霊-ミタマ-2 『し』
霊-ミタマ-では、幽霊や心霊現象を主にした作品のうち、ホラー表現や残酷描写のないものを分類しています
がらがらがっがらがら。
極牢亭の立て付けの悪い扉が引っかかった音を出す。
今日もあくの強い客がやってきたようだ。
「死にてぇなぁ」
猫背になって店の中をうろちょろする客は、どうにも独り言の多い男だった。
「死にてぇなぁ。ああ、死にてぇなぁ」
しかも厄介なことに、なかなか物騒な独り言。
「死にてぇなぁ」「死にてぇなぁ」
「ああ、死にてぇ。死にてぇなぁ」
「死にてぇなぁ」「死にてぇなぁ」
あんまりしつこくて煩わしかったものだから、とうとうコウの方から客に声をかける。
「ンなに死にたきゃ、勝手に死ねよ」
身も蓋もない。
「あ、聞こえちまいました?」
「聞かせてんだろう白々しい」
コウは露骨にふて腐れて、手元にあった煙の出ていないキセルを咥える。
客の男は「ええ、まあ」と情け無い笑みを浮かべながら、座敷の方へとふらふら近付いてきた。
「あっし、こう見えてすでに死人なもんで。会話も久々なもんで」
客の男の正体。それは、未練多らしくこの世に存在し続ける、はた迷惑な霊魂。
いわば、自縛霊である。
「知ってるよ」
コウはつまらなそうに答えた。
「ああ、そうでしたか。いやあ、噂に聞いた通り。すんごいお人だ」
客は幽霊にしてはやけに腰の低い男だった。ただでさえねちっこい喋り方をするのに、謝っているのか礼をしているのか、何度も腰を折ってへこへこするものだから、余計に鬱陶しい。
コウはさらに不機嫌な顔になった。嫌悪と嫌忌の表情を一切隠すことなく、眉間にしわを寄せて、目元をひくひくと痙攣させる。
「さっきも言いやしたが、あっし既に死んでましてね。死にたくとも死ねねぇんですよ。それで困っていまして」
「だったらさっさと成仏すりゃあよ」
「成仏と言いましても。なんか、こう、如何ともしがてぇ理由がありまして」
「やなこった」
コウはこの無意義な時間をさっさと終わらせようと気持ちを吐露する。
「……。まだ、何にも言ってねぇんですけど」
「どうせ未練を断つ手助けしてくれっつーんだろ?」
男はこくこくと、うなだれるように何度も頷いた。
「あー、やだやだ。あたしが手ぇ貸したって、あんたが得するだけで、こっちにゃなんも良いことねぇじゃんよ。どうしてんな無駄なことやんなきゃなんないんだい。馬鹿か」
よほど男が気に入らなかったらしく、コウの態度は幾分か普段よりも辛辣だった。
「お礼はしますから……」
「できねーくせによく言うよ。未練断ったら成仏するんだろうが。この世からいなくなるのに、どうやって礼をするんだ」
「そりゃあ……。閻魔様にでも口ぞえしとくとか」
「残念だったな。あたしゃ行く末の決まった汚れた身だ。あんた程度の口添えなんざ、屁の価値もありゃしないね」
「じゃあ……。来世で、とか」
「自縛霊なんざやって魂の時を無駄にした奴が、またご立派な命をもらえると思うなよ?」
「はぁ。無理ですかい。何をやっても上手くいかねぇ。やっぱり死にてぇ、死にてぇなぁ」
「帰れ」
「…………」
男は返事をせず、帰る素振りも見せなかった。
それから三日三晩、男はコウの耳元で囁き続けた。「死にてぇナァ」「死にてぇナァ」。何度も何度も、飽きることなく。
男に枕元に居座られ、4日目の昼過ぎ。
「ええいわかった! わかったから勘弁しろい馬鹿野郎!」
珍しく、コウが折れた。
「わけを聞くだけ聞いてやる。ただし、あたしはこの家からは一歩も出ねぇ。それで手打ちだ。いいな?」
「えぇ。引きこもってちゃ体に悪いっすよコウさん。ほら、最近体重、増えてないっすか?」
