side ジャスティン ~修行~
この記録を残しておこうと思うっす。
鏡を見れば酷く疲れた自分の顔が映し出される。
テーブルに向かい、淡い光のランプが優しく照らし出す室内には起きているのはもう自分だけしかいない。
「はぁあぁ!? 止めてくだ…… うぅん」
隣の二つあるベットの内の一つからはカナンの苦しそうな寝言が聞こえる。
ちらりと見ればベットのシーツがぐちゃぐちゃになるほど寝相が悪い。
声でかいっすよ…… でも今日の出来事を振り返ればそんな寝言を言っても仕方ないっすね……
「痛っつ……」
ペンを掴む手に激痛が走る。
回復してもらったとはいえ治ったのは表面上だけ、内部の筋繊維はズタズタになっている事だろう。
隊長といた頃が懐かしいっす……
思えば隊長はなんだかんだ言って優しかったっすね、はぁ、あの頃に戻りたいっす。
ため息を一つ吐き、背表紙が青い本を捲ると真っ白なページがすぐ目に飛び込んでくる。
それもそのはず、買ってから一度も使用したことのない本なのだから。
嘆いていても仕方ないっすね、次に隊長に会った時にびっくりさせてやるっすよ。
えーと、まずは……
■ ■ ■ ■ ■
「これで全員かな?」
銀色のショートの髪、派手な服装のフォルスさんは、前かがみで俺達をじっと見つめるとにこりと微笑む。
しかし、大きな胸っす。
その協調するような派手な服装と相まってさらに際立って見えるっす。
零れ落ちそうなという言葉がぴったりなそのお胸は例えるなら…… そう、籠いっぱいに入った果物のよう。
ギリギリのラインを上手く隠した見えそうで見えない境界線が非常にそそる。
いったいあの中に何が詰まっているのか直接触って確かめたいほどっすね、カナンもそう思ってるに違いないっす。
「フン!!」
「うぎゃああ!! な、何するっすか!? パトラ!!」
足に鋭い激痛が突然走ったと思ったら、パトラが思いっきり足を踏んでいた。
「あ、そこに足あったんだ?」
不機嫌そうな表情のパトラがこちらをジト目でジロリと見る。
「ずっとあったっすよ…… 忘れないでほしいっす……」
「くっ、この三人で全員です」
隣に立つカナンがフォルスさんに全員いることを伝える。
しかし、半笑いなのはなぜっすか? 問いただしたいっす。
「そういえばここはどこっすか?」
洞窟からフォルスさんの後についてきて今更だが、見渡せばどうやらここは鉄製の建物の中のようだ。
さっきまでごつごつとした岩が突き出ていた洞窟だったのだが、ここにきて急に人工的な造りに変わっている。
「ああ、ここかい? ここは冒険者組合の丁度真下、地下一階に当たる場所なんだよ。 ほら、あの奥に見える階段を登れば冒険者組合本部ってわけ」
「随分広いよね、騎士団本部の訓練場より広いかも」
パトラの言う通りかなり広い空間だ。 硬そうな金属が敷き詰められたこの空間はいったい何をする場所なのだろうか。
「まぁ元々私達の訓練場所として造ったからねぇ、今回の場所にうってつけってわけ」
くるりとフォルスさんは向き直り背負っていた荷物を降ろす。
「ほい、ほい、ほいっと、とりあえずこれをみんな着けなよ」
荷物を漁りフォルスさんが取り出したのは…… 人数分の黒い…… これは何すかね?
