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うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 次に目が覚めたとき、俺は魔王になっているらしい。ってさっき自称女神の人が言ってた。

 どうやら俺は死んで転生することになったのだ。そんな説明で納得できるかと言われれば、納得できるハズもないのだが、それで次に目を覚ましたら本当に魔王になっていたのだから仕方があるまい。

 もとより、前世ではぼっちでお馴染みの俺に隙はなかった。人生をやり直したいなんてことは、いくらでも妄想していた。

 目の前の事実以上に、他ならぬ自分の感情が受け入れている。

 かくして、俺は魔王になったわけだ。


 ここは謂わば、玉座の間。

 鳥が自由に飛び回れるほど広い空間には、床や壁の一つさえ豪奢の限りを施されている。そこら中に敷き詰められた宝石の数々に前世の庶民的な感覚は唸ることをやめない。

 全て、この魔王となった肉体が支配と略奪で得てきたのかと想像すると、やはり庶民的な感覚が後ろめたさを覚えさせる。

 これもまた豪奢の限りを尽くされた堅牢な椅子、足を組み、頬杖をつき、偉そうにふんぞり返っている骨の化け物のような存在。煌びやかなローブを身に纏い、ただ一点を見つめている。

 というか、俺だ。

 見つめているのは、数段低くなった位置から俺を崇めるように跪くて頭を垂れる女性だった。

 胸元の開いた妖艶な漆黒のドレスに、地面に触れるほど長い艷やかな黒髪は、雪のように白い肌を隠しているようだった。上から見えるうなじが妙に艶かしく、もっと覗いてみたいと、素直に思った。

 具体的には、跪くことでドレスから溢れるように集まった、肉の双丘を。

 魔王然として極めて威厳な態度を保ち、俺は内心そんなことを考えていたのである。


「――お帰りなさいませ、魔王様。不肖ガーネット、魔王様のご帰還を心よりお待ちしておりました」


 何やら前世で言うところのメイド喫茶的なノリで顔を挙げたのは、ハリウッドの大女優たちに並ぶ、否、それ以上の度を越した美女の姿だ。

 ガーネットと、名乗った美女の、忠誠を真正面から感じる。その薄く乗った微笑みに、彼女いない歴=年齢だった俺は容易く堕ちた。

 うむと、なんか口では低い声を出しながら、内心天井を突き破るほど高く舞い上がった感情を抑えられない。何より、この美女を部下に据えるという堪らない背徳感。前世では経験したこともないし、もし生きていたとしてもこんな状況になることはなかっただろう。ワンチャンあったとしても、それは間違いなく夢か妄想だ。

 もはや俺は、前世の後悔や未練は全て吹っ切れて、この美女に惹かれつつある。否、心の中では敢えてその名を呼ばせてもらおう。

 ガーネットちゃん、と。

 ガーネットちゃん可愛い。


 前世の俺なら既に顔中、体中真っ赤になっているところなのだろうが、自分で顔に熱を感じないのは、この骨の仮面のおかげなのだろう。依然頬杖の体制のままだが、俺は体の芯から高鳴る何かを感じた。

 やばい。何かが込み上げてくる。

 今すぐにでも爆発してしまいそうな、何かが俺の心を駆り立てる。


「ガーネット……少し、席を外してくれないか……?」

「……はい。魔王様の、ご命令とあらば」


 ガーネットちゃんは言われるがままに、素直に立ち上がる。

 その優雅な振る舞いに紛れもない忠誠を感じ、苦しそうに捻り出した俺の声をどう思ったかわからないが、そのまま踵を返した。多分、忠誠心から、目を瞑ってくれているのだろう。誰がどう見ても今の俺の様子はおかしい。それはきっと、魔王も、中学生男子も変わらない。

 この魔王の、命令ならば。

 魔王が言うのなら、彼女には心配は無いのだ。それが何よりもの忠誠の証に等しい。

 何も言わず黙って空間を出ていくガーネットちゃんの背中、それもまた、豪奢な扉を押して、細身の女性が一人ほど入れる程度の隙間を開けばもう一度こちらを覗いた。深々としたお辞儀を下げ、何も言わずに去ってゆく。


 ガーネットちゃんの優しさに触れて、俺の何かが暴発する。

 せめて。せめて、この野蛮な何かが、あの美女の華奢な背中を折らぬよう、今しがた退出したばかりの彼女を襲わぬよう、俺は豪奢なローブで口元を隠した。あるいは魔王となったこの肉体の口がどの部分なのかすら、見失っているくらいに浮き足立っているのだろう。呼吸が乱れる、きっとそこが口だと信じて、両の手で押さえ込む。

 それでも、この猛る想いは、広い空間には響いてしまうのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 これこそが、抑えられない感情の正体か。

 彼女いない歴=年齢の俺にも、思い当たる説がある。

 あるいは、前世で女の子と話す機会も無かった俺だからこそ、拗れてしまった勘違いかもしれない。


 時に淡く、時に甘酸っぱい。時にはほろ苦いこともあるのだろう。

 これがきっと一目惚れだ。初恋なのだ。間違いない。





作者が恋愛の仕方を忘れているので甘酢っぺえお話にはならないと思う。

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