隠し事
「あ! でもそれなら、ターナーさんから頂いた長距離転移のマジックアイテムがあるじゃないですか!」
はにかむ様にシェリアはこちらをじっと見つめる。
「たしか二回できるという話でしたよね? 私もターナーさんにきちんとお礼しに行かないとって思っていたところなんです。 アリア様には色々と助けてもらってばかりだったので、今度は私がアリア様を助ける番です」
「シェリア…… そのことなんだが……」
「わかっていますよ。 今回はちゃんと会談が落ち着いてからお父さんに言いきかせて着いていきます。 船はあちらに着いてから借りましょう」
「すまない。 もうあのマジックアイテムは使えないんだ……」
一瞬の間が開き、シェリアの口から小さく吐息が漏れる。
雨音だけが嫌に耳に残る。
「え?」
「最初からあの長距離転移のマジックアイテムは一回だけなんだ」
シェリアは困惑した表情を浮かべ私の腕を掴む。
「そんなっ、あの時ターナーさんはたしかに二回って……」
聞き間違いだと思ったのかシェリアは頭を抱える。
違うんだ。 そうじゃないんだ……
次元収納から砕けた黒い球を取り出し、シェリアの前へ見せる。
「これは…… ターナーさんの家に行くための…… どうしてこんなに砕けて……」
シェリアの顔が青ざめていく。
それは今から言われる言葉が何かわかってしまったような顔であった。
「シェリアに心残りが無いようにあえて自分の死期をターナーさんは言わなかったんだ。 もう、この世界にターナーさんはいない。 いないんだ」
シェリアは一歩後ろへと下がり、私の顔をじっと見つめる。
これが嘘ではなく真実なのだという事がわかると、シェリアは言葉を詰まらせる。
「っく…… アリア様は…… 知っていたんですか?」
「……ああ、本当にすまない。 いつか言わなきゃいけないと思っていた」
「っつ…… どうして!? どうして黙っていたんですか!! うっ…… まだ、何も返せていないじゃないですかぁ!! 服を作ってくれたお礼も、匿ってくれたお礼もして…… いないのに…… 」
シェリアは大粒の涙を瞼に浮かべ、私の胸を叩く。
その手には力は入っておらず、空しいばかり、ただ心だけが無性に痛かった。
「必ずまた会いに行くと約束したのに……」
「……」
「……どうして言ってくれなかったんですか……」
次第に弱弱しくなる声にかける言葉が見つからないでいた。
「シェリア…… 私は……」
「もう…… いいです。 少し…… 一人にさせてください……」
突き放すような冷たい声に私はただ黙って頷くことしかできなかった。
走り去っていくシェリアの後姿を眺め、頭を掻きむしる。
あー!! なんでもっといい言葉をかけてあげれなかったんだ自分はっ!! 黙っていたことが裏目に出てしまった。
協力を頼もうと思ったがこれでは……
遅まきに出てくるのは言い訳の言葉ばかり、心配をさせないためだとか言ってはいたがまるで自分には非がないかのように……
シェリアを騙して嘘をついていたのは事実、これではただ自分の保身を守りたいだけではないかッ!!
くしゃくしゃになった髪に雨が落ちる。
結局は自分の為、楽な方へと逃げてしまっていた……
情けなく、不甲斐ない自分に対し大きなため息を一つ吐く。
見渡す限り霧に包まれたこの街に溶け込んでしまいそうなため息であった。
いつも私は誰かに頼ってばかり…… 今回の件は私の責任だ。
私がなんとかしてみせよう……
気が付けばざわざわと辺りが騒がしい。
ちらほらと外に出ている人も増えたのか皆一様にある場所へと向かって行く。
「アリア殿」
声をかけられ振り向く。
そこには不安げな顔のキルアさんが辺りをきょろきょろと見渡しながらこちらへ歩いてくる。
「姫様との話は終わりましたか? っと、姫様はいったいどちらに……」
「ああそのことなんだが…… シェリアを怒らせてしまった。 今回ばかりは協力できそうもない」
「そんな…… 意外です…… てっきり快く受けてくれるものだと思っていました」
「今回は私が悪いんだ。 私一人でもなんとかしてみせるよ」
「ですが…… っと ……なんでしょうか随分と騒がしいですね」
遠くから誰かが話している声がここまで聞こえてくる。
どうやら外に出ている獣人達はこの声の元へと向かっているらしい。
キルアさんと目が合う。 どうやら考えてることは同じらしい。
「見に行きましょう」
「ええ」
■ ■ ■ ■ ■
side カナリア=ファンネル
【リーゼア大陸 南島】
「じゃあまずは狩りに行こうか」
突然横を歩くフォルスさんはそんなことを口走る。
「おっと、なんだいその顔は、生きる為には狩りをするのも必要な事なんだよ。 自給自足って言葉知ってるかい?」
「まさか食料って……」
「そう、魔物や動物を狩ることだよ。 私達は自然の恵みに感謝しなきゃならないってわけだ」
さっきの話だとここの魔物はランクが高いと聞く。
そんな場所で狩りをすることがどれほど危険な事か……
「もちろん腕に自信がなければ逆にやられるのはこちらってわけ。 生半可な腕なら止めた方がいい」
「部隊長が行くべき…… ね」
果たして部隊長三人だけで住人分の食料が確保できるのだろうか……
効率が悪すぎる。
「あの」
その声に慌てて振り向く。
そこには……
「話は聞かせてもらいました。 自分達も食料集めるの手伝うっす」
アリアの部隊の…… たしかジャスティンって名前だったわね。
灰色の髪のエルフ、ジャスティンは璃々とした表情で私を見る。
「それは駄目よ、あなた達ではここの魔物にやられかねない。 死ぬかもしれないのよ!」
そう問題なのはここの魔物が強すぎるという事。
手伝ってもらえるのはとてもありがたい。 だけどそれで命を落としてしまったらアリアになんて伝えればいいの……
「ガルディアではランクAのオーガとも戦った事があるっす。 足手まといにはならないようにするっす」
ランクAのオーガ!? いったいどこで……
ジャスティンは私に向かって頭を下げる。
「お願いします!! もうただ見てるだけにはなりたくないっす」
その声には悲痛さが混じっていた。
「にゃはっはっは。 いいじゃないか、アンタ気に入ったよ。 ようは死ななければいいんだろ? 私がこいつらを鍛えてあげるよ」
「ええっ!?」
フォルスさんは笑いながらジャスティンの頭を乱暴に撫でる。
「ほ、本当っすか!?」
「ああ、金額も少し多く貰ってることだしねぇ、サービスってやつだよ。 で、何人いるんだ?」
「自分を含めて三人っす」
「んじゃ今日からその三人は私と別メニューだ。 残りの二人にも伝えておいでよ」
「ありがとうございます!!」
嬉しそうに船へと駆けだすジャスティンを横目に、突然の行動をしたフォルスさんに自然に視線が向く。
フォルスさんは楽しそうにニヤリと笑う。
「まぁ壊れなければいいがな」
彼らの武運を祈らずにはいられなかった。




