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魔法力0の騎士  作者: 犬威
第2章 アルテア大陸
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アリアの過去

 

 こうして剣を合わせているとふと昔の事を懐かしく思う。



 あれは十年程前の事だったか……


 日差しが照らす庭には今日もフリーシアが手入れをした花達が綺麗に咲き乱れ、キラキラと雫が輝いている。

 穏やかな昼下がり、心地よい風が草花を揺らしていく。


 そこに不釣り合いな不協和音が混ざる。

 ブオンブオンと木刀が風を切る音だ。 この屋敷の庭ではこのようなことは日常茶飯事の事で、屋敷に務めるメイド達も知っている事だった。


 汗を流し、ひたむきに素振りをするテオは一心不乱に剣を振り続ける。


 そこにいつもとは違った来客が一人。



「テオ! お願いだ! 僕に剣術を教えてくれないか!」



 すぐに駆け寄り、アリア=シュタインはテオに向かって頭を下げる。

 齢九歳の頃であった。



「ダメです」



 テオはぴたりと動きを止めると穏やかな口調で否定する。

 さらにテオはこちらに向き直り答える。



「まだ傷も癒えていないというのに、それに貴方は貴族のご子息だ。 そんな無茶はさせられない、あの事件だって大怪我をしたじゃないですか」



 アリアの顔や腕には包帯が巻かれており、怪我をした原因はセレスを守ろうとした結果であった。

 テオは父であるアルバラン=シュタインの秘書も務めており、この怪我をしたこともフリーシアを通して耳にしていたようだ。



「じゃああの時僕はただ妹がいじめられているのをただ指を咥えて見てればよかったっていうの?そんなことできるわけがない!!」



 ただ髪の色が他と少し違うだけなのに、種族が違うだけなのにいじめられているセレスを見てるのは耐えられなかった。

 もうセレスは僕たちの家族なんだ。妹を守らなくて何が兄だ。



「……」



 立ち向かう力が欲しい。 魔法のあるこの世界で僕は何も持っていない。空っぽだ。



「ねぇ、テオ、僕はなんで魔法が使えないの? 悔しいよ……」



 下を向き奥歯を噛みしめる。 握った手は硬く、悔しさで涙が出そうだった。

 誰にでも扱えるといわれる魔法は僕を、この世界から切り離した。

 運動をすれば魔法の補助を受けて速く走ることも、高く跳ぶことも思いのままだというのに。

 日常生活はほとんどが魔法を使うことによって成り立っている。 掃除も通学も勉強もほとんどだ。


 そのたびに、諦めて、諦めて、諦めてきたんだ。


 自分には魔法が、魔法力が無いからって。


 自分だから、自分だけだったから我慢できた。

 でも…… 家族を、たった一人の妹を守ることさえも自分にはできない。


 無力で無価値で無意味だ。


 僕は何のために存在してるのかわからなくなりそうだった。


 テオはしゃがみ込み僕の目を真っすぐ見つめる。



「魔法が使えない分辛く厳しいが着いてくる自信はあるんだな?」



 テオの口調が変わり始める。これが本来のテオの言葉使いなのだろう。


 真剣に真っすぐテオの目を見て即答する。



「あります」



 一瞬テオは悲しそうな顔をする。



「似ているな……」


「え?」


「いや、気にするな。 これを持て」



 テオがさっきまで素振りをしていた剣を手渡される。



「ぐっ…… 重い……」


「まともに振れるようになれ、話はそれからだ」



 ズシリと手に伝わる重みにうっかり手を滑らせてしまいそうになるのを堪え、両手で支える。

 その場から去っていくテオにアリアは深く頭を下げるのであった。


 アリアはその日から渡された木剣を何度もよろめきながら振ろうと試みる。

 毎日、毎日、日が暮れるまで、何度も何度も。



「痛っ……」



 アリアの両手には無数の血豆ができ破れたが、痛みを堪え一度も止めることは無かった。



「腰を入れろ、そんなんじゃ駄目だ」


「はぁ…… はあっ…… はいっ……」



 来る日も来る日もアリアは素振りをし続けた。



「アリア様…… 今日もやられるのですか?」



 フリーシアはアリアの手に包帯を巻きながら、不安そうな表情で話しかけた。



「僕にはこれしかないから……」



 苦笑いしながらアリアは悲しそうな顔のフリーシアの手を取り、微笑みかける、大丈夫だと。

 そして再び素振りを始める。それが一ヶ月も続いたある日のことだった。



「今度はこれだ」



 唐突に素振りの最中にテオに手渡されたのは金属製の槍だった。



「うっ…… これも素振りなんですか?」


「そうだ」


「……わかりました」



 ようやく木剣が振れるようになったのに……

 先ほどの剣よりも重い槍をアリアはひたすらに振り続ける。既にアリアの手は豆が幾度も潰れ、硬くなり、腕の筋肉は恐ろしいほど引き締まっていく。


 何度も辛い筋肉痛が襲い、腕が痺れるときもあった。そのたびにあの時の光景を思い浮かべ何度も耐え抜いて、さらに一ヶ月を過ぎたころにはあんなにぎこちなかった素振りもまともに振れるようになっていた。



「はぁ…… 千二百五十五…… はぁ…… 千二百五十六……」



 黙ってその光景を眺めていたテオは久しぶりに口を開く。



「次はこれを着けて走れ」



 汗だくのまま振り返ると、テオは僕の足に金属製の鎖を巻き付けていく。

 ズシリと一気に重くなった足はまともに歩くのも困難な程だ。



「うっ…… くっ…… 」


「とりあえずは都市を一周だ」



 アリアはその言葉を聞いて顔を青ざめさせた。







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