side オクムラタダシ ~再会~
ユーアールに言われるがまま付いていくと、王宮の中でもそこはひときわでかい建物で、見上げればかなりの高さに天井が見え、壁にはめ込まれているステンドグラスは神秘的な雰囲気を醸し出している。
まるで都会に初めて来たばかりの少年のように奥村はキョロキョロと辺りを見渡す。
上には煌びやかなシャンデリア、正面二階にはパイプオルガンだろうか、自分の周囲には横に長い椅子がいくつも並んでおり、この世界には疎い奥村でもこの場所は何となくわかった。
これは教会じゃないかと。
ユーアールはこんな場所に僕を連れてきてまで何がしたいのだろうか。
「まぁ座って待つとしよう」
ドカリと長い椅子にユーアールが腰掛けるとけたたましい音を立てて椅子は崩壊した。
「うぉ!? なんじゃ一体。 随分と脆いのう」
それはアンタがそんな重そうな鎧を着て勢いよく座ろうとするからだよ、それにどう考えてもギガント用の椅子じゃないだろ、とは口が裂けても言えなかった。
しかし、あまりこの世界の事は知らなかったけど、パイプオルガンやステンドグラスはちゃんと存在してるんだなぁ、これも昔居たとされる異世界人の仕業なんだろうか。
「そんなことより、アルバラン様は一体どこにいるんだよ? 呼んだのはあの人なんだろ?」
「なんじゃ? さっきからそこにおるじゃろうが」
「は?」
ユーアールが指さす先を振り返ると、教会の誰もが注目するはずの教壇の上に足を組んで座っているアルバラン=シュタインの姿があった。
「ふむ、これぐらいで見えるようになるか」
おかしい、この建物に入って来たときは居なかったじゃないか。
一体いつから……
いや、そんな事より、なんで僕は気づかなかったんだ。
あの強さに気配も遮断するなんて、でたらめすぎるじゃないか……
「じきにドンナムが来る。 少し待っておれ」
何事もなかったかのように淡々とアルバランは話す。
ドンナム? 誰だっけ……
数分後、奥の部屋から法衣を身に纏った者が五人出てくる。
ど、どれがドンナムだ? まさかこの人達合わせてドンナムなのか?
背の低い老婆が語る。
「待たせてしまい申し訳ありませぬ、して準備は既に整っておる、アルバラン様は何を望むか」
あ、この人がドンナムか。
最近物覚えが悪くて困るな、いちいち顔を覚えて戦ってなかったからだな、うん。
アルバランが邪悪な笑みを携えて話す。
「オクムラよ、今回の報酬だ。 前に最愛の人を呼びたいと言っておっただろう」
「え?」
「何を呆けている。 今回お前は十分戦果をあげてくれた。前にも言ったであろう、これが終わり次第報酬を支払うと」
ついに、ついに、ついに……
ようやく、ようやく、ようやくだよ。
やりたくもない人殺しをして、血に濡れた手で進んできた道は間違ってなんかなかったんだ。
「ほ、本当ですか」
声が震える。
無理もない、それだけの為に今まで頑張ってきたんだ。
報われてもいいんだ。
「本当だ。 私が嘘をついたことなど一度でもあったか?」
「い、いえ、ありません」
「そうだろう。 オクムラよ、召喚したい相手を強く、思い出し、イメージするのだ。 思いは力になり、願いは真実となる」
優希の事は目を瞑っていても思い出せる。
艶のあるショートも似合う短い髪。
少しきつめの眼つき。
抱きしめたら折れてしまいそうな体。
色白の肌。
制服がよく似合っていたよな。
話す声はいつも気を使っているのがバレバレな強気な口調。
強がりで泣き虫で。
どれもかけがえのない優希を構成する要因だ。
「始めてくれ」
人はこの思いを気持ち悪いと思う者もいるだろう。
僕の違う人格もこの気持ちを否定する。
失ってから気づく思いがこんなに大きいなんて知らなかったんだ。
なんで優希を死なせてしまったのか、かけがえのない人だったのに、代わりなんていなかったのに。
でも、また会うことができるんだね。
今度は絶対に優希を死なせないと誓うから。
どうか、神様がいるのなら、この願いを聞き届けてください。
優希に再び会わせてください。
どうか、どうか、どうか……
とてつもない光に目が眩みそうになるのをこらえ、必死に優希の姿を思い描く。
「ほう、これは」
光が収まり、目を開けると、そこには横たわる五人の屍とあの当時の制服のまま横たわっている優希の姿がそこにあった。
思わず体が反応し、屍には目もくれず駆ける。
「優希!!」
そっと抱きかかえ、奥村は涙を流し、感謝をアルバランに述べる。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます。 アルバラン様」
その声に反応したのか優希の目が開いていく。
「優希!! また会えて嬉しいよ、覚えているかい忠司だよ」
寝ぼけ眼のような顔で視線を左右に動かす優希。
「驚くと思うけどここは異世界なんだ。 僕達は今、日本じゃなくて異世界にいるんだよ」
目をぱちぱちと瞬きをする優希。
「でも本当に良かった、こうしてまた優希に会えたんだから」
優希はその艶のある唇を開け、この世界に来て初めての言葉を発した。
「あー、うー?」
「え?」
突然の事に頭が理解できない。
「いや、いきなりそんな冗談やめてよ、そんな赤ちゃんみたいな……」
「へへぇ」
「嘘でしょ? 冗談でしょ?」
「あうー」
「どうやら人格までは戻らなかったみたいだな、体組織は本人とみて間違いはないが対価が足らなかったまたは何かしら理由があるのか、だがお前の望んだ通りに最愛の人は召喚できたぞ、良かったじゃないか」
「そんな……」
姿、形は優希その者であったとしても、人格、心が伴っていなかったらそれはなんだ?
それは本人と呼べるのか?
「あー?」
やめろ、そんな目で僕を見るんじゃない。
「五人の最高位の神官を失ってまで得られたのが、この女一人か、難儀なものだのう」
「ユーアール、この女も異世界人だ。 何かしら【能力】を授かっている。 それに戦力には今更困りはしない」
「……そうかい」
「ぐっ……」
唇を噛みしめる。 ようやく会えたと思っていたのに……
「オクムラよ、悲観に暮れている所すまないがその女を連れてアルテアへ渡ってくれないか?」
「な、こんな状態で戦えるわけが……」
優希の頭をアルバランが掴む。
「行ってくれるね?」
「はい、もちろんです……」
優希が頭を掴まれた瞬間とてつもない寒気と絶望感が襲った。
この人は本気で握りつぶそうとしていたんだ。
もう二度と優希が死ぬのなんて見たくない。
たとえそれが偽物だったとしても。




