side セスティ ~過去~
「セスティはどうして騎士になったの?」
「え?」
振り返れば普段なら変わらぬ可愛らしい花のような笑顔がそこにはあるのだが、今日は違って辛そうな顔をしていた。ピンク色の艶のある長い髪、人形の様に整った顔立ちはエルフの中でも誰もが振り返るほど、性格も穏やかで完璧。
そんなエリシア=ファンネルは私の親友だった。
医療班に所属するエリシアとはブレインガーディアンに所属した当初からすぐに仲良くなったものだ。
「ど、どうしたの? そーねぇ…… 給金が一番高いし、私の親も騎士だったからね」
あまりにも真剣にエリシアに見つめられ、目をそらしながら答える。
本当はなんとなくで騎士になったなんて今更言えるわけもなかった。
「そうなんだ。 私は最初は困ってる人達を助けたいからっていう思いだけだったの」
エリシアは顔を悲しみに曇らせ、服の裾をぎゅっと掴む。
「どうして私達は戦ってるの? なんで他大陸の人達とは分かり合えないの? おかしいよ、同じ人類なのに……」
「エリシア……」
今にも泣いてしまいそうなエリシアの表情は胸に刺さるものがある。
現在我が大陸は戦争の渦中にある。
十年にも及ぶ大陸戦争は多くの犠牲者を生み、またこれからも生み出していくことだろう。
私達も今年ブレインガーディアンからガルディアンナイトに移ることとなり、戦争の第一線へ赴くことになった。
そこはまさしく地獄と呼べるものが広がっていた。
都市内に残っていた方がよかった。 知らないままの方が幸せだったとはよく言ったものでそこは殺すか殺されるかの世界だったのだ。
敵味方問わず、一日に負傷するものは数知れず、私達の心は疲弊しきっていった。
「昨日、大怪我を負っていた兵士さんが亡くなったの。 必ず帰って娘さんに会うんだって言ってたのよ…… それなのに……」
ついにはこらえきれなくなったエリシアの目から涙が零れる。
「なんで私達は戦わなきゃいけないのかな…… 獣人の人達も同じ言語なのに…… きっと分かり合えるはずなのに……」
この大陸戦争の真の目的は、戦っている私達には大陸間の和平の為だとか上は言っているらしいけどきっと他の目的があるはずだと思う。
「それは…… !? 」
「きゃあ!!」
それは私にもわからないと言うつもりだったところ、急に簡易の建物が爆風で吹き飛ばされる。
「くっ、ここも安全じゃなくなったか…… ここは捨てる! 退避するぞ!!」
この隊の若い隊長が支持を叫び、新たな安全な場所へ促していく。
次々と騎士達は移動を始める中……
エリシアが隊長の前に立ち、震える声で手を広げ慣れない大声を出す。
「た、隊長、動けない負傷者がいます。 ど、どうか移動するのは少し待ってください」
「ダメだ。 これ以上は全滅に繋がる。 動けない者は置いていけ」
「そ、そんなっ、見捨てると言うんですか!?」
「そうだ。 グズグズするな早く行け」
冷酷なまでに言い切った隊長はそのままエリシアの横を通りすぎていく。
どうしようもなく怒りがこみあがる。 手は血が出る程握りしめていたらしく血が地面に滴り落ちた。
「そんな…… 俺らは何の為に……」
「足手まといはいらない…… か」
横たわっていた負傷兵の口から苦悶の声が上がる。
「そんな…… 」
エリシアは膝から崩れ落ち、その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「エリシアっ!!」
駆け寄り、エリシアに肩を貸す。
「この人達にもちゃんと家族がいるのに……」
「優しいお嬢ちゃん…… 俺らの事は気にしないで逃げてください、ここもいずれ敵が来る」
「そうだ。 その気持ちだけでも十分さ」
負傷した騎士はどれも重傷で歩けないことがわかる状態だ。 それでも肩を貸し、数人で歩けば連れていくことも可能なはずだった。
だが、ここに残っているのは私とエリシアと負傷兵以外残らなかった。
「私も残ります。 きっと獣人の人達もわかってもらえると思うんです。 戦えない私達はきっと逃がしてもらえますよ」
