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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第3章 軍事会談
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進みゆく世界

 額から汗が流れ落ちる。

 こんなにも蒸し暑いのはアルテアの気候が夏場にも関わらず雨が多いせいで、湿度が常に高いからだ。


 シェリアに聞けば昔はこの環境のせいで熱中症という病気になり、多くの獣人が亡くなったと言われている。

 汗を拭い、乾いた喉を潤すために水入りの袋に口をつけぐいっと飲む。

 冷たい水が染みわたり、これだけで生き返るというもの。



「ぷはっ、ふぅ、とりあえずはだいぶ聞いてくれるようになったな」



 一晩が経ち、再び演説を開始し始めると昨日の出来事が嘘のように人が集まり、話をちゃんと聞いてくれる。

 今では長老会の代理人であるフィオの演説場所の人数と大差ないまでになってきているのだ。



「ふぅ、みんな不安だっただけなんです。 真摯に取り組めばきっとわかってもらえると信じていました」



 シェリアも汗をかきながらはにかみ、私を見上げる。

 昨日から同じように舞台に立ち演説をしてくれたおかげで随分変わったものだ。



「おっと、はい。 ちゃんと飲まないと倒れてしまうからな」



 先ほどまで飲んでいた水入りの袋をそっとシェリアに手渡す。



「わ、私はだいじょうぶですよっ」


「いや、ちゃんと飲まなきゃダメだろ。 ほらなんだか顔も赤い気がするし」


「こ、これは、その……」



 ぶんぶんと顔の前で手を振り、慌てた表情のシェリアはなんだか久しぶりな気がするな。

 忙しく耳を動かす様は可愛らしい。


 小さくこくこくと飲むさまを横目に見ながら話を続ける。



「実際シェリアには感謝してるよ。 私一人ではこうも人は集まらなかったと思うから」



 耳を澄ませば舞台の裏に居るというのに多くの人の話し声が聞こえてくる。

 きっと次の演説はさっきよりも多くの人が集まっている事だろう。


 どこからかこの演説対決の話を聞きつけたマーキスさんは、他の獣人達と協力して付近に屋台を造り出店をしている。 ちょっとしたお祭り騒ぎというわけだ。

 こちらまでいい匂いが漂ってくる。

 その影響か何かはわからないが昨日とは比べ物にならないほど人が集まっている。


 ただ、これが私一人で演説していたら瞬く間に閑散としてしまっていただろう。



「ふふ、お役に立てたようで何よりです」



 にこりと微笑みさらにシェリアは続ける。



「でも、私もそうですが、キルアさんも、お父さんもアリア様にはとても感謝しているのですよ。 だからこれはほんの少しのお礼でしかないのですよ」


「私にはもったいないほどのお礼だよ」


「ふふ、さぁ、次で今日最後の演説ですね。 最後まで頑張りましょう」


「っと、随分向こうが騒がしいが……」



 聞こえてくる悲鳴にも似た喧騒の声に思わずそちらを見る。

 どうやら長老会側の方で何かあったらしい。



「今はこちらに集まってくれる人の為に最後までやり遂げたほうがよさそうです」


「ああ、キルアさんやホーソンさんもいる事だしな…… よし、行こうか」



 人が増えた影響で警護に回っていたキルアさんも本格的に人数を増員したようで、ホーソンさんを連れ、王族軍の指揮の元警護に当たっているはずだ。


 最後まで私にもできる限りの事をしよう。




 拳をぎゅっと握り、舞台へゆっくりと登っていく。


 歓声が広がる。

 一礼し、これが最後だと言い聞かせ口を開く。



「私は……」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■



【sideヘンリエッタ】



【ガルド大陸 王宮とある一室】



 きちり、きちりと動いてもいないのに足は奇妙な音を立てる。

 小さなオルゴールが鳴り響く。 いったいこれはどこで聞いた音だろう。



「変ね…… 懐かしいと感情が訴えかけるみたい」



 手に持つのは小さな箱に入ったオルゴールと呼ばれるもの。


 蓋を開けばどうやら軽やかな音色を奏でるこの箱は初めて見るにしては、あまりにも私の感情を揺さぶる。


 何度もその蓋を開けては閉めるの繰り返し。



 わからない…… けど懐かしい。



 ことりとテーブルの上に戻すと閉じていた目を開く。

 瞳孔まで赤く染まった瞳は何かを求めるように右往左往する。



「お腹空いたなぁ」



 くるりと振り返るとそこには無数の死体の山。

 積み重なるように無造作に積み上げられ、血に濡れた床はそれが新鮮な証拠を物語っている。


 八本の足を器用に動かしその死体の山におもむろに近づくとその中から一人を引っ張り出す。



「……」


 食事の時間。


 味も何も感じられない為に食事の際はただお腹を満たすための作業が永遠と続くだけ。


 ちらりと後ろを見れば食べ物はまだ山の様に残っている。


 これならばもう一人分くらいは食べても大丈夫。

 この身体は動いているだけでもかなりのエネルギーを消費するみたいで、すぐにお腹が減ってしまう。


 空しい。 食事は空虚な気分にさせられる。


 おもむろに扉のドアが叩かれる。



「……どう ……ぞ」



 口に入っていたものを飲み込み口元を拭う。


 ドアノブを回し入って来たのは妖艶な出立の妖狐、エイシャ。



「食事中だったのね。 ウフフ、ごめんなさいね。 すぐに終わらせるわ」


「いえ、お気になさらず」



 この人の姿は毎回日によって違うことが多いのだが、今日はいつもの姿だ。



「要件というのは、貴方に行ってもらいたい場所があるのよ」



 零れ落ちそうなほど大きな胸の谷間から取り出したのは地図だろうか。

 それを広げるとエイシャは手を動かしある場所を指さす。



「ここに住む人物を殺してきてほしいの」



 にこりと微笑み私の表情を伺う。



「わかりました」



 買い与えられた洋服の裾を掴み、一礼する。

 これで私もそれらしく見えるだろうか?



「物分かりがいい子は好きよ。 きっとアルバラン様も喜ぶわ」



 私の頭を撫でながらエイシャは照れたように微笑む。



「期限は三日だけど。 貴方なら問題ないわ」



 こくりと頷くと、エイシャは部屋から出ていく。



 再び静寂に包まれた室内、ちらりとテーブルの上に置かれた食事を目にする。

 ……これを食べてから行こう。







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