君のぬくもり、追う桜
「ごめんね、もう会えないの」
消え去りそうに小さな声で君が言ったひとことは、公園ではしゃぐ子供達の喧噪の中でもはっきりと僕の心に入ってきた。
緑豊かな広い公園、中には大きな池がありその周りを散策したり、あるいはレジャーシートを敷いて花見としゃれ込んだりもできるような場所だ。その一角、満開の桜を目の前にして並んでベンチに座った僕たちは、鮮やかな春の風景の中でぽつんと色を失っている。
君にいいところばかりを見せたいと格好つけるたびに、君の笑顔がすり減っていったんだ。
「君の前で自分自身をさらけ出せない僕」に不安を積み重ねていった君を、僕は見ないふりをした。
つきあい始めてからいつもくっつくようにして歩いていた肩が、時を重ねるごとに少しずつ離れていって、気がついたときにはたぐり寄せようとしてもまったく手応えがないほどに遠くなってしまっていた。
――――こんな考え方がいけなかったんだろうか。君をたぐり寄せるのではなくて、僕が君のそばに泳いでいくべきだったのか。
そして君と僕の間にできた隙間は、もう埋まることはないらしい。膝の上でぎゅっと握られ僕の手を拒絶する拳にわずかなつながりを断ち切られてしまったのだから。
「もう、だめなの?」
こくり。君が小さく頷く。
「僕のこと、嫌いになった?」
ふるふると君は首を横に振る。
「嫌いじゃないよ。ただ、もう私の一番じゃないの」
はらり。桜の花弁が君の拳をかすめる。
「ほかに好きな人ができたの」
「――――そっか」
本当は薄々気がついてたよ。
「その人にはもう伝えたの?」
「ううん。ちゃんとけじめをつけてからと思って」
「そっか」
顔を上げると視線の先には満開の桜。こんなに咲き誇っているのに散り際は潔い。
こんな時まで僕は君に格好良く見られたいと思っているようだ。嫌われていないのなら、せめて君の思い出の中ではいい男でいたいんだ。そしてあわよくば次の男が僕の「いい部分」と比較されて悪く思われてしまえばいい。――――いや、僕の方が「あの程度だった」と逆に思われてしまうんだろうな。
こんなあさましい僕だから、君は離れていくのだろう。
この桜のように潔く散ってしまえば、君の中にある僕の思い出は綺麗なままでいられるのだろうか。
そう考えている自分に苦笑が漏れる。
「わかった」
「――――ごめんなさい」
「元気で」
「うん。元気でね」
立ち上がり歩き去る君に風が吹く。アスファルトに散った花弁がるくると風に翻弄され、一斉に君を追いかけているようだ。
けれども追いかけていった花弁の後にも、ベンチに残った君のぬくもりが消えてしまった跡にも、また桜は泣くように降り積もる。薄紅のそれは悲しいのか寂しいのか。
降り積もって降り積もって、なにもかもを隠してしまえばいいのに。
僕の気持ちも醜さも、頬を伝う何かも。
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