「これはプロテクターって言ってね、間接とか頭とかを守る防具なんだよ。 いやぁ異世界人の知恵って素晴らしいよね、こんな小さな物でもちゃんと防具として機能するんだから」
いったい誰がこんなものを作ったんだろ…… 本当に異世界人は謎っすね……
頭、胴、腕、肘、膝、足用に分けられたプロテクターを着けていくと本当に奇妙としかいえない。
「あはは、このジャスティンの似合わなさ」
「笑うなっす! そういうカナンこそいつもの服装より似合ってるっすよ」
「……それは止めてくれ」
「この素材が衝撃を吸収するのかな?」
「いいところに気が付いたね茶髪の子。 その黒くて柔らかい部分が衝撃を吸収する役割があるんだ」
「茶髪の子……」
「たとえばね……、そりゃ」
フォルスさんの綺麗なおみ足がだんだん近くなって……
「おぼぉあああぁ!!!」
俺の頭を思い切り蹴り飛ばすなんて誰が予測できただろうか。
地面を跳ね、壁に思い切り衝突すれば肺から空気が押し出される。
「……だ、大丈夫か!? ジャスティン!!」
「ひっ、何今の!?」
カナンは咄嗟の事に動揺し、パトラは何が起こったのかわからないような顔をしている。
一番わけがわからないのは俺っすよ。
「ほら、こんなことをしてもこの装備があれば大丈夫」
その笑顔がこれから起こることへの不安を駆り立てる。
全然大丈夫じゃない。 普通に痛い、大問題だ。
そんな自分には目もくれずフォルスさんはそのまま続ける。
「ようは私相手の素手の組み手を君達にはしてもらうよ」
組み…… 手!?
「えっ武器の扱いではなく!?」
「まずは体を造っていかないといけないからね、武器はその後だよ」
そういえば隊長も基本が大事だと前に言っていた気がするっす。
「あれ? フォルスさんはプロテクターはつけないんすね」
「ああ、攻撃をもらうようなことはないと思うからね」
さ、さすがSランク冒険者……
「じゃあ誰からいこうか?」
フォルスさんは何やら楽しそうにこちらを見る。 カナンもパトラもさっきの光景を見ているせいでなかなか踏ん切りがつかないようだ。
なら……
「自分からやるっすよ」
言い出しっぺっすからね、一泡吹かせてやるっすよ。
それに、このプロテクターはやっぱりすごいっすよ。 かなり派手に吹き飛んでいてもちゃんと衝撃は吸収してくれている。
「よろしく頼むッす」
「はいよ、さあさあかかって来なよ」
頭を下げしっかりとフォルスさんの方を見る。
一発でも当てれたら快挙だ。 ここは様子見なんか必要ないっすね。
「うおぉおお!!」
駆け出し、右腕を引き絞りフォルスさんの腹部めがけ拳を繰り出す。
「ほい」
フォルスさんは体をずらすことにより簡単に避けられてしまう。
まだだ。
蹴りを繰り出しその距離を詰める。
これも簡単に避けられてしまう。
今度は左腕を伸ばし、殴るではなく掴みに掛かる。
ん? 掴む?
一瞬の示唆。
これは修行。 相手は格上である布地の少ない服を着ているフォルスさん。
生半可な攻撃では簡単に避けられてしまう。
ならば意図していない攻撃ならばどうか。
これは修行。
何かあったとしても不可抗力で済むのではないか?
心が叫ぶ。
これはきっと神様が与えてくれた試練に違いないと。
ならば、もはや迷うことは無い。
ここだッ!! この大きな胸を支えるこの布をッ!!
「取っ…… おごぉあああああ!!!!」
刹那、一瞬手が触れたかと思った瞬間、体は思い切り地面へと叩きつけられる。
一瞬意識が飛んだっす…… あれ? ここどこっすか?
「おっと、急に動きがよくなったからびっくりしたよ。 さぁ次は誰だい?」
それからというもののこの一方的な組手は繰り返され、俺達は何度も壁に叩きつけられながらフォルスさんが飽きるまで続けられた。
地面に似たように三人仲良く疲労で寝転ぶ。
「がはっ、か、回復魔法はそういう使い方しないっすよ……」
この修行が辛い所は、怪我をしてもSランク冒険者でもあるフォルスさんが回復魔法を使えることから幾度となく繰り返された。
「よ、ようやく…… 終わり…… か?」
「泣きそう。 いやもう泣いてるし」
「まぁ初日はこれぐらいにしとこうか、明日もあるしね」
その笑顔に皆が凍り付く。
「あ、明日もっすか……」
「嘘…… だろ……」
「お家帰りたい……」
■ ■ ■ ■ ■
今思うとあの修行はいったい何の修行なのかわからないっすね……
半分ほど書いたところで瞼が重くなってくる。
「これが明日もとか……」
テーブルに倒れ伏すように夢の中へと誘われる。
せめて夢の中くらい楽しい出来事でありますようにと……




