side カルマン ~出発~
【ガルド大陸 南東港町】
「これで住人達はみんな乗り込んだはずだ」
キールから船に乗り込んだ住人のチェックを終え、必要な物資を積み込み後は出発を待つだけとなった。
「食料はこれだけなの? これだけで何日も持つかどうか不安なのだけれど」
カナリアは用意された食料に不満げにぼやいている。
途中でカナリア達と合流した俺達は、トリシア騎士団長の指示の元、住人達を船に乗せ、食料を集め、この大陸からの脱出を図ろうとしていた。
「これでもかなり集めた方なんだが、後は現地調達するっきゃねぇよ」
「そうね…… 私達を受け入れてくれればの話だけど」
「そればかりは騎士団長を信じるっきゃないだろ」
先ほど急いで馬に乗って出ていった方角を見る。
本当に間に合うのかよ……
連絡が届いていないストライフの為に、騎士団長は一人で向かっていった。
あんなほとんど何もない町に、まるで追っての様にあの化け物は現れた。
動きは読まれてる可能性が高い。
ストライフが管理している町だって安全なわけじゃねぇぞ……
もしかしたら既に制圧されてるかもしれねぇのに、アンタが冷静にならなくてどうするんだよ……
考えたって仕方ねぇ、今は自分にできることをするまでだ。
「あっ、パトラの件ありがとうございました。 顔色もだいぶ良くなってきたっす」
駆けてきた少年騎士はカナリアにどうやらお礼を言っているようだ。
「そう、この港にかなりの数の薬があったことは運がよかったわ」
囚われていた少女は、ここに到着したとき、酷い衰弱状態だった。
幸いなことに他大陸との繋がりも深い、この港町はガルド大陸の玄関口みたいなもので、物資の流通も多く、薬も多く揃っていたのだ。
額の汗をぬぐい、港町の入り口を眺め、少年騎士はぽつりと零す。
「それにしても…… セレスはいつになったら戻ってくるっすか……」
「それは……」
カナリアも渋い顔をしている。
どうやらここにたどり着く前に一人別行動をとっていたらしく、三時間も経過した今になっても戻ってくる気配がないらしい。
それを言ったらあの爺さんは……
くそっ、俺らは犠牲の上にしか生きられないってのかよ!
心のもやもやが晴れないまま、船に乗り込もうとしたとき、港の入り口に見慣れた格好の爺さんが片足を引き釣りながら歩いてきた。
「なっ!?じ、爺さん生きてたのか!?」
「し、師匠!!」
キールも慌てて飛び出し、駆け寄る。
爺さんの服は所々焼けていたり、切り裂かれていたり、特にひどいのは手で押さえている腹部の方だ。
「また、生き残ってしまったのう……」
「カナリア、治療を頼めるか?」
「もちろんよ、ハイヒール」
爺さんを寝かし、カナリアの回復魔法が淡い光を放ち、収束する。
「師匠がこんなにやられるなんて……」
キールは驚きに目を見開いている。 それだけあの化け物は強敵だったということだろう。
「すまんな…… あの化け物は驚くべき強さじゃった…… ぐぅ……」
「あまり喋らない方がいいわ、回復しているといっても内蔵のダメージが酷いから修復には時間がかかるのよ」
「じゃが…… あの嬢ちゃんはお主らの仲間なのじゃろう?……」
その言葉にカナリアも騎士の少年も反応する。
「セレス!? セレスがどうしたっていうの!?」
「そうだ、セレスは今どこに!?」
爺さんは咳ばらいをひとつした後、体を起こし話した。
「その嬢ちゃんは敵の化け物の親玉に連れられ、都市に向かって行きおった」
「そんなっ!?」
「すまんな、儂が不甲斐ないばかりに……」
沈黙がこの場を支配する。
敵の本拠地にあのアリアの妹であるセレスが連れ去らわれた。
これが何を意味しているのか、わからないほど馬鹿ではない。
「そして伝言を預かっておる。 『私、セレス=シュタインの事はどうか忘れてください、今までありがとう』と」
「セレス…… くそっ!」
「敵の本拠地に今更戻ることはできない。 それにこの文章からセレスは自分の意志で一緒に行った可能性が高いわ」
「それはどういう…… 」
「それはわからないわ、何か意図があっての事でしょうね、いずれ会う時が来るはずよ、ただ……」
「ただ?」
「いえ、なんでもないわ、そしてそろそろ出発した方がいいわ」
日もだいぶ暮れかかってきている、夜の航海は危険も多い、なるべく沖に出るのは早い方がいいのだ。
「師匠は俺が背負うよ」
「すまんのう……」
キールは爺さんを背負い、船へと向かう。 騎士の少年も足早に戻っていった。
「ねぇ、カルマン」
唐突にカナリアが俺を呼ぶ。
「なんだ?」
「私達は全てこうなるように誘導されているんじゃないかしら……」
「……」
そんな俺達の動きまで全てお見通しで、それも込みで敵が動いているんだとしたら、そんなのに誰が勝てるんだっていうんだ。
この作戦はトリシア騎士団長が考えて、相手の裏をかいて行動してるんだ。
「私達、トリシア騎士団長を信じすぎていない?」
「なっ!?カナリアは騎士団長を信じてないっていうのか!?」
カナリアはじっとこちらを見る。
そう、あまりにも敵に先読みされているこの現状。
さらに、騎士団長ではあるまじき単独行動。
辻褄が合わないわけではない。
「私は親友の事があったから敏感になってるだけかもしれないけど……」
カナリアの親友だったアルフレアは敵のスパイだった。
疑心暗鬼にも陥る。
カナリアはドレスの裾をぎゅっと握り、下を向く。
カナリアの頭の上にポンと手を置く、それだけでカナリアは見えなくなるほど小さい。
「ちょっと!?」
カナリアは不機嫌そうな声で怒る。
「んなこと考えても仕方ねぇだろ、俺はあの人の人柄に憧れてんだ、俺らが信じないで誰が信じるんだっていうんだ」
ぐりぐりと小さな頭をなで繰り回す。
「はぁ!? ちょっと、背が縮むでしょっ!!」
「はっはっは! 考えすぎだ、そんな事考えている奴が命を懸けて地下牢からアイツらを助けようとするかよ」
「むぅ! これだから脳筋は!!」
ぷりぷりと頬を膨らましながらカナリアも船へ戻っていく。
改めて周りを見渡す。
白い壁を基調とした港町が広がる。
潮の香りが鼻をくすぐり、目を閉じれば鳥の鳴く音が耳に残る。
この景色を覚えていよう。
次に訪れるときは戦場になってしまっているはずだから。
この港町に思い入れはないが、この大陸に来れるのはしばらく後になりそうだからな。
後ろからキールの声がかかる。
「おい、何ぼーっとしてんだ、出発するぞ」
「ああ、すぐ行く」




