寂しげな雨
新章突入です。 若干今回は短めです。
【アルテア大陸 東部ナウル】
心地よい雨音がテントに響く。
まどろみから薄く目を開けるとどうやらもう朝になっているらしく、周囲からは人々の生活音が聞こえてくる。
視線を彷徨わせテントの中を見渡せば灯りの消えたランプ、治療道具はすでに片付けられた後らしくタオルが小さく折りたたまれて置いてあるだけ。
鈍い痛みを左腕に感じるが一回起きた時よりは格段に良くなっている事がわかる。
日に日に治る速度が速くなってきている……
喜ばしい事ではあるが、段々と自分が人の領域から逸脱し始めているのではないかと思ってしまう。
本来であればこういった怪我は一ヶ月ほど治療にかかるはずなんだが……
体を起こし、次元収納から着替えを引っ張り出し、包帯だらけの上から服を着ていく。
戦うことはとりあえずはないだろうから鎧もしまっておくか……
誰かがクリーンの魔法をかけてくれていたのか、鎧は傷こそはいくつもあるものの目立った汚れは見当たらなかった。
かなり頑丈だと言ってもさすがに劣化は免れないか…… 武器の手入れもしとかないとだな……
次元収納に鎧を仕舞い込み、剣や槍を引き出して確認すれば幾つも刃こぼれやヒビが入ってしまっている。
どこかで腕のいい鍛冶屋がいればいいんだが……
武器を仕舞い込むとゆったりとした服を羽織り、ほつれかけていた髪を解き再び結びなおす。
私が使っていた武器のほとんどはターナーの作り上げた物だ。
そして『武器創造』の能力を持ったターナー=タチバナはもうこの世界にはいない。
それは次元収納にしまっていた砕けた黒い宝石が物語っている。
シェリアにはなんて伝えたらいいだろうか……
「そういえばみんなの様子はどうだろうか……」
立ち上がりテントを出れば、日中にも関わらずどんよりとした曇天の空は相変わらずで、わずかに雨が体に当たる。
見渡せば街のあちこちに同じようなテントが立ち並ぶ。
どこに誰がいるのかこれではわからないな……
「おっ! 丁度いいところに。 もう起きても大丈夫そうなのか?」
突然かけられた声に振り向くとマーキスさんが手を上げながらこちらに歩いてくる。
朝食の支度は終えたようで、エプロン姿ではなくマーキスさんの世界にあったじゃーじというものを着こんでいる。
どうやらマーキスさんの方は目立った怪我とかはなさそうだ。
「ええ、恐ろしいくらい治りが早いので。 多分明日には折れた腕も治りそうです」
「そりゃよかったじゃないか。 その特異体質のおかげだな」
特異体質で済む話だろうか……
「……ええ。 まったく……」
思わず視線を逸らしてしまう。
「そんな暗い顔すんなよ、動けるんだったら国王のゴートンに会ってやってくれ、今回のお礼がしたいんだとよ」
「礼だなんてそんな…… それにこの見渡す限りのテントの群れのいったいどこにいるんだ……」
小さめのテントが並ぶ街には、出てる人は多くいてもこの雨の中外にいるとは考えにくい。
「貰える物は貰っておけよ。 そういや言ってなかったな。 このずっと奥にある大きめのテントの無地の方だ」
「無地? 違うのもあるのか?」
マーキスは指を一本立てて笑う。
「派手なテントの方には行くなよ。 まだ撤去作業が追い付いてないから罠が残ったままだからな」
「誰かが間違えて入ったらどうするんだよ……」
「獣人や鳥人は鼻がいいからな、それは無い。 しいていうなら鼻があまり利かない他国の人間だろうな」
「聞いといて正解だったよ……」
危うく私だけ罠に巻き込まれる所だった。
「んじゃ俺はまた戻るからよ、カインとアインの怪我の治療もしないとだからな」
「二人は重症なのか? 私が気を失う前から見なかったが……」
「治るまではしばらくかかるだろうが、まぁ安心しろ。 それじゃあな」
マーキスはそれだけ言うと足早にこの場を去っていく。
マーキスはどうやら伝言だけの為に私の所に寄ったらしいな。
言われた場所を目指しテントが立ち並ぶ街を歩いていく。
しばらく歩いていくと視界に大きめのテントが二つ見えて来た。
片方は立派な装飾が施されているテント、もう片方は立ち並ぶテントと同じように無地のテントだ。
テントを守る騎士もいないし絶対に言われなければ間違えてたぞ。これ……
煌びやかなテントを横目に無地の方のテントの入り口を手で押し広げる。
「失礼します」
中に入ると普通のテントとは違う広い空間。 テーブルと椅子が立ち並び、奥には椅子に座って書類を眺めているゴートン=バーン=アルテア国王。
その横には何枚もの書類を抱えた犬型獣人のホーソンさんと、疲れた顔で眉間を押さえる騎鳥軍の騎士キルア=エンドレアさんの姿があった。
「おお、来てくれたか。ああ、畏まらなくていいぞ。 お主はこの国の騎士ではないのだから適当に座ってくれ」
膝をつき騎士としての振舞いをしようとしたところを止められ、席を勧められる。
「わかりました」
私は勧められるままに近くの席に座ることにした。




