第三夜 友達
「おっはよーう!」
「おはよ……」
朝のSHRが終わり、朝からハイテンションで俺の背中をバシバシ叩いてくるこいつはクラスメイトの秋野 裕也。老若男女問わず誰とでも話せるし顔もいい。いわゆるイケイケ系の人間だが、何故かそんなに目立たない俺と一緒にいる。裕也曰く、「お前といると面白い」んだそうだ。いつもふざけているが根はいいやつで、困っている人がいると放っておけない。そんなこともあり、女子から大人気だ。
「んだよ蓮、元気ねェな」
「当たり前だろ? どんだけ急いだと思ってんだよ……」
「あはは、そういえばお前教室入ってくんのちょーギリギリだったもんな」
蓮の前の席に座り、ははは、と蓮の肩を叩きながら笑う裕也にイラッときた蓮。素早く自分の肩で跳ねている手首を掴むと、前方からうぎゃっ!?という悲鳴のようなものが聞こえた。
「なんだろーこれー。虫かな? 大きいなー、潰してやろうかなー」
「やめてやめてやめてやめてマジで潰れるから!! ちょ、聞いてる? 聞こえる? ……ごめんね蓮くん! 俺が悪かったよ蓮くううんん!!」
半泣きになりながら許しを乞う裕也。それが面白くてついつい笑みが出てくる。
「な、何笑ってんだよ」
「こっちのセリフ」
二人揃って笑い出す。少しして裕也が短く「あ、」と呟いた。
「そういえばさ、なんで遅れそうになったんだ? いつも十分前には来てるのに」
「あぁそうだ聞いてくれよ!」
そう言いながら机に手をついて立ち上がり、裕也の方へグッと寄る。その近さ約二十センチ。言葉を発しようと息を吸う音すらも裕也の耳に届く。蓮からの言葉を待ち、その近さを保ちながら数秒後。蓮は目を反らして元の体制へ戻り、小さな声で一言。
「やっぱ、なんでもない」
「は? なんでもないって……」
「どういうことだよ」と続けようとした直後、一限の始まりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。廊下ではしゃいでいた男子達も、教室で駄弁っていた女子達も、ガチャガチャと色々な音を鳴らしながら面倒臭そうに席について行く。目を細めて俯き加減で座っている蓮を横目に、裕也はほぼ正反対の位置に当たる窓側の自席へ戻った。
それからは移動教室の授業や係の仕事があって裕也と話す時間がなかった。今は四限目。次は昼休みだから確実に裕也と話す時間がある。何があった?と聞いてくるだろう。なんと言い訳すればいいか。なんだかんだで勘がいい裕也に対して、下手な言い訳をすると余計に疑われる。正直に話した方がいいのだろうか? いや、あの女に夢界のことは誰にも言わないでと言われている。どうすれば……
そんなことを授業も聞かずに考えていた。こんな時に限って──いや、こういう時だからこそ、この五十分がやけに早く感じる。時計を見上げると同時にタイムアップを知らせるチャイムが鳴った。
(結局何も考えられなかった……)
軽くため息をついて教科書とノートを畳み、鞄から弁当を取り出す。少しして、いつものように裕也が蓮の前の席の椅子をこちら側に向けて座った。
「あー腹減ったぁー」
「そう……だな」
「早く食って早く体育行こうぜ」
「う、うん」
裕也は察してくれたのか、それ以降も理由を聞いてくる事はなかった。
近すぎず、遠すぎず。人との距離感をよく考えている裕也。そのせいか、少し冷たく感じる時がある。いい友達ではあるが、その距離が裕也との心の距離を広げているような気がする。
弁当に入っていた、好物である母手作りの卵焼きを箸で掴みながら裕也をチラリと見る。相変わらず美味そうに白飯を頬張っている。
(いいやつなんだけどなぁ……)
そんな言葉を、甘い卵焼きと一緒に飲み込んだ。
試合開始のブザーの音。そこらを駆け回る大きな足音。ボールを床に叩きつける音。乱れる呼吸の音。周りからの歓声。
