side シェリア=バーン=アルテア ~戦後処理~
空を見上げれば今にも降り出しそうな天気に心が曇る。
本当にアルテア大陸は雨季が長いんだから、何もこんな時じゃなくてもいいのにと思ってしまう。
戦争はアリア様が敵国の軍団長を倒したことによりなんとか勝利を収めた形で纏まった。
元々防衛が勝利条件であったためにお父さんは敵国の騎士達にこれ以上進行しないことを約束させ、引かせることとなった。
後日改めて話し合いの場を設け損害賠償などを折り合いをつけるらしい。
政治の事に関してはまだまだ分からないことだらけ、キルアさんが言うには戦争の最中よりも戦後の後処理の方が大変だと言っていた。
まずは亡くなった方の弔いと家族の捜索。
これはホーソンさんの部隊である王族軍の仕事であり、落ち着いた今でも慌ただしく働いている。
両者共にこの戦いでは多くの犠牲が出た。
敵国の亡くなった騎士の方はセスティという女性が担当して本国へ送還しているらしい。
私はあの方が少し苦手だ。
まるで全てを憎んでいるかのような目は、たとえこちらに危害を加えないというあちらの軍師の方の書簡があったとしても慣れないものである。
でも、彼女の気持ちはわからなくはない。
彼女にとってあの軍団長はきっとかけがえのない存在だったのだろう。
大切な人を失った悲しみ、怒りは私にもわかるのだから。
彼女はあの時お母さんを失った時の私にとても似ている。
だからだろうか……
私も考えてしまう。結果が違っていたのなら私も同じだった気がするから……
お父様と敵国の軍師のやり取りを盗み聞きしたところどうやら会談は明後日行われるらしい。
できればこのまま敵国の方がアルテアから出て行ってくれることを願うばかり。
シェリアは小さくため息を吐いた。
「あまりため息ってのはいいもんじゃないぞ、幸せが逃げちまうからな」
横を気を失ったアリア様を背負って運んでいるマーキスさんから声がかけられる。
「異世界ではそのような事があるのですか?」
「まぁ迷信程度だけどな、ため息を吐くより笑った方がいいぞ? ほらこーやって」
マーキスさんは気を失っているアリア様の口元をむにっと上げる。
「あ、あまり怪我人にそういうのは……」
「しっかし起きないもんだなぁ、姫さんもやるかい?」
「い、いけません!!」
少しだけ躊躇ったのは私の気の迷いです。
全然起きないからいいかななんておもってませんから。 絶対ですッ。
「せっかく勝ったんだからもっと喜べとはいかないもんだな」
マーキスさんは辺りを見渡し、そりゃため息の一つもつきたくなるかと零した。
勝ったとは言ってもこちらの打撃は大きい。
王族軍はかなりの数を減らし、騎鳥軍はもはや数十人しか残ってはいない。負傷者の数が多すぎて手が回り切っていないのが現状です。
「そうですね…… 皆暗い顔をしています」
今回の戦いで一番酷い怪我なのはガイアスさん。
右わき腹の骨が粉砕骨折していて、なんとか一命はとりとめたものの意識を失っています。
双子のアインとカインも酷い怪我でしばらくは絶対安静。
アリア様は左腕の粉砕骨折に数か所の骨折と筋繊維断絶、かなり無理をしていたのだと思うのです。
他の方も重傷の火傷を負った方や、骨折された方も次々と運び込まれている状態です。
医療班は回復魔法や治療のできる私と多くの方を運べるマーキスさんと組んで作業しています。
「うーん、おっと、アリアはこのテントだな」
「はい、今入り口を開けますね」
街には急務で多くのテントを張ってもらい、負傷者の怪我の治療を最優先で行っている。
怪我の度合いによってわかるように区別化され、より重症度の高い方から治療していく。
軽症の方は大きなテントへと移ってもらい、複数で治療を行うが、重症度の高い方はこうして個別に一人一人付いて治療を行います。
テントの入り口を開け、火の消えているランプに灯りを灯す。
「ファイア」
オレンジ色の光が淡く室内を照らし出す。
シーツを引き、マーキスさんはそこにアリア様を寝かせるように降ろしていく。
「あ、鎧……」
「ああ、そうだなはずしてやるか」
くるりと後ろを向き終わるのを待つ。
結構難しそうな仕組みの鎧みたいだけどマーキスさんは手馴れた様子で外してゆく。
「終わったぞ」
「は、はい、うぇえぇ!?!? な、なんで上を全部脱がせてるんですか!?」
すぐに手で顔を覆う。
寝かせられているアリア様はマーキスさんが鎧だけでなく上着まで綺麗に脱がせられており、その鍛え抜かれた筋肉が露になっている。
はわわわ…… いつもは上着のおかげでわからなかったけど、すごく引き締まってる……
ちらりと指の隙間から覗くとニヤニヤと笑みを浮かべたマーキスさんと目が合った。
「可愛い反応をするねぇ姫さんは、怪我も怪我だし脱がせておいた方が治療もしやすいだろ?」
「そ、それもそうなんですが、心の準備というものをですね……」
今の私の顔はいったいどんな顔をしているのだろうか。
王族に恥じぬようなちゃんとした顔をしているのだろうか……
顔が熱い。
「まぁ、そう怒るなよ、ほらアリアが起きるぞ」
「えっ!? はひっ…… むぅー」
か、からかわれている。 むぅ……
マーキスさんは声を押し殺しながら笑いに堪えている。
そこに無言の圧力の抗議。 やめてくださいと目で訴えかける。
「悪かった、悪かった。 んじゃ邪魔者は退散しますかね、次の負傷者も運ばないといけないんでな」
「わ、私もちゃんと仕事してますよッ!」
そう言ってマーキスさんはテントを後にする。
まったくもう。
シェリアは次元収納から治療道具を取り出す。
また補充しないといけないかな…… そろそろターナーさんから貰った塗り薬と包帯も切れてしまうから買いに行かないと……
ふぅと息を吐き出し、気持ちを切り替える。
表面の傷は回復魔法のおかげで塞がってはいるものの、傷跡が痛々しい、そこに塗り薬を清潔な布に付けて丁寧に塗り込んでいく。
アリア様の体は至る所に古い傷跡がいくつも見られた。
これは…… 縫い跡…… こっちは切り傷……
指先でなぞっていく。 こんなにも尊敬していたアリア様は傷だらけであったことを初めて知った。
引き締まり鍛え抜かれた筋肉は余計な脂肪などなく、複雑にひしめきあっているかのよう。
包帯を広げ、まずは一番酷い傷の左腕に添え木で固定、包帯を動かないように丁寧に巻いていく。
そうして次は肩とシェリアは慣れた手つきで包帯を巻いていく。
『ふぁあ、熱心なものだね』
「ちゃんと治ってほしいですから」
『ふぅん。 心配しなくても勝手に治るんじゃない?』
「え!?」
いつのまにか聞こえていた声に慌てて辺りを見渡す。
『君はいつも忙しそうだね』
少しおかしそうに告げる声は自分の後ろから聞こえるようだ。
慌てて振り返り、次元収納から剣を取り出し、構える。
『ちょっと、危ないなぁ。 すこし見ていただけだよ』
そこには赤い短い髪の角の生えた黄色のワンピースを着た少女が覗き込んでいた。
いったいいつから!? それよりも……
「あなたは誰…… なの?」
うんうんと少女は頷くとテントの外を指さす。
『そろそろ起きるころだから少し場所を変えようか』
今は動けないアリア様もいる、従っておいた方がいいはず……
こくりと頷きシェリアと少女はテントを後にした。




