side トリシア=カスタール ~遅すぎた到着~
単独で行動している元騎士団長のお話です。
【ガルド大陸 西部 山岳の村】
「っつ…… ここも既に……」
馬を急いで走らせて五日ほどが経った。
私はガルド大陸に残っている住人を避難させるべく、単独で村を回っている最中であった。
あの国王暗殺事件の日から何もかもがおかしくなり始めている。
いや、正確に言えばむしろもっと前からおかしくなり始めていたのかもしれない。
影で暗躍していたアルバラン=シュタインは国王暗殺の日以降頭角を現し始め、首都であるガルディアはもはや奴の意のままに操ることができる都市国家となってしまった。
近いうちに今までの規模を超える大陸戦争が始まろうとしている。
その前にせめて、関係のない人達を避難させないと……
私達はカルマン達と合流すると、カルマン達にも私の恩師のいるリーゼア大陸に向かってもらうように伝え、地図を渡し、私は他の住人を探すために馬を借り、駆けていた。
大陸戦争によって火の海になるであろうこの大陸からできるだけ多く逃がすために。
頭をフルに稼働し、一番リスクが少ない案を考えたつもりでいた。
だが、目の前で起こっていることまではさすがに予想できなかった。
まだ大陸戦争までは時間があると踏み、限られた時間であったとしても住民が逃げる時間くらいはあると思っていた。
あんなにも急いで駆けつけたというのに、今まで私が通ってきた村々は既に一人も人が残っていなかった。
いや、残っていなかったというのは少し語弊がある。
村の住人は全員無残な死体と成り果てていた。
「くそっ……」
村に入る前から漂う死臭が、飛び立つ無数のカラスの群れが、嫌でもわからせてしまう。
またここもダメなのかと。
「ブフルル……」
この鼻を刺すような死臭の臭いに馬も先に進むのが嫌なのか、身をよじり、方向を変えようとしてくる。
この行動も既に四度目……
動物の生存本能もここにいてはいけないと危険を訴えているのだろう。
「すまない、君も嫌なのはわかってるつもりだよ、だからこれから先は私一人で行くから、大人しくまっているんだよ」
安心させるために馬の首を軽く手で撫で、背から降りると馬の首に括り付けられている紐を近くの木に括り付ける。
「誰か一人でも生き残りがいるといいんだが……」
そうして死臭漂う山岳の名もない村に足を踏み入れる。
「うっ……」
口元を布で覆ってはいるものの、あまりにも酷い死臭に吐き気がこみ上げるがぐっとこらえる。
村の中を見渡すと今まで通ってきた村と同じように酷い有様だった。
木造でできた建物は所々焼け落ち、焦げた跡もあり、無残に崩壊しているのも少なくはない。
武器がいたるところに散らばっており、ここの住人達も今までの村と同じように戦う道を選んだ者達なのだろう。
目を覆いたくなるような光景が続いていく。
「酷い、酷すぎる……」
いったい彼らが何をしたというのだ。
夥しい血が地面にこびり付いたのだろう、赤黒く染まっている。
ここを含めて四つ目……
通ってきた他の村も同様に同じような殺され方をして死体の山を築き上げていた。
性別、種族、年齢、全て見境なしにその殺戮は行われた。
あまりにも惨すぎる光景に最初のうちは何度も吐いていたが、四度目ともなってしまうと我慢が効くようになってしまった。
慣れすぎてしまった。
村をぐるっと回り、微かな希望を持ち生存者を探す。
だが、一向にそれらしい姿は見えてこない。
ここもまた全滅したのだ。
せめてものの供養にと、できる限り散らばった死体を集めることにした。
「こんな小さな子供まで……」
ギリッと奥歯を噛みしめ、建物の中から衣服や布を引っ張り出し死体を包んでいく。
それらを全て集めるころには日も沈みかけていた。
「ファイア」
真っ赤に燃える炎が一か所に纏まった死体に引火、音を立てて燃えていく。
私にはこんなことしかできないが……
舞い上がる煙を眺め、目を瞑り、祈りを捧げる。
こんなことまでして一体何が目的なんだ……
ふとその場から離れようとした時、ある物が目に止まった。
それは崩れた壁のすぐ傍に落ちており、見覚えのある剣だった。
「これは…… ストライフの持っていた細剣……」
赤黒い血で汚れてはいるものの間違いない、ストライフが愛用していた剣だ。
ストライフの腕をもってしても勝てなかったというのか……
この村に来ていたというのか…… しかし、あの死体をどれも確認したがストライフのようなエルフは見当たらなかった、この村の住人のほとんどはヒューマンだったのだから。
だったらいったいどこに……
もう一度くまなくこの村を探し回ったが手掛かりはそれ以上見つけることはできなかった。
そして随分探し回ったせいでついに夜が来てしまった。
「グルルル……」
「グゥオオオオオオ」
誰も守る者のいなくなった村は魔物の住処となる。
日中の間は狩りにでもいっていたのだろう、魔物達が戻り始めていた。
「所々死体を切り刻んだのはお前達の仕業だな」
ウルフ、ベオウルフ、ウルフベアー、揃いも揃ってここに集う。
その数合わせて八体。
山岳地帯に出没する珍しくもない魔物。
ウルフベアーだけは近年多く目撃されている。
生態系が変わったのだろう。
魔物達は新たな獲物が現れたことにより、興奮気味だ。
背負っていたハルバードを手に持ち替え、悠然と構える。
「私もただやられるわけにはいかないんでな、時間も惜しい、悪く思わないでくれ」
呼吸を整え、全身に纏った魔力を腕に集中させる。
「龍撃」
轟音が夜空に轟く。




