大衆浴場
温泉に行きたい。
この世界、グランディアには多くの種族が暮らしている。
正確にはヒューマン、エルフ、ギガント、ケモッテ、アンバー、ドラゴニア、メアンの七種族がこの三大陸にそれぞれ独自の文化を用いて発展してきた。
さらに、異世界人の介入によりさらなる発展を遂げ、こういった風呂の文化は色濃く今日まで引き継がれてきている。
大陸それぞれにわずかな差はあれど、違いはあまりなく、大陸全土に広まったと言われている。
ただ、浸透してからあまりの長い時間の経過により、独自の発展を遂げたそれぞれの文化は、交流が閉ざされたことにより知るすべはなく……
現在進行形で起こっている出来事があまりにも不自然だということに、違和感を隠し切れないということに、一人動揺し、こうして現実逃避気味に考えるわけである。
私の大陸では普通であったことも、他の大陸にとっては違っていたり、また、当たり前だと教えられてきたソレは、私にとっては違うと言わざるをえなかったりする。
こうして散々、ぐだぐだと考えてしまわないと目の前の事に理解が追い付かないのだ。
私は今声を大にして言いたい。
「あのっ、熱かったら言ってくださいね」
「あ、ああ、大丈夫、ちょうどいい温度だよ」
「わ、わかりました。 では流していきますね」
どーしてこーなっている!!と。
話は少し前に戻る。
泥だらけになり、汚れを落とせる場所をシェリアに聞いたところ、近くに大衆浴場があるというので案内してもらった。
「それにしても立派な建物だな……」
首都アルタにおける建物の割合で多いのは木を加工して作られた木造の建物が多い。
ましてやここに住む獣人達が建てる建物はそれほど大きくはなかった。
しかし、この大衆浴場だけは他の建物とは規模が違っていた。
ガルディアにも大衆浴場はあったが、ここまで大きな建物の大衆浴場を見るのはアリアも初めてだった。
「こういう時次元収納は便利ですよね、着替えを入れておけますし」
シェリアは次元収納から大きめのタオルを出しながら微笑む。
「あ、ああ、基本この次元収納があるから手ぶらでもいいってのがいいよな」
シェリアにとっては普通の事のようで、この大きな建物には驚きを覚えないようだ。
中に入ると、受付のような場所に熊型の獣人の女性が退屈そうにしていた。
「ん? もしかしてお客さん!?」
入ってきた私達に気づいたらしく、がばっと身を起こし、嬉しそうにほほ笑む。
「いやー、久しぶりの獣人やヒューマンのお客さんやんかー、最近はあまり人が利用しに来なくて困ってたんよー、戦争で皆が街を離れる中残って頑張ってたかいがあったっちゅーわけやねぇ」
うんうん、と感慨深げに頷く熊型の獣人の女性はいそいそと受付台の下からペンと紙のついた台紙を取り出す。
「この戦争の最中ここに残っていたんですか!?」
ガルディアの騎士達がこの都市を占領する中、この人はここにずっと残っていたと言うのか!?
「ん? そーやよ、まっあちらさんも風呂の大切さってもんを知っていたみたいだし、無害認定っちゅーわけで営業してんのよ、ウチは誰に対しても平等やからねぇ、ウチが居ないとここ稼働できないしねぇ」
カラカラと気のいい笑いを浮かべる熊型の女性はそのまま続ける。
「まぁ、ウチの話はええねん、風呂入りに来たんやろ? ここに名前書きぃ」
受付名簿と書かれたその紙は、利用している人がちゃんと居るかの確認のためらしい。
二人とも渡された紙に名前を記入していく。
「貴重品は無くさんようにな、それと代金は今は戦争で確定してないからとりあえずなんか食べれるものがあればそれでええで」
この都市は一時的にガルディアの騎士達が占領している最中だ。
ガルド大陸で流通している貨幣とアルテア大陸で流通している貨幣は違う。
ましてや値段設定もいまはできない状況なのだろう。
シェリアはあらかじめわかっていたのか、すぐに見えないように次元収納からパンを二つ取り出すと、ことりと受付台の上に置いた。
「ほいほい、んじゃ奥に着替える場所があるからごゆっくり~」
ひらひらと手を振り、また気だるげに突っ伏してしまった熊型の獣人の女性を横目に、着替える場所を目指し中へ進んでいく。
「随分個性的な人でしたね」
「ああ、不思議ななまりみたいな、初めて聞いたな」
「ええ、どこかの方言なのでしょうか? あっ、私はこちらですので」
話ながら歩いているとすぐに脱衣所の前についてしまった。
予想以上に手前に脱衣所はあったみたいだ。
「ああ、それじゃ」
シェリアを見送り、男性用と書かれた脱衣所に入っていく。
しかし、この大きな建物の割には意外と受付も脱衣所もすぐ近くにあったし、なんでこんなに大きい造りにしているんだ?