「魂ミンチにしてやろうか? 地獄の番犬の好物らしいぜ?」
「ごめんなさい。それでお願いします」
カッ! と見開かれたコウの瞳の恐ろしいことといったら、もう。幽霊の土下座などという、なかなか珍しい物が見れるほど。
ズボラなくせに、自尊心だけは乙女ちゃん。それが極牢コウという女の仕組み。
「んで。死んでる体でさらに死にてぇたぁ、どういうわけだ?」
煙の出てないキセルを吸い、「ぷぅ」と吐息を吐き出しながら、コウは問う。
「それがですね。あっし、とあるボロアパートで小説家を目指していた者なんですが」
「ほう。夢に敗れて首でも吊ったか?」
「へぇ、わかりやす?」
「肩にべったりと耳つけてりゃあ、一目瞭然だわな」
「ですかね。まあほんで、そのボロアパート、なんとまだ営業中で。最近、声優とやらを目指してる若ぇ女の子が越してきたんですわ。こともあろうか、あっしの部屋に」
「最近の若いやつぁ、根性座ってんだか馬鹿なんだか、よくわかんねぇなぁ」
「へぇ。なんでも住宅なんちゃら法じゃ、事故から二番目の人には、そういう物件ってのは伝えないでいいとかなんとか」
「はー。自分に利益があればなんでもありか。世も末だな」
「世も末じゃなきゃ、あっしも自分なんて殺してませんや」
「そりゃそうだ」
「そんで、最初の内はお互いなんとも干渉せず、それぞれの生活を送ってたんでさぁ」
「ほう?」
幽霊がそこまで言うと、コウは面倒くさそうにあくびをして、ごろんと横になってしまう。だらけた様子から、やる気のなさが伺えた。
「何にも問題はなかった。すれ違うことはあれど、別世界で生きてるわけですから、これといって干渉されるわけでもないんでね」
「あー、はいはい。話が見えたよ」
「見えましたか? さすが、極牢さん。よっ、視える人ぉ」
「あたしを苗字で呼ぶんじゃねぇ。次に茶化しやがったら縁を切る」
「す、すいやせん」
「ったく。んで、あれだろ。その娘っこにあんたの怨念やらなんやらが移っちまったんだろ」
「へぇ。そうらしいんです」
「珍しい話でもなんでもねーや」
「あっしもなるべく息を殺して……あ、もう死んでるんですがね。なるべく自己主張しないよう、押入れの隅っこの方に縮こまっていたんですが。どうにも最近は、その女の子の顔色が悪くてですねぇ」
男は「ハァ」と嘆息し、頭を垂れた。
「夜も眠れず、運にも見放され。実家も恋しいのか、ますます生活も荒んできて。このままじゃ、どっか壊れちまいそうで、なんだか申し訳なくてですねぇ」
「んで、この世から消えてしまいたい。つまり、死にてぇってか」
「へぇ、そうなんでさぁ」
「だから成仏しろって」
「それができりゃ苦労はねぇんです。もう50年になるかなぁ。あんまり死にすぎて、何が未練なんだか思いだせなくなっちゃって」
コウは半開きの目をしたまま、ぽかんと口を開けた。
「なんですかい?」
「てめぇな。死後50年っつったら、完全に時期逃してんぞ」
「へぇ?」
「魂は良くも悪くも半世紀で昇天するってのが相場だ。もはや幽霊版ニートじゃねぇか。人間としての責務は果たせなくてもいいからさぁ、魂としての責務は果たせよ馬鹿」
がっくりと肩を落とし「へぇ」とうなだれる男に、コウは「この馬ぁ鹿」と追い討ちをかける。
「面目ねぇ……」
「そもそもだなぁ。未練ってのは霊の存在意義であるわけだ。それすら忘れるってこたぁ、生きる意味どころか死ぬ意味すら失いかけてるってことだぞ。やべーだろ。死んでるだけで周囲の運気吸ってんじゃねーか。疫病神レベルだ。そりゃ娘っこも体調崩すわなぁ。アパート全体が変な力場になってんじゃねえ? ふざけんな!」
