side カナリア=ファンネル ~交渉~
【リーゼア大陸 南島洞窟内部】
マジックアイテム『かがり火』によって照らされた洞窟内は、まるで部屋の中に居るかのように明るく私達を照らし出す。
肌寒い朝の風がカナリアのピンク色に染まった髪を撫で、洞窟内を通り抜けていく。
私達はSランク冒険者であるフォルスさんに事のあらましを一通り説明したのだった。
当の本人であるフォルスさんは眠たそうな目を擦りながらどうにか話を聞いてくれた。
岩の上に胡坐をかいて座る姿になんとか言いたい気もあったけど、意外と真剣に聞いてくれるのね……
「なるほどなぁ、それで私を頼ってきたわけか、実際ここはどこにも属していないからねぇ」
その言葉に引っ掛かりを覚える。
「ここはリーゼア大陸ではないのですか?」
フォルスさんは軽く欠伸をしながら答える。
「ふぁ、まぁ昔はというのが正しい。 ここは大陸から切り離された島、本来のリーゼア大陸はさらに北東に船を出した先にある。 むしろ先にこっちに着いてよかったじゃないか、北の本土のリーゼア大陸に入ろうもんなら間違いなく船もろとも海の藻屑になってたはずだからね」
「な!?」
「冗談だと思ってる? あそこは間違いなくすると思うよ、なんたって『千里眼』のネアが納める都市国家だからね」
ネア=ショック=リーゼア。 名前はこのガルディアにも知れ渡る程の人物であるがその情報は一切の謎に包まれている。
そもそも鎖国気味のリーゼア大陸で足を踏み入れたものが戻ってきていないという都市伝説まであるほど。
『千里眼』もしかしてそれは能力者ということなのだろうか。
「そうだよ、能力者で間違いない。 まさに大陸だけでなく海原をも見渡しているとも言われているね」
私の表情を読んだのかフォルスさんは洞窟の天井に向けて指をさす。
「もしかしたらだけどもう気づかれてる可能性もないわけじゃないよ。 まぁただこの場所は私がいるからね、様子を見てくれるはずだよ」
くるりと指を回す仕草を取り、フォルスさんは自分を指さす。
「アンタは顔が効くっていうのかよ」
カルマンが言うのももっともな話、鎖国してる国のそれも女王だ。
「言ったろ? ここは中立だって。 このすぐ上には冒険者組合の本部が建っている。おいそれと介入できる場所じゃないんだよ。この場所を犯そうもんなら私を含めた五人のSランク冒険者が黙っちゃいない。 特に私はこの場所の管理を任されてるんだ。 誰だろうとここを戦場になんかさせないよ」
ギロリと底冷えする視線がフォルスさんから放たれる。
睨まれただけで呼吸が急に苦しくなってくる。 これがSランクの威圧なのね……
「勘弁してくれ、俺達は別に戦いに来たわけじゃないんだ」
キールは冷汗を流しながら両手を上げる。
あの手合わせを見たら戦意なんて失せてしまうのも頷ける。
「ちょっとした警告よ、それに話の状況からしばらくここに身を潜めたほうがいいのは明確だからね」
岩の上に座っていたフォルスさんは勢いよく立ち上がり、よっと声を出して岩の上から飛び降りた。
「それじゃあ……」
「ええ、この場所に滞在することは別に構わない。 ただ戦力のない住民は絶対にこの洞窟から出すことはできない」
フォルスさんが指さす先には未だ船の内部に残るガルディアから避難してきた住人達。
不安げに私達の様子を見ている若い男女が数人見て取れる。
「それはなぜ……」
「端的に言えば死ぬからよ。 この上に広がる大地にはAランクの魔物があちこちに生息してるからだ。この場所は忌まわしき地、かつて魔王が本拠地にしていた場所だから地脈が濃いのよ。 焼け落ち荒廃した町とかなり危険な魔物の生息地、冒険者本部がある以外は基本は人は住んでいないから」
「よくそんな場所に冒険者組合の本部がありますね……」
「形だけ、名前だけだ。 最初に作られたのがこの場所だっただけで今は各地の大陸にあるものだからな」
思えばこの場所に冒険者組合の本部があることは知らなかったことだし、大陸の大きな都市にはいくつかの冒険者組合が存在する。
それはガルディアも例外ではなく、東と西に一つずつあったはずだ。
「おいおい、重要な事忘れてねぇか! ここで生活するにしても食料が取れないんじゃ意味がないぜ」
カルマンがハッと気づき大きめの声を出す。
その声に少しびっくりしたじゃない…… ここから出ることが基本的にできなければ食料事情は壊滅に近いわ、それに生きる為には同時に水も必要になってくる。
この船に積んである食料と水は残りがもう心もとない、ここまで来たというのに……
「ああ、それなら問題ない。 水も食料も最初は私が調達してこよう、場所も案内する」
そんな場所がここに存在するというの!?
カナリアはその言葉に疑わずにはいられなかった。
「食料は解決か、住居もここにテントを張ればとりあえずはいいみたいだな」
キールは懐から備品の書いてあるメモに目を落とし、うんうんと唸っている。
……随分と几帳面なのね、意外だわ。
「まぁとりあえずは一息つけそうね」
「ああ」
「うんうん。 よかったねぇ、はい」
フォルスさんは気の抜けた返事をしてスッと両手を差し出してくる。
「あ!? なんだよその手は?」
「え? まさかこれだけ情報を提供したり、案内までするのに謝礼もないのか!?」
大仰な動作をいれながらフォルスさんは信じられないというな風でこちらを見る。
「わかってるわ、情報提供、この場所の提供とさらに食料の提供、七十万パールでいいかしら」
「そっかガルド大陸の通貨か、リーゼア大陸のバルドに慣れていたからちょっと新鮮だなぁ、だけどちょっと少ない気もするなぁ、もう少し上げられることができるはずだよね? 命の恩人にそりゃあないんじゃないかなぁ?」
私の傍により上から語り掛けてくる様は実に人を不機嫌にさせる天才なのかしらね。
そうやってあからさまに見下ろさないでくれるかしら……
胸が当たってんのよッ!!! 引き千切るぞッ!! その胸ッ!!
落ち着いて落ち着いて私……
不機嫌にされてこの話を無しにされた方がよっぽど辛いのよ……
これは只の肉の塊、これは肉の塊……
ふぅ、落ち着いた。
「ぷはぁ、わかったわ。 八十五万パール、現状これが渡せる最高額よ、これ以上は住民達の生活ができなくなるわ」
「んー。 まぁいいか。 じゃあそれで」
ようやく肉の塊をどかしたわね…… ぷはぁ……
「コイツ……」
今にも切れそうなカルマンがかなり怖い顔をしてフォルスさんへと詰め寄る。
「カルマン抑えろ、俺らじゃ悔しいが勝てん」
キールに腕を引かれ留まったカルマンは舌打ちをしてくるりと船へと戻っていく。
頭を抱えたくなるほどの問題を抱え深くカナリアはため息を吐いた。
「はぁ、先が思いやられるわ……」




