side フェン・リージュン ~囮捜査~
ここまでは予定通り。
いやむしろ上手くいきすぎているのが逆に恐ろしい。
ネア様やマクミラン様は喜んでいたが、こんなにも私が注目を浴びるなんて思ってもみなかった。
このような社交場にまったく慣れていないせいか、手汗が酷い。
化粧が崩れていないか心配でもある。
二階へ続く階段に恐々と足を踏み出しているのがばれないように必死で澄ました顔を作る。
何よりも怖いのは転倒だ。
平らな床での訓練はもう完璧と言ってもいいが、足元がドレスで覆われている為いつも階段は不安になってしまう。
あくまでもお淑やかに。
階段を登り切り、ふと安心して一歩踏み出した際に悲劇は起きた。
「ヴッ……」
気を緩めてしまったせいなのか自分のつま先をかかとのヒールで思い切り踏んでしまい、激しい痛みが駆け巡る。
唇を噛み、痛みをかみ殺す。
こんなところで失敗なんてできない。
涙目になりそうなのを必死に堪え、ブルムレア大臣の前までようやくたどり着く。
「どうかされましたか?」
「い、いえ。 それにしても素敵な舞踏会ですね」
この手の話は逸らすに限る。
一瞬怪訝そうな顔をブルムレア大臣は取ったが、すぐに上機嫌になり、笑顔でこちらに語り掛ける。
「そう言ってもらえると開催した甲斐がありますよ。 この屋敷も私の自慢でしてな腕のいい職人を集め、数億バルドをかけて建設にあたったのですぞ」
「へぇ~そうなのですね」
私にとっては雨風を凌げられるだけでも十分なのになぁ……
価値観が違うって言うんだろうね……
にこやかな笑みを携えるとブルムレア大臣は嬉しそうに席を勧める。
「ささ、長い時間疲れたことでしょう座ってください。 何か飲みたいものとかはありますかな?」
「ありがとうございます。 そうですね…… 林檎ジュースがいいです」
ぴたりと一瞬の間が空く。
しまった。 ……ついいつもの癖が。
「いやははは、フェン殿は御冗談が上手いですなぁ、そのような庶民が飲むものを希望されるとは思いもしませんでしたよ。 これは一本取られましたな」
「おほほほ、軽い挨拶みたいなものです。 貴方様と同じものが飲みたい気分です。 お勧めはありますか?」
あっぶなぁああああい!!
ネア様に怒られる所でした。 間一髪上手く機転を利かせることができました。
「そうですなぁ、今良い品を持ってきます故。 おい、持ってきてくれ」
しかし、その声とは裏腹に奥の部屋からは誰も出てこようとはしない。
「なんだ? 客人を待たせているというのに…… すまないが少し待ってくれるか?」
「は、はい」
不機嫌そうにすっと私の横を通り過ぎ、ブルムレア大臣は奥の部屋へと歩き出す。
すかさず耳にかけていたイヤリング製の、シーレスという魔法道具を起動させ、外で待機しているネア様とマクミラン様へと繋ぐ。
『助けてください』
『はぁ…… 何をやっておるんじゃフェン……』
『そろそろこちらの準備も終わりましたので突入致します。 大臣は捕縛、他の裏の名だたる人物も同行させるつもりです』
『よい。 色々問題はあったがフェンもよく注意を引き付けてくれた、これならば逃げることはできんはずじゃ』
『では突入させます』
その瞬間扉が勢いよく開き、リーゼアの騎士団、ゼアル騎士団がホールへと流れ込んでくる。
「動くな!! 違法売買が行われているとの情報により、我々騎士団がこの場を包囲した。 大人しくしてもらいたい」
剣を突き上げ叫ぶのは、騎士団の青い鎧に身を包み、紫髪のぴっちり切りそろえられた前髪が特徴な騎士。
「そんな!? なぜここに騎士団が……」
「くそっ!! 嵌められた!!」
慌てふためく下の様子を眺めながら安堵の息を漏らす。
これ以上長く続けていたら必ず大きな問題が起こりそうだった。 良かったぁ……
バタバタと階段を駆け上がる足音が聞こえる。
「フェン様。ご苦労様です。 大丈夫でしたか?」
騎士を引き連れたマクミラン様は安堵の声を漏らし、私の元へ駆け寄る。
「少し怖かったですが、大丈夫です。 大臣はあちらの部屋に入っていきました」
「わかりました。 安全の為にフェン様も一緒に」
「はい」
マクミラン様の後に続いて歩き、奥の扉を騎士の人達が捻り開けた時、信じられない衝撃の光景を目にする。
「なっ!?」
「これは…… フェン様は見ない方が……」
「いったい何が…… ひっ……」
そこには壁に磔にされ、殺されたブルムレア大臣の姿。
部屋中が血に濡れているのではないかと思うくらい酷い惨劇であった。
先程まで会話をしてからほんの数秒も立たないうちにいったい何があったというのだろうか……
思わず吐き気がこみ上げてくる。
「フェン様、あまり無理はしてはいけません。 どうぞこちらは私達で行いますので」
「あ、ありがとうございます。 いったい何が起こっているのですか?」
「それはまだわかりません。 ですが、どうやら事は余計に重大となりました。 情報を聞き出すつもりでしたがこれでは…… 詳しく調べてみますので先に戻っていてくれますか?」
「わ、わかりました」
人の死を初めてこの世界で見て、あまりの衝撃にふらつく足を奮い立たせ、階段を降りる。
まだ微かに震える体を抱きしめ、不安感が募る。
嫌な予感がする……
■ ■ ■ ■ ■ ■
【リーゼア大陸 大臣の屋敷】
ジェダイは手を前方へと翳すと深淵魔法ダークゲートで空間ををこじ開ける。
後ろを振り返り、ドルイドは笑みを浮かべた表情で答える。
「あれがリーゼアの勇者ですか」
「今回はそれが一番の収穫ですネェ…… 謎に包まれていた勇者をこの目でミレルナンテ、大臣には感謝しませんト」
帽子を直しながらジェダイは感慨深そうに頷く。
「招待状も残しておきましたから、次は能力の把握もできる事でしょうね。 アルバラン様が気にいる能力だとよいのですが」
「こちらのパイプもより広がりましタシ、この子達も上手く稼働してくれていマス。 計画は順調と言って良いかもしれまセンネェ」
「まずは半年後、ゆっくりとリーゼアを追い詰めていきましょうか」
ニヤリとドルイドは口元が緩む。
「先が楽しみデスネェ……」
同じようにジェダイも笑う。
闇は収束し、綴じ目は消え去る。