「……ほんっと、面目ねぇです」
態度の悪いコウを相手に、相変わらずへらへらと笑う幽霊は、「でも」と続ける。
「そんなあっしでも。あの女の子には、不幸になってほしくねぇんです。例え自分がこの世から消えても……あの娘には、幸せになってほしいんです」
「どーでもいい」
「まあ、理由を言っちゃうとね。その女の子がまた、可愛いんでさぁ」
男は鼻の下を伸ばしたスケベエ顔で言った。
「どうでもいいっつってんだろ馬鹿死ね」
「へへへ、できることならやってますや。あ、もうやっちゃったんですけどね。ああ、死にてぇなぁ。やっぱり死にてぇ」
「……ハァ」
コウは「こりゃダメだ」と深いため息をつく。
「ほんっと、救いようのない馬鹿だなてめぇ。だいたいよぉ、自縛霊の癖して、どうやってここまで来た? ん?」
「そりゃあ、人の肩をちょいと拝借して」
「ぜってーそいつの運も吸ってるな。死んでまで不幸撒き散らして、他人様に迷惑かけてんじゃねぇよ。もうお前なんざ馬鹿でもねぇ。馬鹿の糞だな。魂の屑め」
「コウさん。そんな汚ぇ言葉使いしてちゃ、体や頭まで腐っちまいますぜ?」
「腐る体躯すら無いあんたが言っても、説得力は微塵も感じねえっての。この糞が。渇いた糞屑の欠片に挟まった毛ぇみてぇな顔しやがって。気持ち悪いんだよ」
ここまで罵倒されても尚、男は「へへへ」と情け無い笑みを浮かべていた。
それはなぜか。単純である。
男は知っているのだ。笑うしかない絶望を。他人の言葉などでは微塵も傷つけなくなるほどの、深い痛みを。
「んで。自分の命さえ疎かにした馬鹿者が、名も知らぬ、いち女子を救おうって考えてるわけだが。そこんところ、どういう了見なんだい? まさか、ただ見た目が好みって問題だけじゃねぇんだろう?」
コウの眼光が鋭くなる。ここまで男を言葉で攻め立てたのは、その本気の度合いを推し量るための行為でもあったのだ。
「そりゃあ……。昔の自分と重ねちまうって部分もありやすね。夢追っ掛けて、敵うわけもねぇ広い世界と戦って、命だって賭けて。……がむしゃらに、前に突き進んでいた頃の自分見てるみてぇで。やるせないんですよ」
コウは男をどう判断したか。それは、彼女の表情を見れば一目瞭然。半開きだった彼女の視線は、いつの間にか真剣な眼差しへと変化していた。
「夢を追う若者を、応援してぇんです。あの娘は絶対できる子だ。そう信じてあげたいんです。諦めたあっしなんかがそう言っちゃ、縁起、悪いですかねぇ?」
体を起こしながら「さあね」と答えるコウ。
その背筋はぴんと伸び、表情は凛と張り詰めていた。
「それよかさ。そんな風になよなよしてっから、自縛霊になんざなっちまうんだぜ。このすっとこどっこい。ちったぁ気概ってもんを持ちやがれ、男だろう」
なんて悪態をつきながらも。仕草は穏やか、動きは滑らかで、纏う空気は静寂な湖のように神秘的。
その瞳に現れたのは、責任感。この男をどうやって処理しようかと思考する姿は、修練を積んだ僧侶のよう。人を救う者の顔だ。
彼女は男の頼みを聞いてやることに決めたらしい。
「仕方ねぇな。放っとくとなんかしら悪さしそうだし、あたしが昇天させてやろう」
「ほ、ホントですかい?」
男の表情がぱあっと明るくなった。明るくなったと言っても、死人にしては、だが。
「荒療治になるがね。文句は言わせねえよ」
「へぇ!」
「あと、ひとつだけ約束しろ」
コウは人差し指を立てて言う。
「なんでやしょ?」
「ちゃんと礼はしてくれよ。どんなみじめな形でもいいからさぁ」
キセルを奥歯で噛むようなその表情は、いくらか微笑んでいるようにも見えた。
