side フェン=リージュン ~舞踏会~
耳に心地よく響く穏やかな音楽。
こつりこつりと私の靴は硬質な床にまた新たな音色を刻む。
「見て、あの人……」
「まぁ、綺麗な人ね…… どこの人かしら……」
そんなため息交じりの声がすれ違う人達から聞こえてくる。
皆、私の事が気になるみたいでチラチラと視線が集まるのがわかる。
少々恥ずかしいくらい。
ちらりと周囲を見渡せば、高価そうな調度品がいくつも目に入る。
そして身なりを整えた格好の人達は一様に奥の部屋へと向かっているようだ。
息を呑み、教えられた通りの歩き方でまた一歩ゆっくりと足を運んでいく。
■ ■ ■ ■ ■
ホールには音楽が響き渡り、軽やかに踊りだす人々。
その横では身なりを整えたメアン族の名のある貴族達が歓談の中高価な酒を飲んでいる。
煌びやかな照明が踊る人達を照らし出し、見ている人達の表情には笑顔が見て取れる。
さらにその光景を満足そうに眺めるのはホールの二階席、一握りの人のみが立ち入れるこの場所に小太りのメアン族、この舞踏会を開催した張本人であるブルムレア大臣はくいっと酒を口に運ぶと、上機嫌で隣の人物へと話しかける。
「どうですかな? この光景は」
「ええ、悪くありませんね。 これならば仕事も捗りそうです」
にこやかな笑みを浮かべるのは高価そうなスーツに身を包んだ長い茶髪のエルフ、ドルイド=アンダーソン。
下の光景を眺め、細い瞳はまんべんなく辺りを見渡していく。
「ムフフ、ドルイド殿の役に立てたようで何よりです。 今はまだ序章にあたる場面、ささ、どうぞこの日の為に取り寄せた一級品の酒がありますので」
「そうですか。いただきましょう」
ブルムレア大臣はドルイドを皮張りの高価なソファーへと案内すると、テーブルを挟んで対面にどかりと座る。
「おい。 持ってまいれ」
ブルムレア大臣が声を掛けると綺麗な格好をしたメアン族の女性が奥から一級品の酒を持ち歩いてくる。
顔は薄いベールに包まれ、服装は大胆に布が少ない衣装である。
その首には首輪がついており、垂れ下がるチェーンが音を鳴らす。
「この酒はなんでも異世界人が作り上げたワインと呼ばれる物でこの大陸でも数本しかないと言われている品。 きっとドルイド殿も気にいるはずですぞ」
「ほう」
二つのグラスに静かに注がれる赤紫色のワイン。
ドルイドは手に取り、その豊潤な香りをかぐと再びにこやかな笑みを浮かべる。
「良い品ですね。 普通の酒とはまた違った甘い香りが特徴なのですね」
「ええ、私もこの香りに惚れた一人。 滑らかな喉越しと口の中に広がる果物の香りがもう一杯と思わず進みたくなってしまうのですよ」
ブルムレア大臣は酒を片手に、垂れ下がるチェーンを引くとベールに包まれたメアン族の女性はその刺激的な肉体をブルムレア大臣へと預ける。
「やはり良い酒には良い女がつきものですなぁ。 どうですかなドルイド殿も、私の奴隷でよろしかったらお好きな相手をお選びくださればすぐにでもお相手させますが」
ブルムレア大臣は指を鳴らすと奥から次々と綺麗な格好の様々な種族の女性が出てくる。
皆首元に首輪をつけられ、顔は同じように薄いベールで被われている。
「いえ、お気持ちだけ受け取っておきますよ」
「ムハハハ、ドルイド殿は紳士なお方ですなぁ、おい、下がってよいぞ」
歓談は続き、ゆっくりとした時間は流れていく。
「この酒もこの空間もブルムレア大臣のお力の賜物ですね。 大変素晴らしいです」
「私にはもったいなきお言葉。 これもドルイド殿やジェダイ殿のお力添えがあってここまでこれたものですから。 おや、どうやらダンスも終盤に差し掛かったようですぞ」
ほろ酔い気味のブルムレア大臣は奴隷の女の肩を抱き寄せ、立ち上がると下の階の見える場所まで移動する。
音楽は変わり、踊っている人達もこれが終盤なのか次々と相手を変え踊っていく。
「そろそろですかね。 私はこれより仕事に入りますので、またお会い出来たら」
「おお、そうですか。 いやはやまたゆっくりとこうして酒でも飲みましょうぞ」
「ええ、それでは」
すっと床に黒いゲートが開き、沈む様にドルイドは姿を消す。
残されたブルムレア大臣は再び下を眺めその頬を緩め、奴隷の女の肩を抱き笑う。
「ムハハ、これで儂の地位も盤石な物になったとは思わんかね?」
「……はい」
「可愛い奴め、後でたっぷりと可愛がってくれ…… ん?」
周囲のざわめきが耳に入り、そちらに顔を向けるとそのざわめきの正体が目に入る。
「あの絶世の美女は誰だ……」
舞踏会は終盤に差し迫ろうかという場面、そこに現れたのは目を引く真紅のドレスに身を包んだ美女。
艶のある長い黒髪、細長く綺麗な角はまるで芸術のよう。
整った顔立ちはこの場に集まる誰よりも可憐で、儚げな瞳は真っすぐと堂々としている。
その出立は気品が溢れ、一目で心を奪われる。
誰もがその光景に見惚れ、彼女の歩む道は光が走っているのかと思うくらいに人が彼女の邪魔にならないように避けていく。
一瞬音までも止まり、再び慌てたように音楽は鳴り響く。
息を呑む光景。
視線は必然的に彼女に集まる。
あの美女は誰なのかと。
一瞬の空白より意識を取り戻した男性のメアン族の人達は我先にと彼女の元へと集う。
「ど、どうか私と踊ってくれませんか?」
「い、いや私が先だぞ。 私と踊ってくれないかね」
「なにを言うか、彼女はきっと儂と踊るんじゃ、若いもんは黙って見ておれ」
周囲のそのあまりの変わりように、女性たちは嫉妬の眼差しと尊敬の眼差しが交差する。
その驚愕な場面に真紅の美女は困ったようにその艶のある口を開く。
「そのようにたくさん言い寄られてしまっては困ります」
にこりと照れたような顔は可憐で周囲を瞬く間に虜にしていく。
「まてまて、そんなに言い寄られては彼女も困るだろう。 私がこの舞踏会の主催者のブルムレア=ウルバリンだ」
額に汗を浮かべ、にこりと微笑むブルムレア大臣は周囲を払いのけ真紅の美女と対面する。
「初めまして、私はナスタリア家の子女でありますフェン=ナスタリアと申します。 今回はお呼び頂き感謝の言葉もありません」
完璧といわれるほどの綺麗なお辞儀をしてフェンは微笑む。
「ナスタリア家でしたか。 いやはや、どうですかな私と一曲」
周囲がざわめきに包まれる。
「ありがたきお言葉。 ですがその前に貴方様とお話したいなと……」
「おお、良い、良い。 絶好の席が用意してある。 ついてまいれ」
「はい」
深くお辞儀をしてゆっくりと歩き出す。
フェン=リージュンは心の中で上手くいったと思うのであった。




