笑顔
弾かれた大岩は地面へと音を立てて落下する。
次元収納に盾を仕舞い込んだシェリアはキッと辺りを見渡す。
『ひ、姫様だ』
『どうしてこんな場所に……』
ざわざわと先ほどの静けさが嘘のように騒がしくなり始める。
「なんで姫様がこんな奴の事を擁護するんだよ! こいつは俺らから全てを奪った敵だぞ!!」
「そ、そうだ。 こいつらは俺達から家も仕事も奪ったんだ!!」
「きっと姫様もそいつのグルなんだわ!!」
そんな言葉が周囲からいくつも投げかけられる。 きっと住人達も不満の限界が近いのだ。
「黙りなさいッ!!!」
シェリアが大声で叫ぶ。
その言葉に面をくらったのか皆驚きの表情を浮かべ、再びこの場に静寂が舞い戻る。
「先ほどから聞いていれば貴方達は自分の事ばかり、いったいアリア様が何をしたというのですか。 ただ国が違うから、敵国の人間だからと全ての責任を押し付け、あまつさえ石まで投げる暴挙。 アリア様が今まで何をしてきたのか貴方達にはわかりますか!?」
暴動は止み、皆がシェリアの声に耳を傾ける。
「わからないでしょう! アリア様は謂れのない罪を着せられながらも攫われた私を助け、首都アルタでは人質となった騎鳥軍団長ガイアス=エンドレアを救い出し、ナウルの戦いでは戦争を終結させた人物でもあるのですよ! そんな国の恩人でもある方に種族が違う、敵国の人間だからなどというくだらない理由で罪を着せるなどふざけてるとしかいえません!!」
「姫様……」
「私も…… 攫われた地で母を失いました。 それも一番最悪な形で…… 貴方のように親を失って辛いのは痛いほどわかります。 だけど、全員が必ずそうだと決めつけないでください」
ちらりとシェリアが見つめる先には最初に石を投げた小さな獣人の少年。
「でもっ…… ぐぅう」
小さな獣人の少年の溢れる涙は止まらない。
「自分が無力で悔しいのでしょう? 苦しくて辛いのは私も同じです。 だから私は復讐を誓ったのです。 強くなって必ずこの手で奴を倒すと…… 強くなりなさい、誰にも負けないように」
小さな獣人の少年はこくりと頷き、目元を拭う。
「この世界に蘇生魔法は一つもありません。 亡くなった人は決して戻ることはないのです。 受け入れて日々を過ごしていくしかないのです。 だから私達は亡くなった人の分まで強く生きなければいけません」
誰もが憧れた蘇生の魔法は現在も研究されてはいるが、結論はすでに出ていて端的に言うと不可能であることがわかっている。
そう、傷は魔法で治すことができるが、死んだ人間は魔法で生き返ったりしない。
「私達は誇りのある獣人です。 先人の異世界人の知恵を活かし、他種族とも仲良くやってきたではありませんか。 まずは話を聞くところから、間違っているならちゃんと話し合って正していけばいい。 言葉の壁はないのです。 わかりあえるのです。 種族は違えど同じ人間なのですから」
そう、きっと誰もが分かり合える。
手を取り合って助け合う事ができる。 シェリアの言葉は心地よく私の胸に沁みるようだ。
ぞろぞろと住人達が散っていく様を見てシェリアは小さく息を吐く。
「変わらなきゃ、国も、世界も……」
シェリアは雨が降る空を見上げる。 相変わらず灰色な厚い雲に覆われた空は酷く暗く、まるで人々の心の中のようだと思った。
「ありがとう、シェリア」
「えっ、いえ、このくらい。 あまりにも我慢できなかったのでフェニールさんの制止を振り切って来ちゃいました」
「えっ」
シェリアが指さす方を見ればキセルを咥え煙を吐き出してるフェニールさんの姿があった。
フェニールさんはゆっくりとこちらに歩いてくる。
「まったく言う事を利かない姫様だ」
やれやれと呆れ顔でフェニールさんはシェリアを見る。
「だって、あんなの許せないです。 黙って見ていろだなんて酷すぎます」
「まぁ十中八九飛び出していくと思ったからいいんだけどねぇ」
「すみませんアリア殿。 危険があったらすぐに中止すると言っていたのに……」
キルアさんも慌ててこちらに駆け寄る。
「いや、皆が不満を持っている中無理に行ったんだ。 自業自得でもあるよ、気にしないでください」
「これで身を持ってわかっただろ? この国の抱えている問題が、これが戦争がもたらした結果なんだよ」
フェニールさんはふぅとため息を吐くように煙を吐き出す。
「昔は同じ種族内でも差別があって、それを直したら次は獣人鳥人同士の差別や奴隷、それを直したと思ったら大陸の種族が違うからと…… キリがないよ」
「みんな同じ言葉を使う人間なのに……」
ペタリとシェリアの耳が悲しそうに折れる。
「戦争が激化した今はより顕著に表れていますね……」
キルアさんが言うようにここ最近の戦争はいつにもまして進行が速い。
これもあの事件が起こってからだ……
「まぁなんだ。 二人であればなんとかなると信じてるからさ、さっきので話は聞いてくれると思うからよ、頑張んなさいな」
両肩をパンと叩かれ、笑いながらフェニールさんは去っていく。
なんとも読めない人だ……
「私はちょっと警備の人数を増やすために一旦戻ることにするよ。 アリア殿、姫様を頼みますね」
先程の様子から一人では限界があるのだと悟ったのだろう。キルアさんも翼をはためかし、飛び去っていく。
取り残され、二人きりとなったが、先ほどの件があった為に若干気まずい。
「傷は痛みますか?」
「あ、いや、平気だ。 体質的に治りやすいからね」
「そう、ですか……」
再び会話は途切れる。
ここは切り込んでいくしかないだろう。
「……さっきは本当にすまない。 黙っていたこと許してはもらえないだろうか?」
シェリアは真っすぐ私の顔を見る。
このまま気まずいままなんて私には耐えられない。
シェリアのその小さな口が開く。
「許しません」
「……っつ、そう……」
「なんて冗談です。 許しますよ、私の為についてくれた嘘なんですから……」
はにかむ様に笑うシェリアに調子を崩されてしまう。
「私がどんなに嘆いていたところでお母さんもターナーさんも戻ってくるわけではありませんから…… ただ今は、自分のやれることをやらなきゃなって思って、そしたらさっきみたいに自然と体が動いてしまったんです」
「シェリアは強いな……」
「強くなんてありませんよ、今にもくじけてしまうことも多くあります。 でも誰かが頑張っているから、立ち向かってくれる姿を私に見せてくれるから、私も頑張ろうと思えてくるのですよ」
「……そうか」
私ももっと頑張らないといけないな……
「……アリア様…… もっと笑ってください」
「うえっ、ちょっ……」
ムニムニと私の顔を摘みシェリアは満足げな笑みを見せる。
「これから演説するというのにそんな暗い顔では駄目ですよ。 アリア様は何も悪いことなどしていないのですから、もっと誇らしく堂々と胸を張って笑顔でいてください。 フフッ、だいぶ解れてきましたよ」
その笑顔につられてこちらもつい笑ってしまう。
やっぱりシェリアは強い女性だよ……
「わかった。わかった。 笑顔で頑張るよ、次もそんなに間を空けずに演説するんだろ?」
「はい。 頑張りましょうね」
「ああ」




