side オクムラタダシ ~人格~
【ガルド大陸 南西 名もなき村の宿】
太陽が沈み、昼間とは違う静けさがまたこの大地に降り立つ。
奥村忠司は乳幼児並みの思考しか持たない転生した田村優希を連れ、アルテア大陸を目指し、ガルド大陸の南西、人が誰もいない、今は名もない村まで来ていた。
ここの宿はまだ綺麗なほうで、室内は簡易のベットとテーブルがおかれ、灯りが付きっぱなしになっている。
おそらく、ここも同じように村を明け渡した場所なのだろう。
部屋の扉を閉め、優希の座っている車椅子を壁際まで移動させる。
長旅でここまで一睡もしていなかった為か、視界がぐらつき、倒れるようにしてベッドに体を預けた。
「ようやく体を明け渡すようになったか」
オクムラはそうぼそりと言葉を零すと、起き上がり、先ほどまでの雰囲気からがらりと変わる。
たしかめるように自分の腕、足を眺め、動かしていく。
そしてちらりと車椅子に乗った田村優希の姿を見て、無表情であった顔をにやりと歪めた。
「お前が優希か」
興味深く優希の姿を眺め、優希の傍まで歩み寄る。
「あうー」
「知能は皆無…… か」
オクムラが近づくと嬉しそうに声を上げる優希、見た目は高校生のように見えるが、肝心である中身は乳幼児というなんとも不思議な光景に思わず笑ってしまう。
お前はこれをあんなに望んでいたのか?
思考が乳幼児という事もあり、自分で立つことはおろか歩くこともできない優希は車椅子の上、手をいたずらに動かすだけの存在であった。
しばらくそのままオクムラは優希を眺め考える。
アイツが一番嫌がるとしたら……
その体を刃で少しずつ切り裂いて、泣き叫ぶ様を見るのもいい。
いや、だがそれだけでは少し弱いか?
邪魔な服を破り捨て、その汚れを知らない体を犯してから痛めつける。
そうだな、これでいくか。
思考は纏まり、腰に差してある短剣を抜き放つ。
銀色に輝く刀身が室内の灯りに照らされ鈍く光る。
その刀身に映った自分の顔に向けて、オクムラはただ淡々とした口調で言う。
「お前はそこで見ていろよ」
短剣を握り直し、優希を視界に捕らえ、まずはその邪魔な衣服を引き裂こうと空いている方の手を伸ばした。
その時。
「は?」
短剣を握りしめていた方の手が勝手に動き、オクムラの右の太腿に短剣が深く突き刺さる。
「ぐっ…… あぁああああぁあぁああああ!!!」
止めどなく赤い血が噴き出るように流れる。
床に崩れ落ちるオクムラは、そのまま痛みの為か絶叫し、自分の意思のある左手で足に刺さった短剣を引き抜こうとする。
「おまぇえええ!! ふざけんじゃねぇぞぉお!!!」
短剣は右手ががっちりと押さえつけているためなかなか外れそうもない。
「ぁあああぁあああ!!!」
自分で自分の腕を殴り飛ばすというはたから見ればわけのわからない事をして短剣を掴んでいた手を殴り飛ばすとそのまま勢いよく刺さった短剣を引き抜き、投げ捨てる。
「あぁああ!! っクソッ!! 覚えとけよぉオマエ……」
噴き出る血を左腕で無理矢理ふさごうとするが、なかなか血が止まりそうもない。
「いってぇえええ!! っあぁああああ!!!」
「ヒール」
光が収束し、オクムラの足の傷が癒えていく。
「はぁっ、はぁっ、あ、アンタ誰だ?」
霞む意識で見上げればそこにはいつから居たのかわからない黒いフードを被った無機質な瞳の女がこちらを見下ろしていた。
「……傷は癒えた。 大人しくしていろ」
オクムラは額から噴き出た脂汗を拭い、深く息を吐いた。
「答える気はないってことか、まぁ大方アルバラン様の所にいた黒いフードの奴が、俺を監視に来たということだろ?」
「そうだ。 それにその子の面倒も見るように言われている」
優希を指さし、淡々と告げる。