「もちろん、頑張りやす! ああ、早く死にてぇなぁ」
「んなら下準備だ、庭に出な」
コウは背伸びをして立ち上がると、座敷の奥へと歩いて行き、襖を開いて縁側に出て、裸足のままスタスタと歩いて庭へ出た。
幽霊はいつの間にか、コウの横にふわふわと浮いていた。霊魂に距離など関係ないことを知るコウは、驚く様子もみせず、きりっとした視線を男に送る。
「うっし。じゃあまずは、この鏡で自分の姿をよーく見てみな」
「へい」
どこからともなく古ぼけた手鏡を取り出し、男に向けるコウ。その鏡を覗き込む男。
「なんもみえねぇっす」
「うるせぇ。良く見るんだよ。それがあんたの生きてる世界なんだから」
じぃと目を凝らしてみてみれば。見える見える。世界が見える。
まず見えたのは、50年前と比べて随分と変化した町並み。道端の駄菓子屋は駐車場に、昔懐かしの定食屋はパチンコ店に変わっている。道路のアスファルトは滑らかで隙間もなく、ビルヂングは高い。東京タワーは現役を退き、ラヂオを熱心に聴く若者などいない。本を読みながら人とぶつかりそうになっていた学生は、今や薄い機械のノートを見つめて俯き、車に轢かれてしまいそう。
「ああ……」
感じるのは、今まで目を背けてきた現実。忘れかけていた時の流れ。懐かしいような、虚しいような。複雑な気持ちになって。ほろりと涙がこぼれ落ちる。
涙……?
……否。
実際に垂れたのは、どす黒く染まった腐れた血。汚れた魂から出た膿汁。
次に男は、自分の変わり果てた姿が見えた。
「さあて。あたしの言葉だけに集中するんだ」
痩せこけて。灰色で。目は潰れ。歯もボロボロ。髪は白髪でほとんどが抜け落ち、乾いた血と糞尿にまみれた下着姿の、情けない男の姿。
生き物ですらない。渇いた怪物の姿。
「……しにてぇ」
醜い。どうしても醜く、無力で、弱い。そんな自分が何より嫌いだった。一番嫌いだった。
産まれたことを後悔し、自らを呪って恨んでそれでも足りず。自傷と自暴自棄に明け暮れた毎日。家族友人諸々の人から受けた恩も返せない。なんだか生きていることが申し訳なくなって、「自分なんて永遠に苦しめばいいんだ」と、自らを殺し、縛り付けた。それが最大の罪だと知りつつ。男は尊い生涯を呪い、忌み嫌ったのだ。
故に彼は自縛霊。地ではなく、自分に縛られる愚か者。
未練など、最初から無かった。自らを縛っていたのは、他でもない自らの願い。
「あんたの大好きな言葉に、四文字だけ足してみな。世界が変わるよ。それを念仏だと思って唱えながら目を閉じろ」
「…………しにてぇ」
「待ってはやらねぇ。もう、時間は十分に使ったろう?」
「………………しにてぇ」
「ちょいと痛ぇぞ、覚悟しなっ」
「しにてぇしにてぇしにてぇしにてぇ! しにてぇ! シニテェェええッ!」
男は、押さえ込んでいた感情が爆発するのを感じた。それは男が最も嫌いな自分の一面。暴力的で、自分勝手で、全てを壊してしまう、恐ろしい側面。
発狂。そんな言葉も、もはや虚しい。男はただ、自分らしさを失っていった。最初から「自分」など持っていないことに気付いただけかもしれない。
「こんの……大馬鹿野郎が!」
邪なる源が現れたのを確認したコウは、鏡の中にいるその怪物を殴りつけるように、鏡を叩き割る。かつて男であったモノが、悲鳴とも嗚咽ともとれない雄たけびをあげた。
周囲に渦巻く、どろどろとした念。たまりにたまった負の感情は、いつしか悪霊へと姿を変えた。かつては純粋であった男を、直視してはいけない何かに変えてしまっていた。
「時間ってぇのは、全てを焦がす毒みてぇなもんだ。あんたはその毒を、腹いっぱいに食いすぎた」
