怖‐ヲソレ‐1 『カミキリ寺』
ホラー表現、残酷描写があるのでお気をつけください。
男友達の佐藤ってやつと、そいつの友達らと。4、5人くらいで集まって、近くの廃寺に肝試しに行ったんです。
「ぎゃああ!」
ある程度進んだら、一番後ろを進んでいたやつが叫んだんです。なんだろうと思ったら。
「虫がついた」って。
だから、ふざけんなよって言って笑いながら茶化していたら。
今度は隣を歩いていた女の子が「ひぃ」って。
「なんか、ついてるよ?」って言われて。そういえば頭の後ろがもぞもぞすんなぁと思って。
自分、虫なんて平気だし。だからなんだよって手を伸ばしたら。思いのほか、ふわっとしてて、綿毛かなって。とりあえず手に取ってみたんです。
薄暗くてよくわかんなかったから、とりあえずケータイの明かりで照らしてみたら。
髪の毛がごっそり。しかも色は黒で、絶対自分のじゃない髪の毛。
イタズラだと思って、一応、おどけてみせたんですね。
「こえーよっ。何がこえーって、ハゲんのがこえー! なあ、俺大丈夫? ハゲてねぇ? なあ、ハゲてねぇ?」
んで、誰がやったのか問いただそうと、みんなの顔を向き直るんすけど。
そしたら、シーンとして。急にみんな静まり返っちゃって。
どうしたんだ? って言ったら、今回の企画者だって名乗るやつが言うんです。
「ここはカミキリ寺といってね。罪人を打ち首にする、処刑場だったんだよ」
よくある話ですよ。イタズラしかけて、それっぽい話始めて、みんなを怖がらせる。肝試しの王道だ。怖がりにきたんだし、まあ、聞いてみようと思って俺も黙りました。
「なんでカミキリ?」
仲間の1人が面白がって聞いたんですね。まあ、雰囲気出すためか、顔は真剣なんですけど。
「なんでも処刑人が凄腕の刀職人でもあって。自分が叩いた剣の切れ味を、罪人を斬ることで試していたらしいんだ。そんで、切れ味が良すぎて、髪まで一緒に切っちゃってたから、カミキリ寺」
女の子らは「えー、こわーい。えー、こわーい」って繰り返して、傍の男に寄りかかって。俺はちょっと気分良くなって、「ねーわ」なんて言いながらバカにしてたんです。
もう笑い堪えるの限界だなーと思ってたら、まだ真剣な顔して企画者が言うんですよ。
「それだけじゃないんだよ」
やけに必死だから、それがまた面白くて。まあ付き合ってやるかって。
夜の十一時くらいだったかなぁ。廃寺の裏の林で、立ち話を始めちゃって。
「その処刑人、ついに抵抗しない人間を斬るだけじゃ物足りなくなって、夜な夜な町に繰り出しては言葉巧みに人を寺まで連れ出して、斬り殺していたそうなんだ。その刀を適当な武士とか旅人に押し付けて罪をなすりつけ、新しい刀を試し切り……。って、寸法さ」
「なにそれヤバいじゃんチョー怖い」
「あれだね! リョーキサツジン!」
辺りは真っ暗ですよ。頼りなのは懐中電灯だけ。しかも急な集合だったから人数分なくて、足元照らすのが精一杯。お互いの顔なんてろくに確認できないくらい。
「13人を殺したところで、ようやく捕まったんだけど。その時にかなり暴れたらしくてさ。最後の抵抗ってやつ。神主とか役所のお偉いさんとか、とにかく見境なしに襲いまくったらしいんだ」
これくらいから、妙な音が聞こえてることに気付いたんです。「かちっ」「かちっ」て。
まあその時は、誰かがタバコ吸おうとして、ライターのオイルでも切らしてんだろって思いましたね。
「あ、わかった。役所の偉い人って、お上とかいうじゃない? さらには神主さんまで斬っちゃったから、神斬り、上斬りって落ちでしょー?」
「……なあんだ、ばれたか」
「なぁにぃ、ダジャレ? それってサムくなーい? 怖がりに来てんだから、笑わせようとすんの、ナシだよ」
「まあまあ、それはほんの掴みさ。続きを聞きなって」
怖がらせるためか、企画者は明かりを消して、静かな口調で言うんです。
周りは妙に静かで。例の、「かちっ」「かちっ」て音だけが鳴り響いてました。
「とうとうお縄についた処刑人なんだが。よほど人を斬り足りなかったのか、怨念がこもりにこもって、魔物になっちまったんだと」
かちっ、かちっ。
「マモノぉ?」
かちっ、かちっ。
「そう。カミキリムシの化け物。大きな顎で縄を噛み切って、寺の傍の林に逃げ込んだのさ」
かちっ。
「そんで。ここがちょうど、その林ってわけ」
……辺りがシーンとしてね。
そりゃもう肌寒くなってくるし、空気が重く感じて、いやーな汗がにじみ出てくるんです。
「その魔物の死体は見つかっていない。もしかしたらまだ生きていて、ひょっこり出くわしちゃうかもね」
「えぇ、そういうオチ?」
「うん。さっきの髪の毛、そいつが落としたのかもよ?」
「うわー。ちょっとブルッときたわー。やめてよね、虫、嫌いなんだからぁ」
女の子たちが口々に感想を言い始めて。でも、声は暗闇に吸い込まれるように消えていって。なんだか不安になるから自然と声が大きくなっていって。いつの間にかバカ騒ぎになって。
そこでふと、女の子のひとりがぽつんと言ったんです。
