デニー
「ふぅ、まったく、アルダールの奴め、はぁ、あれほど一人で先行するなと言っておったのに……」
軍の前線にて同じく奮闘するデニーはそんな不満の声を漏らす。
ギガントだというのにきっちりとしていて全身を鋼のフルプレートで覆い、片手に細長いハンマーを携えたガルディアンナイト隊長、デニーは全てのギガントがアルダールのように大雑把ではないのだということを教えてくれる。
まさにアルダールとデニーは正反対で、デニーは的確に相手の急所を狙い、一撃よりもいかに戦闘不能に持っていくことを重きに置いている。
戦い方も丁寧で、二十五歳という異例の若さで隊長になれたのは、その真面目さ故にであった。
「グルルル……」
「オォオオオ!!!」
若き王族軍の獣騎兵がデニーの背後から果敢に攻め立てる。
「ふぅ、まずはその機動力からだ」
振り向き、爪と剣による一撃を体を反ることによってデニーは躱し、通り過ぎようと目の前を通過するグルータルの足を掴み、地面に叩きつける。
「ぐぅ、おのれぇ……」
グルータルから落ちた若き王族軍の騎士は再び剣を握りしめ、亡き友であるグルータルの為に痛む体に鞭を打ち、声を上げてデニーに立ち向かっていく。
デニーはハンマーを握りしめ、ギガントとは思えないほど柔軟に態勢を低く構える。
「オォオオオオオ!!」
顔目掛けて勢いよく迫るハンマーを身を屈めて避けようとした騎士は、突然目の前でハンマーの軌道が変わるのをただ見る事しかできなかった。
「ゴボォ……」
がくんと落ちるようにハンマーの軌道が直前で変わり、なすすべもなく騎士は激しく弾き飛ばされていく。
直撃。
騎士の体はその衝撃に耐えきれず、ぐしゃりと体をあらぬ方向に曲げ絶命する。
「よくも同胞を!!」
仲間であった若い王族軍の騎士が叫ぶ。
しかし、私よりも若い者がこの戦場で戦っているとはな……
デニーは戦いはあまり好きではなかった。
このガルディアンナイトに所属しているのも自分が唯一の稼ぎ頭だからだ。
騎士の中でもガルディアンナイトは命が危険に晒される確率が非常に高い為、他のブレインガーディアンやセーブザガーディアンよりも給金が非常に良い。
本来であれば、人を殺すような戦場には立ちたくはないと常々思ってはいるのだが、類まれなる肉体と戦闘のセンスは彼を前線へと押しすすめた。
いずれにせよ、皆覚悟を持ってこの戦いに臨んでいるんだ。 そんな気持ちでいれば無礼にあたる。
気持ちを押し殺し、今は味方の勝利の為にただ己の役目を果たすのみだ。
そうデニーは心の整理を改めて行うと、すっと怒りに燃える若き騎士を見据え、構えをとる。
若き騎獣兵は、巧みなグルータル捌きで、距離を詰める。
これは…… 今までの騎獣兵とは動きが違うな。
慎重に様子を伺い、デニーの上段からの一撃を躱した若き騎獣兵はそのまま回り込む様に死角を狙ってくる。
死角を狙われることはデニーにとって慣れた事であり、きっちりその対処法を学んでいる。
ギガントという巨躯でありながらもデニーはその重さを感じさせることのないように片手で軽やかにバク転すると唖然と口を開けた若き騎獣兵に向かいハンマーを振るう。
若き騎獣兵は巧みなグルータル捌きで、大きくステップを取りながら後退。
驚いてはいたものの寸でのところで攻撃を回避した。
アレを躱すか……
強化魔法が掛かっているデニーの攻撃をギリギリとはいえ躱されているこの現状に、デニーも本腰を入れ始める。
「スプラッシュエレメント」
水属性の付加魔法。
デニーのハンマーに水が集まり、水流のような流れが纏わりつく。
デニーは魔法の能力はそこまで高くはないが、水属性だけは唯一得意とする。
戦闘において付加魔法とは相性が良く、単発で出せる魔法よりも持続力があり、魔法を付加させることにより威力や、機動性、攻撃を読まれにくくするなど様々な恩恵がある。
主に前線で戦うものはこの付加魔法が何よりも重要になってくる。
魔法にも相性があり、反対属性同士は打ち消し合うことが証明されている。
例えば火属性は水属性と打ち消し合う。
ただ、それはどちらかの威力が勝っていた場合、勝っていた方の魔法が勝ち得る。
デニーは構えなおし、一気にハンマーを振るうと勢いよく水流が飛び出し、若き騎士を襲う。
「くっ……」
グルータルを操り、なんとか水流をよけようとするが、水流はその動きを呼んでるかの如く避けた方向へ曲がり、迫る。
咄嗟に出した剣で水流を防ごうとするが、非常に重い水流はあっけなく騎士の剣を弾き飛ばす。
「ぐあっ……」
再びデニーは追撃の為に大きくハンマーを振るう。
態勢を大きく崩した若き騎獣兵に防げるものなどなかった。
直後。
滝のような水圧が若き騎獣兵を襲う。
「ふぅ、いい相手だった」
デニーがぼそりと口にし、再び次の敵へ駆けようとした時、背後から知らない声が掛かる。
「なかなかいい攻撃だが、俺を倒すには至らなかったな」
慌ててくるりと向き直ると、先ほどの若き騎獣兵は跳ね飛ばされたのか、攻撃を放った位置にはおらず、代わりに水流を浴びてずぶ濡れとなっている一人の犬型の獣人の騎士が立っていた。
「無事か、フィオ」
「あ、ありがとうございます。ホーソン隊長」
王族軍隊長ホーソン、よもやこんなとこで会うとは。
「よくやってくれたフィオ、ここは俺が引き受ける。 こいつはあの先で暴れまわっているギガントよりも厄介そうだ」
「わかりました。 ご武運を!」
若き騎獣兵はそのままグルータルにまたがり、戦場を駆けていく。
「さて、お前は他のギガントとは異質のようだが、名前はなんて言うんだ?」
「デニーだ」
「ほう、覚えておこう、俺は王族軍隊長を任されているホーソンだ。 部下が世話になった。 ここから先は俺が相手だが異論はないな?」
「はぁ、こちらも同じ隊長格、相手にとって不足はない」
新たな火蓋が切って落とされた。