コウは鏡の破片で傷ついた拳に力を込める。
「全部吐き出せ。何も残さず、何も持たずに。ただ一身で彼岸へ渡れ。帰ってくんな」
滴る紅の血は逆流し。大地ではなく、空を染める。逆立つ赤毛は、紅蓮に燃ゆる血の滝が如く。青い空に、ぽっかりと穴を開けた。
「この世の愚痴は、神でも仏でも好きな方に聞いてもらえばいいさ!」
炎のように燃え、水のように流れ、刃物のように尖った氣。<紅>を纏った拳が振るわれる。
ざくり。そんな音がした。それは因果の紐が断ち切られる音。
清めではない。ましてや救済でも、恩赦でもない。
断絶。全てをなかったことにするほどの、世の理を越えた究極の力ずく。
触れる前から千切れていった霊魂は、拳が振りぬかれた頃には消滅していた。跡形もなく。残痕もない。
1つの終焉。全てが消えた。
「ったく。これだから、夢ってやつは……」
全てが元通りになった裏庭で、コウはぽつりと呟く。
拳の血はいつの間にか止まっており、ガラスの破片は灰のように粉々になって、風に運ばれて消えていった。
後に残ったのは、地面にでかでかと刻まれた、「しにてぇ」という呪い文字だけ。
悪霊が最後に残した怨恨の言葉を「はんっ」と半笑いにして一瞥したコウは。手ごろな枝を拾って、4文字を書き足す。
(し<あわせ>に<し>てぇ)
「こうだろうが、馬鹿もんが」
男も気付いていたはずだ。自分が「女の子の幸せを願って、死にたがっている」事実に。「他人を不幸にする自らを憎んで、命を絶った」という過去に。
男は誰よりも、他人を愛する人だった。どうしても伝えたい、どでかい<想い>を持っていたのだ。
それなのに。
世界は、そんな男の情熱を笑う。命を賭した人の覚悟を嘲る。そうやって非情に構築され(できて)いる。
若者達は夢を持ち、師の志を詩にして始めてみるも。思考と試行の歴史に疲れ、自分を縛って死んでいく。屍が紙面に連ねる示しを、視てくれる者はどこにもいない。
哀しきかな。せっかく「誰かを幸せにしたい」と願う者がいたのに。こともあろうか、そんな立派な人間こそが、去らなければならない浮世である。人を愛するということは、こんなにも孤独な道でなければならないのだろうか。答える人はどこにもなく、今日も私はひとりきり。
「ああ、ちくしょう胸糞悪ぃ。やめだ、やめ。今日はもう店仕舞いだクソッタレ」
つまらなそうに、コウは言う。いつもの眠たそうな半開きの目に戻って、全てを忘れ去ってしまったような無表情で、店の中へと戻って行った。
襖がぴしゃりと閉められる。後には静寂。何もない。
=数ヵ月後=
暇を持て余したコウは、何気なく庭に出て、キセルを咥えていた。煙が出ていないのにも関わらず、周囲には線香のような深い香りが広がっていく。
ふと、庭に植えられた梅の木に目をやると。
「おっ。生ってる生ってる」
たわわに実った梅の実が、朝露を滴らせ、薄緑色に輝いていた。
「今年は豊作だなぁ。梅酒にでもすっかなぁ」
月日が経ち、もう庭の地面には何も描かれてはいないが。コウはふと、いつぞやの幽霊男を思い出す。
「こいつが例の霊の礼ってか。……はんっ。わかっちゃいたが、寒ぃもんだ」
今日も空は青く澄み渡り、雲は流れる時を告げる。平穏と競争の中で、流れていく。時間が。空間が。何かが。
あるいは……想い。
それにしても。死に四を足して「しあわせ」なんて。どこの阿呆が思いついたのやら。
「あー。し、あわせ!」
コウはのん気に、伸びをした。
死、四、詩、始……みなさんは、いくつの<し>を見つけられたでしょう?
たくさん見つけてもらえれば、嬉しいなあと思います。