聞くが、時間が無いからな早めに目的を達成して戻らないと……
受付のベリーナさんは腕輪と手帳を預かると奥の部屋へとそれらを抱えていく。
認証などは奥で行っているのかもしれないな。
「船はここで依頼した方がいいですよね」
ピコピコと耳を動かすシェリアが私を見上げて言う。
「ああ冒険者達に見てもらうにはそのほうがいいだろう。 その間にリーゼア出身のメアン族を探していよう」
「しかしいくら冒険者の街とは言え、メアン族はさすがにこの場所では見かけないな……」
キルアさんは周囲を見渡しそう呟く。
元々鎖国気味なリーゼア大陸出身の人物は少ないのも頷ける。 だが、全くいないわけではないのだ。
「この街を収めているのはSランク冒険者のメアン族だ。 他のメアン族はきっと見つかる」
先程の混雑した街の住人が話をしていたのを聞き逃さなかった。
この街はSランク冒険者、メアン族のメルアーデという名の人物が納めているらしいとのこと、領主である人物がメアン族というのはかなり希望が持てる。
すなわちこの街には同じ種族であるメアン族がやってくる確率は高いのだ。
「お待たせしました。 登録の方は完了しましたのでこちらをお返ししますね」
受付のベリーナさんが戻ってきて腕輪と手帳をそれぞれ返却する。
手帳を開くとそこにはちゃんと私達のチーム名【オルタナ】とランクDという文字が新たに記入されている。
「他には何かありますでしょうか?」
にこりと再び微笑みかけるベリーナさんはこの手の事などお手の物なのだろう。
さすがは冒険者組合の受付嬢だ。
「依頼書を作成したいのですが」
「畏まりました。 ここにその依頼の細やかな詳細と褒賞金額を記入してください」
船はあのナウルの住人六百人を乗せれる船となると大きさはかなりの物が必要。
およそ大型船三隻分というところだろう。
三隻分か……
Aランク冒険者や貴族ならば調達も可能かもな……
そうだ…… 金額。
「金額はどうしますか? 何か聞いていたりしますか?」
キルアさんの方を振り返り、尋ねる。
きっとキルアさんの事だから国王から金額を話し合っていると思うが。
「ん? 五億ランドルだ」
「なっ!?」
「ご、五億!?」
その金額に私もシェリアも驚愕の声を上げてしまう。
さらりと告げたキルアさんは何を当たり前のことと言わんばかりに続ける。
「民衆の命に係わるんだ。 これでも少ないくらいだと思っているが」
たしかにその通りではあるのだが、金額のあまりの大きさに若干どころか大きく引いてしまった。
五億ランドルともなれば下手をすれば大型船三隻どころか一軒家も軽く買ってお釣りがくるほどだ。
見れば話を聞いていたのだろう受付のベリーナさんも驚きどころか青い顔をしている。
「さ、最高依頼金額を大きく超える依頼はは、初めてなもので……」
ベリーナさんの唇は若干震えている。
無理もない話だ。 Eランク程度しかない私達がこのような依頼を出すのだ。 心の準備もあったものじゃない。
「ほ、本当にこの金額でよろしいのですか?」
「あ、ああ」
「ひぃ、わ、わかりました!! 依頼が受けられたらご連絡はこ、こちらに致しますので」
震える手で手渡されるのは通信のマジックアイテムであるシーレスだ。
「こ、この街の中に居る限りこのシーレスが使える範囲にありますのでなるべくこの街の外へは出ないで頂けると嬉しい…… です」
シーレスは範囲を絞ったり特定の人物との会話を目的とした通信用のマジックアイテム。
ガルディアでも何度も連絡を取り合う際に利用してきたものだ。
「あっ、期限はいつまでとかありますでしょうか?」
あまり時間はかけられないな……
「一週間以内でお願いします」
「は、はい。 わかりましたお任せください」
さっきまでの落ち着いた雰囲気の受付嬢の姿はどこへやら……
慌てふためくベリーナさんとのやり取りを終え、受付を離れる。
すぐにベリーナさんは私達の依頼書を目立つ場所へと急いで張りに向かう。
その顔はやる気に満ちている。
「私達もこの街で人探しをしながら依頼をこなしていこうか」
「はい。 ただ待ってるだけでは時間が惜しいですからね」
私達も同じように依頼書の張られている人だかりの中へと足を運ぶ。