そんな様々な音を聞きながらも野郎共のバスケには見向きもせずに、体育館の天井から吊り下げられているネットの向こう側でバレーのボールを持っている一人の少女の姿を追い続ける。
スラッとしたスタイルで身長は高くもなく、低くもない。女の子らしい柔らかそうな身体に、プリッとした胸とお尻。胸まであるほんの少し赤みがかった髪をおさげにし、前髪は綺麗に一直線に揃えられている。眼鏡の奥で伏し目がちにしている、少し目尻が垂れた大きな目と長いまつ毛に、いつも目が奪われる。
そう。蓮は彼女──長瀬 悠依に恋心を抱いている。
恋とは変なものだ。恋をすると、相手がどこにいようと、どんなに目立たない子であろうと、すぐに目の中に映り込んでしまう。それはきっと太陽のように光り輝いているからだろう。眩しい光を疎ましく思い、どんなに頑張って遮断しようとも何処からか光が漏れてくる。そのくせ夕方になって太陽が沈む時には急に寂しくなる。きっと彼女は太陽なんだ。今日も、いつもの様に眩しくて太陽を直視などできない。せいぜい隠れて遠くから見つめるだけ。この想いを彼女に伝えるなんてできっこないし、伝えるつもりもない。だからずっとこうやっているだけでも……
「おー? また長瀬ちゃん?」
裕也が、ぼーっとしていた蓮の横へ来てニヤニヤしながら肘でつつく。蓮は‘長瀬’という単語にボッと顔を赤らめると、手の甲で赤くなったそれを隠した。
「う……うるさいな! 違うし! 別に女子のバレーちょっと見てただけだし! ちょっとだけな!!」
「ふーーん? 他はずっと長瀬ちゃん見てたってことね?」
「だから見てないって!!」
顔をゆでダコのように真っ赤にして裕也を睨む蓮。なんだか子供みたいだ。
「まぁまぁ、素直になれって。何もそんな真っ赤になることないだろ? 恋なんて誰でもするもんだって。ましてや高二だぜ? 一番楽しい時じゃん。男ならもっと攻めてさ、」
裕也は右手の人差し指と親指を立てて拳銃に見立て、悠依に向かって撃つ仕草をした。
「長瀬ちゃんのハートを狙い撃ち……しちゃえば?」
白い歯をニッと見せながら悪戯に笑う裕也。少し顔を赤らめてばつが悪そうな表情を見せて少し俯きながらも、その視線の先にはしっかりと悠依がいた。
「……まだ話したこともないのにどうしろって言うんだよ」
様々な音が飛び交う体育館でぎりぎり裕也の耳に届くくらいの声で、そう呟いた。
「おーい、秋野! 成宮! 次お前ら試合出るー?」
「あー出る出る! 行こうぜ蓮」
「う、うん!」
気持ちを入れ替え、くるりと方向転換してコートに入ろうとした時。ぽん、と何かが足に当たる感触がした。バレーのボールだ。女子の方から転がってきてきたようだ。片手でボールを取り、顔を上げる。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「っ!!?」
目の前は太陽が……長瀬 悠依がいた。
どうやら彼女がボールを落としてこちらへ転がってきてしまったようだ。ただこの手の中のボールを渡すだけなのに。こんなにも緊張するのは何故だろう。こんなにも心臓の音が大きくなるのは何故だろう。
あぁ、どうしてこんなにも好きになっちゃったんだろう
自分の大きくなる鼓動に耳を傾けながら、自分の心に、そう聞いた。
第三夜、読んでいただきありがとうございます!!
今回新たに登場した、何か色々と抱えてそうなイケメン裕也くんと、蓮くんにめちゃくちゃ愛されてる控えめメガネっ子悠依ちゃん。w 二人とも好きなタイプのキャラなんで、これからが楽しみです(^ω^)
ちなみにまだまだキャラは出てくるし、物語もまだまだ序盤です。が!これからもお付き合い頂けると嬉しいです!
それではまた次回でお会いしましょう〜!!