脱衣所はやはりこれまでの予想通りそんなに大きいものではなかった。
だとしたらこの広いスペースの大半を浴槽に使っているというのか……
期待に胸が膨らみつつ、着替えをすませ、風呂場への扉に手をかけ、扉を開けると、なんとも広々とした、大きな浴槽が目の前に広がり、上を見上げれば眩い街灯が浴槽を照らしている。
あまりの大きさに一瞬目を疑ってしまった。
私のほかには濃い湯気で分かりにくいが誰もいないようで、貸し切りのような気分にさえなる。
風呂も広くてすごいが、これは天井が吹き抜けになっているのか。
上を見上げ、暗くてよくは見えないがどうやら曇り空が伺える。
これが天気のいい日であればきっと星空を眺めることができただろう。
浴槽には濃く湯気が立ち込め、風呂の中や外側は岩々が連なっている。
軽く湯を浴び、そろそろと風呂の中に入っていく。
温度もちょうどよく、岩場に背中を預け座ると、思わずふぁと欠伸がでてしまうくらい気持ちがよかった。
まるで一日の疲れを癒してくれるようなそんな気分にさえなった。
そんな感じに風呂を満喫してると、前方からザブザブとこちらに向かって誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
他のお客さんも来たか、それにしてもこの浴槽、一人二人以上に何十人と入れそうな広さだよなぁ。
湯気が立ち込めてあまり遠くまでは見えないが、それくらいの規模の人数が入れそうなほど大きい。
どうやら、入ってきた人は結構近くに座ったらしく、波紋がこちらにも届く。
しかし、この大陸で風呂に入れるなんて思わなかったなぁ……
戦闘続きであまり休む暇がなかったとはいえ、こうして風呂に入れるのはありがたいことだ。
明日からはまた激しくなるから、頑張らないと……
さすがに疲労が溜まっていたのか、眠気と同時にまた一つ大きな欠伸をふぁと出てしまった。
「随分お疲れのようですね」
「ええ、戦闘続きでなかなか休めませんでしたから……」
「え?」
「え?」
ん?
なんか聞き覚えが?
「あ、アリア様!? な、な、な、なぜこちらに!?」
「シェリアなのか!? それはこっちのセリフだっ!!」
勢いよくバシャンと大きな水飛沫をあげて大声を出すシェリアは慌てた様子でバサバサと何かを取り出したようだ。
濃い湯気で見えないがおそらくタオルを次元収納から出したのだろう。
私も習ってタオルを取り出し、平静を装い腰に巻く。
「ど、どうして!? 扉は一つしかなかったのに……」
「それはこっちも同じだ、脱衣所からこの浴槽までの扉は一つしかない」
「それならどうして!?」
「まさか…… 混浴なのか!?」
シェリアは知らなかったのか!? あんなに慣れてそうな雰囲気だったのに……
まぁ、シェリアは王族だから知らないのも無理はないだろうが、もしかしたら獣人の風呂の文化は混浴になってるのではないだろうか。
どの大陸でも風呂の文化は同じだと決めつけていた。
なるほど、それならこの浴槽の広さにも納得がいくというものだ。
「こん…… よく?」
やはり、シェリアは知らなかった。
「男と女が同じ風呂に入ることだよ! まさしく今みたいな状況が当たり前に根付いているんだっ!!」
「なっ!? なんとハレンチなっ!?」
まずい動揺しすぎてシェリアの口調が変になってきている!!
「私が先に上がるから、シェリアはゆっくりしててくれ、幸いなことにこの濃い湯気でほとんど見えない」
ザブザブと浴槽から出ようとしたときに、背中に声がかかる。
「ま、待ってください、せ、せっかくなんですから…… 私がお背中お流ししますっ!!」
「え?」
「た、タオルも見えないように全身にまいてますしっ、アリア様が出ていかなくても大丈夫ですっ!!」
「し、しかし……」
「わ、私の事はお気遣いなくっ! さ、さぁっ!!」
若干声が裏返り、変なテンションになっているシェリアに、勢いに流される形でシャワーの前に座る。
「これはチャンス、これはチャンス、これはチャンス……」
ブツブツと何か独り言を繰り返すシェリアだが、本当に大丈夫だろうか……
そして冒頭へと戻るのであった。
なんだろうか、前にも似たような事があった気がするのだが……
背中を流してもらい、ふとそんなことを考えていると。
「右腕の事なんですけど……」
唐突にシェリアの口から先ほどの答えを聞かせてほしいと訴えかけられる。
マーキスさんも言っていたしな……
「ああ、右腕は生えてきた。 普通はありえないよな、だから私は化け物なんだ。 もし、一緒に行動するのが嫌だったら言ってくれ、私はすぐにでも……」
「アリア様はアリア様です。 アリア様が何者であろうと関係ありません。 私が知っているアリア様は困ってる人を放っておけない優しい方です。こんなことで嫌いになんてなるはずありません」
まっすぐ、はっきりとそう答えを述べるシェリアはさらに続けて答える。
「それに、まだ恩返しが全然できていないので、アリア様が去ったとしても、私は必ず探し出して付いていきますから!」
決意の籠ったその言葉は私の心を溶かしていくようだった。
どうしようもなく私は拒絶されるのが怖かったのかもしれない。
そりゃあマーキスさんに子供だと言われるわけだ。
私の心はその体に比べてあまりにも臆病だったのだから。
「そうか……」
「はい、覚悟してくださいね」
自信満々に言い、スポンジを手に取ったシェリアを横目で見ると、街灯に照らされているのか、はたまたのぼせてしまったのか、わずかながらに顔が赤い。
「な、なんで見てるんですかっ、あ、あんまり見ないでください!」
すぐに目が合ってバレてしまった。
「わ、私も洗いますから、アリア様は湯船に、っきゃぁあ!!」
「シェリア!!」
焦ったシェリアは盛大に足を滑らせ、転びそうになる。
思い切り手を伸ばし、なんとかシェリアの手を取ってシェリアが転ぶのは回避できた。
だが……
「あ」
ずるりと、お約束の様に私の腰に巻かれていたタオルが落ちた。
「あ、ありがとうございます。 アリアさ…… 」
「!? シェリア!? し、しっかりするんだ、シェリア!!」
シェリアは意識を手放した。
シェリアの前に謎の物が現れた。
シェリアは混乱している。
シェリアは目の前が真っ暗になった。