「そうかそうか、随分と御苦労な事で」
オクムラは自分の足が治った事に安堵し、血で濡れている床に顔をしかめる。
「クリーン」
ため息を吐きながら室内を浄化魔法で綺麗にすると、オクムラはどっかりとベッドに腰掛ける。
「しかし、泣かないんだな、心は赤ん坊みたいなのだろう?」
黒いフードを被った女が優希の目をじっと見つめる。
あんなに叫んでいたのになぜ赤ん坊の精神であるはずの優希が泣かないのか、普通は疑問に思うだろう。
「ああ、それはこいつの能力の【絶叫】があるからだろ」
俺はこの通り異世界チート能力の一つ【鑑定】を手にしていることもあって、自分より下のレベルの人間のステータスを閲覧することが可能だ。
その【鑑定】を使って優希を見た結果、二つの能力を持っていることがわかった。
一つ目は【絶叫】、この能力は優希が泣き叫ぶことにより、周囲に多大なる悪影響を及ぼす作用がある。麻痺、毒、混乱、まぁバッドステータスを声の聞こえる範囲にまき散らすって事だな。
なかなかに厄介なこの【絶叫】にも発動条件があり、ひとつは俺が近くにいない事。
最初に見た者を親とみなし、親認定された俺は発動条件のひとつになったらしい。
哀れだなぁ…… 待ち望んでいたのに親だと思われてるのかアイツは。
もう一つは、声の聞こえる範囲に人がいる事。
俺が痛みで叫んでいたときは、周囲には俺しか人はいなかったわけだし、優希の近くにいたからな。
「そう、能力条件があるなら納得です」
ん?やけに物分かりがいいな……
まぁいいか。
「それで、付いてくるならちゃんと道案内してくれるんだろ? そもそも俺はこの世界の住人じゃない、どこに行けばいいのかもアイツは教えてくれないからな」
別人格の自分にまた苛立ちが募る。
意識が切り替わっている間はそいつの考えている事はなんとなしにわかるが、さすがに情報がそれだけしかないとなると愚痴の一つも零したくなる。
なにせ気づいたら知らない場所にいるようなもので、どこに行けばいいのかすらわからない始末である。
今までは切り替わったタイミングがたまたま戦闘中からだったからわかりやすくて良かったものの、こういったケースは初めてだった。
「その為の私でもある。 まずはアルテア大陸に一緒に渡ってもらう、ここには船を調達しに来るところだったはずだ」
あー、なるほど、それでこんな人のいない沿岸の町まで来たわけかアイツは。
「そもそも、人もいないのに誰が船を操縦するんだ?」
黒いフードの女はちらりと俺を見て薄く笑う。
「私が操縦するからに決まっているだろう? 馬鹿なのか君は?」
「は?」
苛立ちがが募る。
さっきから勝手に動くアイツといい、俺をなんでこうも苛つかせるんだ?
オクムラの元々悪人面の顔がさらに凶悪に歪む。
「今、お前をここで殺してもいいんだぞ?」
腰に下げた剣を引き抜こうとすると、黒いフードの女は指を俺の足に向けると薄く笑う。
「その足じゃあまず無理だけど、どうするの?」
黒いフードの女は指を宙でなぞるように動かすと自分のさっきの傷が再び開き始める。
「ぐぅううう…… 解除できるのか……」
「言ったでしょ?監視で付いてくるだけだから、私も君に危害を加えるつもりはないから、安心してよ、ほら、元通り」
再び指を動かすと、綺麗に痛みが引いていく。
「……覚えていろ」
「怖いなぁ、まぁ今日の所はゆっくり休むといいよ、明日の朝ここを出発しよう」
そう言って黒いフードの女は優希の車椅子を押して部屋を出ていく。
一人きりになったオクムラはベッドの上に大の字に寝転ぶと激しくベッドを叩いた。
「くそっ!!」
得体のしれない女と赤ん坊の女という組み合わせの奇妙な冒険が始まろうとしていた。