「よくそんな面白いこと考え付くよねー。えーっと……」
「誰君だっけ?」
またシーンとするんですよ。誰も答えない。だから俺、佐藤に聞いてみることにしたんです。
そしたら。
佐藤のやつ、いないんですよね。
というか。
どういうわけか、4人しかいないんですよ。俺と女の子2人と、企画者の4人。
佐藤どこ行ったって話になるわけです。
次第に、じゃあ最初に「虫が付いた」って叫んだやつは誰だってことになり。「佐藤を含めると1人多くならね?」って。
全員が一斉に口をつぐむんです。
いやーな沈黙ですよ。真っ暗闇のなかで。ツバを飲む音だけが響くような、そんな感じ。
そんで、みんな気付いちゃうんですよね。「そもそも、こいつ誰だ」って。
あんた誰だよって、明かりを向けたら……。
「そりゃあ、生き証人だよ」
いたんですよ。でっかい、カミキリムシ。
人間くらいの大きさで、すんごいリアルなやつ。
ぶちぶちしてて、くわっと釣りあがった複眼。腹から突き出た節足。作り物にしちゃえらく艶があって、産毛も生えてて、木の枝みたいに太い触角がキチキチ鳴って動くんです。
しかもね。そいつが口に咥えてるんですよ。
佐藤の生首。
よく見えなかったけど、あの特徴的なオレンジ色の髪は、佐藤の首で間違いない。
あのカチカチって音。こいつの歯が鳴る音だったんです。
そりゃあもう、パニックになって。ぎゃあぎゃあ叫びながら走って走って。とにかく四方八方に逃げて。お互いを見失っちゃって。
何かに躓いちまって、なんだと思って明かりを向けたら。
首の無い胴体が二人分。
うわああ!
もう声も出なくて。
そしたら後ろから「かちっ」「かちっ」て音が追いかけてきて。
必死になって立ち上がって、とにかく走って、走って走って逃げたんです。あんまり怖くて、他の仲間のことなんて気にかけることもできなかった。
そんで……。
――――――
「そんでここまで逃げてきたってかい?」
オレは、紅の髪をしたおばちゃんに向かって、何度も何度も頷いた。
いつか聞いた噂を思い出したんだ。ここには魔物ハンターがいるって噂。極牢亭とか言ったっけ。そん時は子ども染みたホラ話だとバカにしていたけど。友達が不味い状況の今、四の五の言ってられないだろう。
藁にもすがるってやつさ。
怖かった。どっかで口ん中切ったのか、血の味がするし。腕やら腹やらは何かが突き刺さったみたいに痛いし。頭痛や吐き気もするし、散々だ。
でも。友達だから。仲間だから。……やっぱ、助けなきゃ。
「ふぅー」
ふて腐れたように唇を尖らせる紅毛のおばちゃんが、口からキセルを離し、ため息をついた。煙は出てなかったけど、線香みたいな匂いがした。
「やなこった、めんどくせぇ」
紅毛のおばちゃんが、だるそうに言う。もちろん、まだ何も言ってねぇだろって言い返した。
「どうせ退治しろっつーんだろぉ」
オレはもちろんだって頷く。
「そもそも、悪いのはそっちだろうよ。わざわざあっちの土俵の時間帯に、テリトリー内でバカみたいにはしゃいでさぁ」
憤慨したね。やっぱりただのエセ霊媒師かって。どうせビビってるか、バカにしてるだけなんだって。
だったらいい、オレ1人でも戻って、あんな虫野郎ぶっ殺してやる!
そうタンカを切って、埃くせぇ店から出ようと、入口まで向かったわけ。この扉がまた曲者で、たてつけが悪いのか、途中でひっかかって全然開かねぇの。
ちくしょう! 何度か力をこめて、扉と格闘してたら。そしたら……。
後ろからのしのしと近寄ってきた紅毛のおばちゃんに、いきなり髪を引っつかまれた。
なんだなんだと思って、目をぎょろりと動かして見ると。どういうわけかハサミ持ってんだよ、おばちゃん。
瞳孔開いて、やけに殺気立った目ぇしてさぁ。さすがに「殺される!」と思ったね。
だが、このおばちゃんがまた変な事を言うんだ。
「あんた。自分のつむじは見るかい?」
そんなの見えるわけねーだろって返したら。
「だろーな」
なんて言いながらハサミを振りかざし……オレの髪をばっさり切りやがった!
なにすんだよって、怒鳴りながら顔を上げると。
おばちゃんの手に、縦に真っ二つに裂けた虫が乗っかってたんだ。髪に混じって。
そいつ、まだ生きてんのか。キチキチって気持ち悪い音出しながら、もぞもぞ動くんだ。
「ずっとあんたに憑いてたんだよ。こいつは髪切りって妖怪さ。脳汁を吸って生きる、寄生虫みたいなやつだよ」
虫をじっと見つめながら、おばちゃんが言うわけ。
「宿主を生かしながら成長し、最終的に体を入れ替えるって化け物でねぇ。……途中経過はおぞましいもんでさ。なんせ、記憶や行動まで混同しちまって。化け物でさえ自分が何者かわかんなくなっちまうんだと」
そして、おばちゃんがオレに、その虫を見せ付けんの。
「わかったろう? やったのは、全部あんたさ」
ぞっとしたね。
「まずはその、オレンジ色の髪を口から出しな」
その虫、オレの顔してんだもんよ。
……あれ……?
ホラーは難しいです……もっと練習せねば。