涙を拭い、意気込んだエリシアは再び負傷兵の治療を始めた。
「私も残るよ、エリシアが心配だからね」
「ありがとう、セスティ」
ようやく笑ってくれたエリシアの持っている医療道具を私も受け取り、二人で負傷者の治療に当たった。
その数分後の事だった。
「こんなとこに残党兵か」
見下ろすように私達を岩場の上から見る敵の一団、獣人族がついに現れたのだ。
リーダー格の男は黒髪の熊のようないかつい大男であった。
エリシアは作業を止め、立ち上がると、両手を上げ、獣人達に歩み寄る。
「私達に戦う意思はありません。 お願いです。 どうか、見逃してもらえませんか、私達はただ家族の元に帰りたいだけなのです」
エリシアは緊張した面持ちでしっかりとした口調で対話を試みた。
私達は固唾をのんでただその光景を見つめていた。
「ほう、戦う意思はないと」
「はい、お願いですどうか……」
「見れば負傷者も酷い傷じゃないか、俺達の回復薬を分けるぞ、包帯も余分にある」
「ほ、ほんとですか。 ありがとうございます」
エリシアは深々と頭を下げる。
負傷者の人達も緊張の糸が切れたのか皆安堵のため息を吐く。
良かった。 獣人といっても同じ人類なのだ。 彼等も同じように家族がいて、対話を持ってわかりあえるはずなのだ。
今この瞬間こそが和平の一歩なのではないか。
「これで足りそうか? 見たところお前さんは回復術士のようだが?」
リーダー格の男が医療薬の入った箱をエリシアに手渡す。
「は、はい、ですがまだまだ未熟な治療士ですので、医薬品が足らなくて困っていたので助かります」
「そうか、やはり回復術士だったか」
「え?」
エリシアは医療薬の入った箱を地面に派手に落とす。
「エリシアァアアアア!!!」
私は叫び、剣を抜き、獣人達に切りかかる。
エリシアの腹部からは剣が貫いており、大量の血が溢れ出ていた。
「ど、どうして……」
「どうしてだと? 敵を助ける奴がどこにいる。 不穏分子の芽は早いうちに摘み取るべきだろう」
エリシアはその瞳を曇らせ、地に倒れ伏す。
「貴様ァアアア!! よくもエリシアを!!」
「回復役から倒すのが戦闘の基本だろう、まだ起き上がるかもしれん燃やせ」
「うぁあああ!! ヤメロォオオ!!」
その言葉に青ざめたセスティは一人の獣人を切り捨てると、慌てて倒れ伏すエリシアに向かって駆け出す。
「フレア」
「あぁああああああ!!!」
咄嗟にエリシアに覆いかぶさるようにセスティは爆炎を背中に浴びた。
焼ける皮膚と強烈な痛みにセスティは絶叫に近い声を上げる。
セスティは咄嗟に術者を一刀両断すると、そのまま付近にいた者に切りかかる。
「こやつ化け物か!? 一気に仲間が…… ちぃ、引くぞお前た……」
リーダー格の男が焦っている隙に瞬時に懐に入り込んだセスティはその喉元を掻っ切った。
「あぁああああああ!!!」
鮮血が舞い、酷い焼けどを背中に負ったセスティは残りの獣人も鬼の様に切り捨て、ついには敵を一人で壊滅させていた。
「エリ…… シア……」
痛む体に無理矢理鞭を撃ち、エリシアの元に駆け寄る。
エリシアは見開いた目のまま絶命していた。
「どう…… して…… エリシア…… うっ…… あぁああああああ!!!」
声にならない声を上げ、セスティはエリシアの亡骸を抱く。
涙が枯れる程泣いてようやく周りを見渡せば、負傷した兵士も皆、獣人に殺されてしまったのがわかった。
「ははっ、結局誰も助けられなかった…… 」
エリシアの目を閉じ、その亡骸をエンドワープという魔法でガルディアの死体安置所に転送する。
たしか…… エリシアには妹がいたんだったな……
軽くなった腕を眺め、剣を支えに立ち上がり、他の死んでしまった仲間も転送していく。
いつか…… 絶対にこの世から獣人を消し去ってやる……
心に渦巻く憎悪と怒りが、セスティの足を動かし、避難地区へと歩みを進めた。
■ ■ ■ ■ ■
あれから二年が経った。
憎き獣人達は今まさに目の前にいる。
セスティは再びあの時の剣を手に取り、目前の敵を憎悪と憤怒の目で睨みつける。
「ズタズタにしてやる。 獣人は全て皆殺しだ」




